第19話 慌ただしい一日の終わり
ゆっくりと、その領域へと足を踏み出す。
なににも遮られることなく、その足は地面へとついた。
足を進めれば、その領域の中に無事に入ることが出来た。
「良かった、やっぱり入れたね」
望月ちゃんは心底安心したように大きく息を吐いて、地面にペタンと座り込んだ。
ここまで何があったのか、少しだけ時を戻そう。
隠し部屋での運命の邂逅(何回目か忘れた)を終えた後、俺は望月ちゃんに付き従うこととなった。
つまり俺は野良獣ではなく飼い獣になったわけだ。ドヤぁ。
ただ浅倉に隠し部屋にスールズの群れと色々なことがありすぎたために、今日はもう探索を終わりにすることとなった。
そのため、出口に向かい、その途中で探索者用テントを建てて中に入ったのだ。
探索者用テントはダンジョンで取れた素材を元に作られた、ダンジョンの中でのみ使える設備である。
どういった仕組みなのかは分からないが、同じパーティに入っている探索者にしか見えず、入ることもできない。
そしてテントの中には、テイムモンスターも入ることができる。
浅倉とは隠し部屋を出る頃にはパーティが解約されていたらしく、そのためこのテントを見つけられる者も、入れる者も俺たち以外には居ないという事だ。
中は本当に小さな造りになっていて、簡易なテーブルと椅子が置かれているだけだ。
探索者達はこの簡易テントの中で作戦会議をすることができるのだ。
そして俺の予想が正しければ、これはつまりあれである。
望月ちゃんによるテイムモンスター褒め褒めタイムの訪れに違いない。
「虎太郎くん、私達の今の状況について話すね」
褒め褒めタイム……。
宙に浮かぶ竜乃にすっと目線を向けると、彼女は苦笑いしてみせた。
『私の時も自己紹介していたから、私達と話すのが好きみたいなの。聞いてあげて』
いや、聞きますけど。そりゃあ一言一句逃すことなく聞きますけど。
「私は望月理奈。テイマーで、君の足を引っ張らないように頑張るね」
褒め褒めタイム……。
「この子は竜乃で私のモンスターなの。二人で頑張ってきて、私はTier3ダンジョンは攻略済み……って言っても分からないか」
ダンジョンにはTier1からTier4まであり、Tier3ダンジョンは初心者~中級者向けのダンジョンだ。
Tier3のダンジョンを攻略できているという事は、予想通り望月ちゃんは全探索者の中では平均よりも少し上の実力という事になる。
おっと、忘れていた。
話している内容はよく分からないけど言いたいことは分かると言わんばかりに俺は一瞬だけ首を傾げ、わざとらしく首を縦に振った。
「ふふっ……虎太郎君の力を貸してねってことだよ」
すっと指先で鼻を優しく撫でられ、さらに咲いた花のような笑顔を向けられ、俺は体が熱くなるのを感じた。
何この子、モンスターに対する愛が強すぎない? いや、それでいいです。
「でも私も、竜乃ちゃんも頑張るから、一緒に挑戦させてね」
いつまでもついていきます。そう思って一回だけはっきりと頷いた。
望月ちゃんも笑顔で頷いてくれる。
「明日からだけど、早速一緒に戦ってくれるかな。とりあえず上層を突破できるくらいまでは強くなりたいんだ」
『任せておけ』
望月ちゃんには短い鳴き声にしか聞こえないが、それでも意図は伝わったらしい。
明日からは良いところを見せて、望月ちゃんの好感度を稼ごう。
……今でもかなり高いような気はするが。
『後輩君、よろしく。分からないことがあれば、お姉さんに聞きなさい』
『…………』
お姉さん風を吹かす竜乃に苦笑いしそうになる。
でもモンスターなのにしっかりと心がある竜乃に、気づかされた。
テイムされたら、モンスターであろうとも一つの他者なのだと。
探索者だった頃には気にしなかったことに。
(この体になってから、気づかされることばっかりだな)
けれどそれは悲しい事ばかりではなかった。
いや悲しいこともあったけど、視界が広がったような、そんな気がする。
「じゃあ、今日はここら辺にしようか。また明日、よろしくね」
そう言った望月ちゃんに付き添ってテントから出る。
もう出口はすぐそこだ。
『……望月ちゃんがダンジョンから出たらどうなるんだ?』
『眠るのよ。また理奈が来るまで、安らかな眠りにつく』
『それで別のダンジョンにも行けるようになるのか』
『そう、理奈がダンジョンに入って召喚してくれれば、それがダンジョンであればどこでも呼び出してくれるわよ』
どうやら望月ちゃんのモンスターとなったことで俺が心配していたことの一つが解決したようだ。
このダンジョンを攻略しても、次のダンジョンに行ける。
それも、望月ちゃんと竜乃と一緒にだ。
新しい旅立ち、新しいパーティに、心が躍っているのが自分でも分かった。
この日、俺は望月ちゃんを出口で見送り、彼女の姿が消えると同時に意識を深い闇に落とした。
けれど落とした先は、とても心地よい天国のような、そんな場所だった気がする。