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第197話 ある探索者の終わり

「全部、辞めよう。ダンジョン攻略も、配信も。虎太郎君が居るなら、それだけでいいから」


 どうして望月ちゃんがそんなことを言うのか、分からなかった。

 けど彼女は俺に縋りつくように抱き着いていて、じっと目を覗き込んでいて。


 望月ちゃんの言ったことが心からの言葉であることが、痛いほどに伝わってきて。


「虎太郎君……前にリースさんが来た時の事、覚えてる?

 あのとき……リースさんが帰るときに言われたの」


「虎太郎君のことを、テイムしきれなくなる日が来るかもしれないって」


 驚いて動きが固まる俺の体を撫でながら、望月ちゃんは続ける。


「リースさんが言うには、テイムモンスターとテイマーの契約が切れたとき、テイムモンスターはどこかのダンジョンのモンスターとして生まれ変わるんだって。

 姿は同じでも中身は全く違う、ただのモンスターに」


 聞いた……ことがある。

 あくまでも噂に過ぎなかったが、引退したモンスターテイマーのテイムモンスターはダンジョンへと還ると。


「テイムモンスターがモンスターになっても心が違うからそれまでの経験値はないし、テイマーもいないから脅威になることはない……」


 テイムモンスターは、確かにモンスターに戻る。

 けれどそれはあくまでも抜け殻で、だからこそ問題にはならない。


「でもリースさんが言うには、虎太郎君は違う。

 きっと虎太郎君が私のテイムから外れたらTier1の深層ボスクラスになる。

 私達探索者の討伐対象である、凄く強いモンスターになっちゃうんだって……」


 この体はスペックのみで他の探索者を圧倒している。

 そんな俺がモンスターになれば、そうなるのは当たり前の事だ。


「私……そんなの嫌だから。虎太郎君が人間の敵になって討伐されちゃうなんて、耐えられない。

 でも、リースさんは私が強くなってレベルが上がれば大丈夫だって。

 それにレベルの差が広がっても虎太郎君のことをテイムしきれないかは分からないって。

 だから、あくまでも予防のためだって……あの人……そう言って……くれてたのに」


 力なく笑い、望月ちゃんは悲しげに笑う。

 彼女と繋がっている細く、今にも切れそうなテイムの絆が目に映った。


「なっちゃったね……こんなことに……」


 あのリースが懸念する程のことが、現実に起ころうとしている。

 その事実が俺の心に深い闇を落とした。


「だから虎太郎君……もう辞めよう? 私達、ここまですっごく頑張ったよ。

 京都ダンジョンだって攻略したし、深層ボスだって倒したんだよ?

 だから……だから……もう……いいんだよ」


 俺を心配そうに見る望月ちゃんに、内心でぐっとこみ上げてくるものがある。

 彼女は自分に言い聞かせているのではない。もう望月ちゃんの気持ちは決まっている。


 それでいて、俺に頼んでいるんだ。

 テイマーである彼女が望めばその通りになるのに、泣きそうな顔で懇願しているんだ。


「竜乃ちゃんも……それでいいかな?」


 空に浮かぶ白い竜に語り掛ければ、竜乃はすぐにはっきりと首を縦に振った。

 竜乃は視線を望月ちゃんから俺に向け、まっすぐに俺を見つめる。


『虎太郎……理奈の言う通りよ。これ以上は危険なのは間違いないわ。

 それに……あんな虎太郎は、もう見たくないもの……』


 やや怒ったような口調で言われたが、そこにも俺を案じる優しさを感じて胸が温かくなる。

 望月ちゃんの力による温かさはなくなったものの、彼女達の優しさはポカポカしていた。


 あるいは、体が冷たすぎてそう感じやすいだけかもしれないが。


「虎太郎君」


 声をかけられ、俺は首を動かして望月ちゃんと目を合わせた。

 先ほどからずっと、望月ちゃんは泣きそうな顔で俺を案じ続けてくれている。


「探索を辞めて……もうどこのTier1ダンジョンにも入らないで……3人でTier2ダンジョンやTier3ダンジョンで過ごそう? これまで通りいっぱい時間使って、こうやって触れ合いながら……ずっと3人で……」


『もち……づきちゃん……』


 それが彼女の今の一番の願いだと分かった。

 これまで英雄的にダンジョンを攻略してきた望月ちゃんの今の願いはとても穏やかで、ありふれていて……でもそれが叶うかどうかを彼女はずっと不安に思っていて。


 竜乃だってそうだ。彼女だってテイムモンスターとしては最強クラスの地位を確立した。

 まだまだ高みへと行けるはずだ。


 それなのに、こんなにあっさりとそれを手放した。

 俺のためにここまでしてくれる彼女達のことが嬉しくて、でも同時に申し訳なくて。


 喜びと悲しみと悔しさと申し訳なさで心の中がぐちゃぐちゃになって。


『……わかった。そうしよう』


 笑顔で、返せているだろうか。きっと返せていない。

 だって頬を流れる冷たい何かがあるから。目の前の望月ちゃんも、一筋の涙を流したから。


 望月ちゃんは俺に強く抱き着き、顔をうずめる。

 その部分が冷たく感じ、けれど俺の顔も同じように冷たくなっていることに気づいて。


「ごめんね……ごめんねぇ……っ!……私が……私がもっと強ければ……今まで通りだったのに……っ……ごめんなさい!」


『ちがうっ……望月ちゃんのせいじゃない……俺が……俺が弱いから……俺がっ……っ……なんも……変わってないな……探索者だった頃から……なんにも……』


 抱き合って俺達は涙を流し続ける。

 俺は望月ちゃんをこれ以上引っ張っていけないことに、望月ちゃんは俺を足止めしてしまったと思ってしまって。


 ふわりと、俺を羽が包む。

 俺だけではない、望月ちゃんの事も真っ白な羽が包んでいた。


 地面に降りてきた竜乃もまた、俺達に覆いかぶさったようだ。


『……本当、手のかかる子たちなんだから。理奈も虎太郎も泣かないのよ。

 あなたたちの選択は正しいし、今まで通り一緒にいるから……だから……大丈夫よ。

 虎太郎っ……あんた男の子でしょ……強いでしょ……っ……泣くんじゃないわよ』


『お前だって……泣いてるじゃないか』


『うるさいっ……こんなの……泣くに決まってるでしょ……』


『……そう……だなっ』


 そうして3人でしばらく泣いた。

 どれだけの間そうしていたのかは分からないけれど、長いようにも短いようにも感じられた。


 ようやく落ち着いて俺達は誰からというわけではなく離れた。

 見てみれば全員の目は赤くなっていて、3人で笑ってしまったくらいだ。


 涙は流したけれど、それが終わればいつもどおりの俺達だった。


「それじゃあ、今日は疲れたしもうダンジョンから出ようか……あ」


 気を取り直してゲートの方を見た望月ちゃんは声を上げる。

 そこには、ゲートと装備を強化する台座が置かれている。


 彼女はそれを見て声をあげてしまったが、すぐに視線を台座から外した。

 望月ちゃんが何を考えているかが分かってしまい、俺は彼女を右前脚で押す。


 望月ちゃんに対して首を横に振ることで、意思を示した。

 彼女はもう探索をしないので台座を使わないつもりだったようだが、あれは深層クリアの報酬だ。


 これから先探索をしないとしても、あの強大なボスを倒した報酬は受け取るべきだ。

 望月ちゃんは俺の意図をくみ取ったのか深く頷き、台座へと近づく。


 俺達の始まりを象徴するシンプルなシルバーの腕輪を外し、台座へ。


(……思えば、あの腕輪よりも強力なものは他にもいっぱいあったはずだ。)


 それでも絶えず身に着けてくれているのは、それを大切に想ってくれているからだろう。

 望月ちゃんの強い想いが伝わって、俺はまた涙もろくなってしまった。


「……終わった、ね」


 台座から腕輪を手にして再び嵌め、望月ちゃんは俺達に目を向ける。

 彼女は何かを考えているようだったが、やがて深く息を吸った。


「明日はTier2ダンジョンで二人を呼ぶね。明後日も、その先もずっと。だから……」


 望月ちゃんは姿勢を正して、頭を深く下げた。


「ありがとうございました。竜乃ちゃん、虎太郎君。

 今まで、こんな私にずっとついてきてくれて。不甲斐ない主人だったと思うけど、本当に……本当にありがとう」


『『…………』』


 望月ちゃんの言葉を受けて俺と竜乃は顔を見合わせて、行動を起こす。

 やがて俺達から何の反応もないことを不思議に思ったのか、望月ちゃんが頭を上げる音が聞こえた。


「……竜乃ちゃん……虎太郎君……」


 望月ちゃんが息を呑んで俺と竜乃の名前を呼ぶ。

 俺は伏せの態勢で目を瞑り、深く深く頭を下げている。


 竜乃もまた同じような姿勢を取っているだろう。

 望月ちゃんが感謝しているように、俺達も彼女に感謝を感じている。


 だからこそ、最後は最大の敬礼をもって。

 目を開き、最高の飼い主を見上げる形で。


『また明日ね……理奈』


『また明日……望月ちゃん』


 次があることを、告げた。


「……っ!」


 感極まったように望月ちゃんは顔をすぐに背け、袖で顔を拭う。

 すぐに気持ちと息を整え、再び俺達を見てくれた時は、これまで見たどんな笑顔よりも綺麗な笑顔を浮かべていた。


「うん、また明日!」


 これまで俺達と望月ちゃんが通じ合っていると感じていた場面はいくつかあった。

 けれど今この瞬間ほど、通じ合ったことはないだろう。


 まるで俺達の言葉を聞き取れるかのように返答した望月ちゃんは、ゲートへと足を踏み入れてその中へと消える。

 すぐに俺の視界も、まるで眠りにつくかのように白く染まっていった。


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