第191話 再戦、出会いの場所
最近戦ったボスはどれも姿を変えての第二形態があった。
それぞれ変わりようは違くても、力を、魔力を増した状態で再戦する必要があった。
第一形態は前座のようなもので、第二形態こそが真の勝負だったボスだっている。
けれど第二形態がないボスはいなかった。
クイーンでさえ、あったというのに。
「えっと……クリア?」
土煙は完全に張れ、敵の姿はどこにも見当たらない。
もしかしたら視聴者が何か気づいたかもしれないと思って配信ドローンにも視線をやるが、何かを見つけたようなコメントはなかった。
(京都と同じなら装備を強化するための台が出てきて、その横に現実世界に戻るためのゲートが開くはずだが……)
もちろん台もゲートも見える位置にはないし、ここは広間で隠されているとも考えにくい。
(それに……俺の勘が告げている……まだ、終わりじゃない……)
これまでボスを倒した後にあった安心感と達成感。
その二つが、未だに体を駆け抜けない。それはボスが拍子抜けだったからではない。
まだ、なにかある。
「!?」
望月ちゃんが驚くそぶりをした瞬間に、遠くから白い光が大量に流れてくる。
流れ星のように素早く流れ、暗闇に包まれた遺跡のフィールドを塗りつぶしていく。
まるで絵画を白い絵の具で素早く塗りつぶすように。
そして世界は白く染まり、俺たち以外の何もかも――壁も床も天井も消え去ったときに。
「こ……こ……」
一気に白が消えて、姿を一変させた。
岩で囲まれた先ほどよりも狭い部屋だった。
“どこここ?”
“こんなところあったか?”
“暗くはないから、さっきのクイーンの場所ではないみたいだけど”
“これ、千葉の遺跡ダンジョンか?”
“鳥取のTier3ダンジョン? なんで?”
“熊本のやつじゃね? っていうかモッチー、行ったことあんのか”
(ここは……まさか……)
驚きに目を見開いた状態で、俺はゆっくりと背後を振り返る。
この部屋の感じに、俺達が立っているこの位置。
そして俺達の後には、すこし高くなった台座。
大きな宝箱が置けるほどの、台座。
(あのときの……モンスターハウスっ!?)
間違いないと思い、望月ちゃんに視線を向ける。
彼女の左手のシンプルな銀の腕輪。俺と望月ちゃんの初めての絆が生まれた運命の場所。
(…………)
恐れていた。左手からゆっくりと視線を上へと向ければ、この部屋を見ている望月ちゃんの表情に恐怖が少し滲んでいた。
俺にとっては運命の場所でも、望月ちゃんにとっては思い出したくはない場所の筈だ。
この部屋で望月ちゃんは信じていた人に酷い裏切りを受け、死を覚悟したのだから。
『望月ちゃん!』
大きく吠えれば、体を震わせて彼女は俺を見た。
まるで迷子になった子供のような、不安そうな顔だった。
じっと見つめ返せば、彼女は頷いて俺の元へ駆けてくる。
そして俺の後について、安心したように息を大きく吐いた。
望月ちゃんは俺の後ろに、そして横から羽ばたく音が聞こえるので竜乃もいる。
仲間に何の問題もないことを確認してから、俺は考える。
(俺たち全員の恐怖の場所を再現しているかと思っていたが、ひょっとしたら一人ずつなのかもしれない。さっきのが竜乃で、今回は望月ちゃん……そして次が、俺ということか)
内心で苦笑いしてしまう。
この様子なら、深層ボスに第二形態という概念はないと考えていい。
けれど第二形態なんかよりもずっと性格の悪い深層ボスだ。
パーティに在籍する全員分の悪夢を見せるような形だろうか。
俺達は1人と2匹だから3回で済むが、もしも5人でパーティを組んでいたら5回も戦わないといけないということかもしれない。
強さはともかくとして、かかる時間としてはどの深層ボスよりも長くなるだろう。
『虎太郎! 来るわよ!』
竜乃の言葉通り、次々とモンスターが転送されてくる。
全てが同じ姿かたちの、Tier2ダンジョン中層に出現する雑魚モンスター。
けれどここは東京Tier1深層。彼らは雑魚ではなく。
「やっぱり……ユニークスールズの歴史……レベル、1000……」
れっきとした、俺達の前に立ちふさがる強者である。
黒い体毛で体を覆われた、二足歩行の狼のような頭をした獣。
両手で輝いて存在を主張する鋭利な爪。そして額に輝く赤い宝石。
俺が最初に倒した格上であり、俺達にとっても因縁の相手スールズ。
それが、部屋を埋め尽くすほどに大量に出現する。
まさにあのときの、再来だ。
“これ、スールズか? 確か茨城のダンジョンに出てくる奴だろ”
“ここ、モンスターハウスだわ。ってことはモッチー達はここで戦ったことがあるってことか”
“配信始める前の出来事ってこと?”
“マジか。ちょっと不謹慎ではあるけど、配信で見れない以前の戦いを見れるっていうのはいいな”
“今回は敵の数は多いけど、負けるなよモッチー!”
“1体1体がレベル1000クラスなんでしょ? ちょっとヤバくない?”
“虎太郎の旦那、なんとかしてくれ!”
“三人なら、行ける!”
「来るよ!」
悲鳴のような望月ちゃんの声と共に、真正面のスールズが床を蹴る。
俺も頭の中で弾丸を込めて回し、紫電の威力を高めて突進。
クイーンとは違い、相手は物理も魔法も効く。それなら、これまで通り全力で戦える。
速度を維持したまま間合いに入り、右前脚を力強く振り払う。
紫電で強化した俺の爪とスールズの爪が、あのときの再戦として激突。
甲高い音を立てて拮抗した瞬間に、俺と対峙するスールズの背後が蠢く。
多数のスールズが、俺を嬲り殺そうと近づいてくる。
奴らには一対一で戦うような騎士道精神なんてあるわけがない。
このままでは、レベル1000という格上のモンスターを何体も俺一人で相手しなくてはならない。
『おらぁ!』
目の前のスールズの爪を弾き、次の一手を打つ。
その間に、目の前のスールズ以外は無視した。無視しても、なんとかしてくれると感じていたから。
背後から熱が発生し、紫の炎の壁が俺と目の前のスールズを取り囲むように立ち上がる。
それと同時に、俺が行使し終えた黒雷が奴の脳天を貫いた。
『斬る』
間抜けな顔をして動きを止める奴の体に、左前脚を力の限り振るう。
氷堂の一撃と同じ要領で、その命を絶つ。
利き手である右前脚ほどうまくは出来なかったものの、氷堂の一撃に近いレベルで再現された爪撃で、スールズは血を吹き出して後ろに倒れる。
黒雷で弱った奴のHPを吹き飛ばすには十分すぎたようだ。
数が多いのは知っているが、苦戦したのはかなり昔のこと。
今の俺と竜乃なら、一体ずつ倒していったとしても余裕で体力は持つだろう。
(こうやって竜乃に壁を作ってもらえれば――)
紫電の回数は回復しつつある。まだ魔力だって全然使っていないし、大した怪我も負っていない。
だからまだまだ余力はあった。相棒の手助けという、前回にはなかった一番大きな強みもある。
だが。
『……マジかよ』
紫の炎の壁、それを苦しみながらも突き抜けてくるスールズが一体。
いや、二体三体とその数を増していく。
彼らの体には紫の炎が灯っていて、今なお彼らを苦しめているだろう。
それでもスールズ達の獰猛な瞳は色を失わずに、ただただ俺を屠らんと鈍く輝いていた。