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第198話 彼女がもっとも泣いた日

 東京のTier1ダンジョンを攻略して数時間後、望月は拠点としているホテルに帰ってきていた。

 ダンジョン前には神宮が心配そうに右往左往しながら待っていたものの、ゲートから出てきた望月の姿を見て安堵していた。


 彼女に深層ボスは倒したという話はしたものの、その後すぐに今後の事も話した。

 虎太郎との絆のこと。探索者を引退すること。


 その全てを、神宮は黙って聞いていた。

 表情を変えることなく、真剣に聞いてくれた。


『望月さんがそう決めたのなら、私達に何かを言うつもりはありません。

 探索者支援機関にはもちろん引退後のケアプランもありますし、望月さんが引退したとしてもこれまでの功績が消えるわけではありません。

 これからも、私達は望月さんを支援していきます』


 そう力強く言ってくれた神宮に対して、望月は「すみません」としか返すことは出来なかった。


 そうしてホテルまで送ってもらい、部屋へと帰ってきた望月。

 車の中で母には近いうちに家に帰ると連絡をして、SNSには深層ボスを倒したことと、後日大事な発表があるという告知を出した。


 やるべきことはほとんどやった。

 残っているのは、たった一つだけ。


「…………」


 ホテル備え付けのベッドの上。

 家から持ってきた部屋着に着替えた望月はたった一人の部屋で深く息を吐いて、端末で連絡を取る。


 今も自分を心配してくれている氷堂に、電話をしても良いかという旨のメッセージを打った。


「っ!?」


 打った瞬間だった。

 その瞬間に端末の画面が切り替わり、通知音が鳴り響く。画面には「心愛さん」の文字。


 心臓が止まるかと思いながら、望月は電話に出る。

 すぐに親しみのある声が聞こえた。


『理奈、お疲れ様。SNSを見た。深層ボス討伐、おめでとう』


「心愛さん……ありがとうございます……」


『なにがあった?』


 間髪を入れない氷堂の問いかけに、望月は「その……」とどもってしまう。


「……氷堂さんは、配信でどこまで見ていました?」


『私が見れたのはモンスターハウスに出現したスールズの群れを倒したところまで。

 白い光が晴れたと思ったときには、配信が落ちていた』


 やはり予想通り、あの獣が出現する前には配信は途切れていたようだ。

 ということは、獣の姿を見た人は自分たち以外には誰もいないということか。


 そう思い、望月はまずは獣の説明からすることにした。

 立ちはだかった獣は虎太郎と似た姿であったこと、そして虎太郎でも歯が立たないほどに強かったこと、モンスターチェッカーの反応からTier0だったということ。


 自分がこれまで見たことがないモンスターであることなども含めて話しているうちに、望月は電話口の氷堂がやけに無口であることに気づいた。

 彼女は基本的に無口ではあるのだが、いくらなんでも静かすぎる気がする。


「……心愛さん?」


『肯定。ならばそんな敵を相手に、どう勝った?』


 すぐに返答をくれたので、通話が繋がっていることに安堵する。

 返すときの言葉が早口だった気はしたが、気のせいだろう。


「……結局のところ、虎太郎君が進化する形で倒しました」


『そう……流石は虎太郎くん。やっぱり彼は凄い』


「そう……なんですけど……その……進化して大きくなった虎太郎君は虎太郎君じゃないみたいで……戦い方も全然違う、まるで獣みたいで……だからなのか分からないんですけど、テイムの絆も切れちゃったんです」


『…………』


「あ、でもテイムの絆はなんとか繋がったんですけど、凄く細くて今にも切れそうで……もしもう一度切れちゃったら、多分虎太郎君はどこかのダンジョンのものすごく強いモンスターになっちゃうと思うんです。だから三人で相談して、探索者を引退しようって決めました。

 その……ごめんなさい、心愛さんには良くしてもらったのに……」


『…………』


「……心愛……さん?」


 またしても無言な氷堂に、望月は再び彼女の名前を呼ぶ。

 しかし返ってきたのは、これまでとは違う声色だった。


『誰かに……話した?』


「え? えっと、専属職員の神宮さんには……あ、でも私のレベル不足で虎太郎君をテイム出来なくなる可能性があるから探索者を引退する、というぼかした説明ですが」


『肯定。なら、虎太郎くんがおかしくなったことは話していない?』


「は、はい……」


『絶対?』


「話していません」


 なぜここまで念押しして聞いてくるのか、そう思い問いかけようとしたとき。


『肯定。理奈、よく聞いて。これから先、誰にも虎太郎君がおかしくなったことを言っちゃダメ。政府の人にも、誰にも』


「えっと……な、なんで――」


『もしもそれが師匠の耳に入れば、師匠は虎太郎くんを討伐しに来る可能性が高い』


「…………」


 背筋が、凍った。

 あの人外にして世界最強の探索者が、虎太郎を殺しに来る。


 それがどれだけ恐ろしいことか、実際に会ったことのある望月はよく知っている。


『それに……否定。少なくとも今後の説明は今の理奈ので良いと思う。

 それなら探索者を引退するというのも納得のいく理由。

 でもそうすると、虎太郎くんと竜乃ちゃんはどうする?』


「実家に帰ろうかと思っているので、そこのTier2ダンジョンやTier3ダンジョンで毎日触れ合おうかと思っています。

 探索はしませんが、ずっと一緒に居ると決めたので。

 もちろん虎太郎君も竜乃ちゃんも手放すつもりは一切ありません」


 モンスターテイマーはテイムモンスターを放すことも出来るが、望月はそれをするつもりは一切なかった。

 虎太郎や竜乃と別れるつもりはないし、仮に彼らでないとしても、同じ姿のモンスターが誰かに倒されるというのも気分が良くないからだ。


『実家は……茨城?』


「はい、そうです」


『肯定。なら顔を出させてもらう。暇なときに、一緒にダンジョンでゆっくりしよう。

 私もしばらくは探索は出来ないから』


「心愛さん……ありがとうございます」


『否定。感謝されることではない。私がしたいから、そうするだけの事』


「それでも、ありがとうです」


 電話越しに、二人して微笑みあう。

 氷堂と話をすることで、望月は少しだけ心が軽くなる気がした。


 竜乃と虎太郎と氷堂と四人で、ダンジョンでゆったりとした時間を過ごすのも悪くないかもしれない。


 だからだろうか。望月はふとこんなことを聞いた。


「氷堂さん……仮に……仮にですが、私が今よりももっと強くなったら虎太郎君との絆は強くなるでしょうか? そしたら、今まで通りに虎太郎君と――」


『理奈』


 願いを、聞いてしまった。


『それが難しいことは、理奈が一番わかっているはず』


 それが叶わない願いであることは、自分自身が一番分かっていたのに。


『テイムの絆が強くなる保証はないし、理奈が強くなるには、これまで以上に強敵と戦うしかない。

 虎太郎くんをあえて出さずに、報われるかどうかも分からないレベリングをする?

 それは他でもない虎太郎くんが認めないと思う。なら……彼が戦いに参加するなんて言う危険なことを理奈は続けられない』


「そう……ですよね……」


『理奈……理奈は頑張った。ここまで本当によく頑張った』


「頑張ったん……でしょうか……もっと……もっと出来たことが……」


『私は虎太郎くんじゃないけど……虎太郎くんもこう思ってるはず。

 理奈が主で、本当に良かったって。そうでしょ?』


「……はい」


 そう言ってくれているのが、そう思ってくれているのが痛いほど分かって。

 実際に聞いたわけでも言われたわけでも、そもそも言葉が聞き取れるわけでもないのに。


 彼がそう言ってくれている光景が、はっきりと思い浮かんだ。


「ごめんなさい氷堂さん。今日はもう寝ます」


『うん……この後も配信は見る……だから』


「はい……」


『だから今日はいっぱい泣いて』


 そう言って、氷堂は通話を切った。

 さよならも何も言わなかったけれど、今この状況ではそれこそが彼女の優しさだった。


 だからこそ。


「ずるいなぁ……」


 そういってベッドに望月は上半身を倒れさせる。

 すぐ近くにあった枕の上にちょうど頭が乗り、手のひらから液晶が暗くなった端末が滑り落ちた。


「あんなにいっぱい泣いて……もう泣ききったと……思ったんだけどなぁ……」


 目が潤む。視界が滲む。

 枕に顔を押し付けるように頭を動かして、そして。


 この日は望月が生涯でもっとも泣いた日となった。


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