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第190話 世界の頂き達に、追いつく

 右手で鎌を素早く回し、後ろに構え、クイーンは左手を持ち上げて詠唱を始める。

 何かしようとしているのは明白だった。


「竜乃ちゃん! 虎太郎君! 私は全力でサポートするから、好きなだけ暴れて!」


『ええ!』


『分かった!』


 望月ちゃんの叫び声に頷き、俺は隣の竜乃に吠える。


『竜乃! いつでもあの紫のブレスを撃てるようにしておいてくれ!

 俺はあいつの隙を作る!』


『えぇ、分かったわ!』


 視線を交差させ、竜乃は上空へと飛び上がるために羽ばたきを始める。

 それを見送ることなく、俺は再度クイーンの方を向いて飛び出した。


 刹那、クイーンの目が眩く光り、体が翻る。

 鎌が振られた回数は二回。横と縦に、素早く振り払われた。


 そしてクイーンの眼前に漆黒の刃が十字を描いて出現し、こちらへと射出される。

 先ほどのムーンエッジと同じ、いやそれ以上に速い。


(知らない攻撃……魔法か?遠距離か? どっちにせよ!)


 上級魔法を無詠唱で発動したクイーンが時間をかけて用意した今の十字が、危険でない筈はない。

 迫る黒い十字に対して、俺は口を開き、力の限り吠える。


『打ち破る!』


 首を後ろに逸らし、突き出すように前へ。

 同時に黒雷を集中させて、放つ。収束した雷は全てを滅する奔流となり、床と水平に十字へと向かっていく。


 轟音が響き、黒雷は同じ、しかし少しだけ薄い黒の十字の交差部分に衝突。

 二つの黒は互いを喰わんと拮抗し、行ったり来たりの均衡を繰り返す。


 間髪を入れず、次。

 頭の中に弾を一気に5発込め、3発回す。


 体中に紫電を纏った瞬間に、俺の黒雷が十字を押し、ついに打ち破ったのを見た。

 ここだ。そう思い、地面を蹴る。周りの景色を置き去りに、加速。


 消えつつある黒い十字を跳び越え、クイーンを捉えんとさらに床を蹴ったところで。


(っ!)


 遥か頭上に掲げられた刃が、こちらに切っ先を向けているのを見た。

 まだクイーンの間合いには入っていない。


 だが彼女は両手でしっかりと鎌の柄を握り締め、振り上げている。

 柄が伸び、刃が巨大になった鎌を。


(そんなの……ありかよっ!)


 紫電での加速のせいで俺は止まるのに時間がかかる。

 だがこのまま進めば脳天から串刺しだ。それだけはごめん被る。


『うおおおぉぉぉぉ!!』


 精いっぱい叫び、四肢に力を入れて後ろに跳ぼうとする。

 頭の中で残っていた全ての弾を回し、得た紫電の力を全て四つの足へと回す。


 まるで激流の中を逆に泳ぐような感覚。確かに減速しているが、このままでは間に合わない。

 手足が悲鳴を上げるものの、完全に無視。


 痛がっている場合じゃない。ここで跳べなければ、命はない。


『あああああぁぁ!』


 手足が見えない床を削る音を聞きながら、俺はさらにもう一発を込めてすぐに回した。

 四つの手足を押さえつけるように体の奥底から力を絞り出したときには、クイーンの鎌は既に降り下ろされていた。


 まるで罪人の首をはねるギロチンのようだと思うのと、俺の動きがようやく止まったのは同時だった。


(とべえええええ!!)


 さらにもう1発弾丸を込めて回し、全力で床を蹴る。

 斜め後ろに向けての最大の跳躍。


 ここまでの紫電の連続使用でやや頭がくらくらするものの、逃れた。

 クイーンの死の刃から、逃れられた。


 ――ゾクリッ


 背中を冷たい何かが走ると同時に、思い出す。

 今のこの光景を、かつて俺はクイーンで経験している。


 あのとき、クイーンは鎌を前に突き出して追撃を仕掛けてきた。

 それなら今回だって。


 振り下ろされた刃の向こう。

 感情のないクイーンの瞳と、確かに目が合っていた。


 来る。以前防げたあの時とは違い、俺は空中にいる。

 今となっては深層ボスであるクイーンの一撃を、受け止められるはずがない。


 絶体絶命な状況。


(なんだ……これ……)


 けれど俺は不思議な感覚に陥っていた。

 全てが遅く見える。けれど紫電の効果ではない。体は動かず、どうすることも出来ないから。


(なんだ……何かが……どうなって?)


 自分の事だが、言葉に出来ない。けれど、どこかおかしさを頭が訴えていて。

 そのおかしさが、どうしても自分では分からなくて。


 ――カチャリ


 何かが、噛み合った。


(!?)


 光景が流れる。

 上空に浮かぶラファエルの姿。俺の黒雷を割けて空気を蹴るリース。


『そう……か……』


 俺はそう呟き、四肢の真下に風の魔法を集中させる。

 集中させるとはいえ、その量は微弱で、消費する量も中級魔法にも及ばないくらいだ。


 これまでなら、うまく踏むことは出来ず、足場にすることは出来なかっただろう。

 あるいは不安定過ぎて、地上と同じような攻撃は出来なかったはずだ。


 けれど今は違う。


 蹴った。間違いなく俺は今、地面と同じ感覚で空気を蹴った。

 巨大な刃を避けるように、前に跳んだ。


 リースがやったのと同じように、空を足場にしてみせた。

 今ならラファエルと同じように空気中に立つことすら可能だろう。


(追いついた)


 鎌を突き出した状態のクイーンを見ながら、俺は今の状況に答えを出す。

 ずっと頭では分かっていたのだ。どうすれば世界最強クラスの探索者と同じことが出来るかを。


 だが俺の体はまだ分かっていなかった。

 今の化け物じみたこの体をもってしても、ラファエルやリースの一部を再現することはできなかった。


 けれど今、体が追い付いた。

 リースと戦ってから黒髪や武者、そして今のクイーンと戦うことで、ようやく体が目覚めた。


(まさかこの体で、追いつくなんて言う表現を使う時が来るとはな)


 苦笑いしながら、俺は右の前脚に命令を伝達する。


 頭にはもうイメージがある。

 世界最強クラスの探索者の中で、もっとも共に時間を過ごした彼女の後姿が。


『斬る』


 必要最低限の動きで、けれど全ての力を一瞬だけ爆発させて右前脚を振るう。

 氷堂と同じメカニズムで、切り裂く。


「……!?」


 体を切り裂かれ驚くクイーンが息を呑む声と、鎌が床に落ちる音が響いた。


『竜乃ぉおおおお!』


 咆哮し、俺は再度斜め後ろに高く跳びあがる。

 紫電の影響がまだ残っているので、クイーンの前からの離脱は容易だった。


 返答も確認もない。ただ叫ぶだけで、相棒は全てを読み取ってくれる。

 だから俺が飛び上がるや否や、すぐに紫のブレスが飛来した。


 俺が声を上げる前から放っていなければ間に合わないようなタイミングの良さだった。


「……!!」


 何かを叫び、クイーンは右手を前に。

 防御魔法を展開したようだが、もう遅い。


 ラファエルがフランスでやったように空中に着地し、大きく息を吸う。


『終わりだ!』


 黒雷を、紫電を、紫のブレスに向けて放つ。

 雷撃はブレスに命中し、弾かれることなくまるで水のように混ざっていく。


 俺と竜乃、そして俺達を強化してくれる望月ちゃん。

 三人で出せる最大火力の一撃が、完成する。


 どのダンジョンのどのモンスターであろうとも、耐えられはしない。

 いや、耐えさせはしない。


 俺達の全てをかけた火と雷の融合はクイーンの防御魔法に突き刺さり、それを紙のように易々と打ち破るだけでは足りず、彼女の体を飲み込んだ。

 轟く爆音と、舞い上がる土煙が、俺達の攻撃の威力の高さを物語っていた。


 たっぷり、じっくりと黒雷と紫電を放出し続け、俺は機を見計らって足元の風魔法を解除して床へと戻る。

 すぐに上空から竜乃も降下して来た。


『ナイス虎太郎! 流石にこれなら行ったでしょ』


『あぁ、クイーンは間違いなく飲まれた。少なくとも第一段階は終わっただろう。

 けど、第二形態は一体どうなるって言うんだ……』


 俺の頭の中は早くも次を考えていた。

 強大なボスは全てが第二形態を持つ。京都の深層ボスもそうだった。


 なら今のクイーンには第二形態があるということになる。

 以前のように禍々しいオーラを纏って、目の前に立ちふさがるのだろうか。


『それにしても、あんたはまた遠くに行ったわね。

 ちょっとムカつくけど、今手数が増えたのは嬉しい事ね。

 私と虎太郎で空から攻撃できるなら、飛べないクイーンには効果的でしょ』


『それは……そうだな……』


 薄くなる土煙から視線を外さずに、竜乃と次についての相談をする。

 禍々しいオーラを翼のように変形して飛ばなければいいのだがと内心で苦笑いしたところで。


『……おいおい』


 晴れた土煙の先を見て、俺は思わず声を上げた。


『……ど、どうなっているの?』


 竜乃も同じようで、土煙の晴れた場所のみならず、それ以外の場所を確認している。


 先ほどまでクイーンが立っていた場所。

 そこには姿を変えたクイーンはおろか、誰一人として居なかった。

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