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第188話 過去を遡る夢

 俺は、深海の中にいる。

 目の前にはおびただしい数のモンスターで溢れている。


 下層ボス、幻想の起源。

 それを、俺は黒雷で倒していく。敵は強い。けれど俺も強い。


 例え敵が無限に増殖しようとも、俺の心には恐怖は生まれなかった。


 俺は、遺跡の中にいる。

 目の前には、仮面をつけた戦士が一人立っている。


 思い出す。上層ボスだ。

 敵は弱く、俺は強い。圧倒的な力で、ボスをねじ伏せていく。


 こんなボスを相手に、俺の心の中に恐怖が生まれる筈はなかった。


 俺は、暗闇の中にいる。

 目の前には、妖艶な笑みを浮かべた美女が鎌を構えて立っている。


 茨城のTier2ダンジョン下層のボス、クイーンだ。

 敵は強く、俺はクイーンよりもやや弱い。戦況は劣勢で、苦戦している。


 魔法が通用せず、接近戦もこなせるボスを相手に、俺の心には少しの恐怖が芽生えた。


 俺は、自然豊かな草原の中にいる。目の前には、羽の生えた馬がいる。

 俺は、岩で囲まれた闘技場にいる。目の前には、鉄の甲冑で武装したオークがいる。


(これ……俺がこれまで倒してきたボスの焼き回しだ)


 そこで俺は、これがようやく夢であることに気づいた。

 夢の世界で、これまで戦ってきたボスと再戦する夢。


 必ずその時の姿に戻され、俺の他には誰もいない。

 白い靄のかかった、もう過ぎ去ったはずの世界。


 俺は、狭い部屋の中にいる。目の前には、多数のスールズがいる。

 忘れる筈もない、望月ちゃんと再会したあのモンスターハウスだ。


 敵は多く、それでいて強い。けれど俺だって望月ちゃんのお陰で強い。

 恐怖は、あまり感じなかった。


 俺は、何の変哲もない通路にいた。

 目の前にはスールズがいる。居るはずのないスールズがいる。


 俺はあまりにも小さく、弱い。それでいて敵はとても強く、差は大きい。

 それでも、死力を尽くして倒した相手だ。勝てない筈がない。


 恐怖は、ちょっとだけ感じていた。


 俺は、「人知れず死んだ探索者が転がる」暗闇にいた。

 目の前には、赤い目を輝かせた獰猛な獣がいる。


 圧倒的な格上、ヘル・ドッグだ。

 俺はあまりにも無力で小さく、何もできない。相手は、俺をどうすることも出来る。


 体が、動かない。

 前は逃げれてたはずなのに、その場から動けない。


 ヘル・ドッグは俺の遺体には目もくれず、俺に近づいてくる。

 牙が突き立てられれば、爪で切り裂かれれば、あっさりと俺は死ぬ。殺される。


 恐怖は……いや、恐怖しか感じていなかった。




 ×××




 最悪な気分で、目を覚ます。


「こんにちは虎太郎君、今日はついに深層ボスに挑戦だね」


『ああ、頑張るさ!』


 目の前に現れた望月ちゃんに笑顔で軽く吠えれば、彼女もまた笑顔を浮かべ、今度は竜乃に声をかけに行った。

 その様子を横目に、俺は小さく息を吐く。


(また見たか……気分が悪いな……)


 最近よく見るようになった夢だ。夢にもかかわらず嫌にリアルで、どうしても記憶に残ってしまう。

 これまでの戦いが走馬灯のように過ぎ去るので、最悪な気分である。


 そんな夢を深層ボスに挑むこんなときまで見てしまうとは幸先が悪いというか、なんというか。


「配信準備しちゃうねー」


(……Tier1ダンジョン最後の配信になるかもしれないな)


 望月ちゃんの声を聞いて俺は意識を切り替える。

 嫌な夢の事を強制的に頭の中から追い出し、これから先への戦いに意識を向けた。


『いよいよね、虎太郎。ここまで頑張ってレベリングしたんだから、クリアしましょう』


『そうだな。せっかく望月ちゃんもレベル900近くまで上げたんだしな』


 Tier1下層にて、俺達はレベリングに時間を使い、望月ちゃんのレベルは895まで上がっていた。

 これ以上レベルを上げることは下層の敵のレベルの問題上難しいところまで来ていた。


 京都の深層に行けば920くらいまで上げることは出来るのだが、そこは俺達のメインダンジョンではない。

 東京の深層にフロアモンスターが居ればよいのだが、居ないのも向かい風だった。


『出来ることは全部したから、あとは全力をぶつけるだけだ。

 仮にダメでも、最大限の情報を持ち帰ればいいさ』


 ここ二週間程度、Tier1下層に籠りっぱなしだった。

 倒せるモンスターはあらかた狩りつくして、最後の方は作業になっていたくらいだ。


 竜乃も強くなり、下層ならば問題なく戦える強さにはなっている。

 ただ、ここは下層ではなく深層というのが不安なところだが。


「よしっ! じゃあ配信始めるね!」


 望月ちゃんが配信ドローンの設定を終わらせて、起動させる。

 すぐにドローンは起動し、コメント欄にコメントがなだれ込んでくる。


“おつかれ!”

“うぽつぅ!”

“ついに深層ボスキター!!”

“京都の時の奇跡を見せてくれモッチー”

“お前が伝説になるんやで”

“まじで歴史の一戦だろこれ。一秒たりとも見逃せん”

“こんなのが無料で見れちゃっていいんですか!?”

“モッチー、頑張れよ”


 毎回の配信は望月ちゃんのSNSで告知しているので人は来てくれるが、始めてすぐにここまで多くの人が視聴しているのは初めてだ。

 この配信、一度あまりにも重すぎてサーバーを増強したらしいのだが、今回は大丈夫だろうか。


「皆さん、今日はついに東京Tier1深層ボスに挑みます。

 メンバーはいつも通り、私、竜乃ちゃん、虎太郎君です!」


“いけー!竜乃の姉御!”

“虎太郎の旦那!今日もお願いします!”

“モッチー!どんな敵か分からないから、油断しないようにね!”

“京都に続いて東京もクリアしたら、マジで日本一やぞ”

“緊張するだろうけどリラックスしてね!”

“全力出せれば絶対勝てるって!”


 望月ちゃんの紹介に、コメントはさらに加速して、目にも止まらぬスピードだ。

 けれど一瞬だが捉えられたコメント達は全てが俺達を応援してくれていた。


 望月ちゃんは大きく息を吐き、鋭い視線を扉へと投げかける。

 深層ボスへと続く、大きな大きな扉へと。


 歩き出し、階段を上り、扉の前へと来れば、上空に光が集まり文字を作り出す。


【探索者よ。ここから先は戻ること叶わぬ。それでも良ければ進むがいい】


 以前と全く同じ文言。前回は京都ダンジョンがあったので一度撤退したが、今は違う。

 もう俺達を止めるものは、なにもない。


 ふと、扉を見上げれば、模様として時計が映った。

 ぐにゃりと曲がった時計を見て、なぜか夢のことを思い出した。


 過去に戦った、ボスたちの事を。


『なあ、竜乃』


『ん?』


 後ろに浮遊する相棒に、質問を投げかける。


『お前、これまでで一番怖かったボスってどれだ?』


 首を動かして背後を見れば、驚いた表情の竜乃と目が合った。


『何よ急に……そうねぇ……やっぱりクイーンかしら。

 最終的に蒼い炎に目覚めて勝てたけど、それまでは強すぎて心が折れかけていたもの』


『そうか……そうだよな』


 自分で尋ねておきながら、返答を貰ったところで、追加で何かを聞きたいわけでも、何かをしたいわけでもなかった。

 ただ、聞きたかっただけなのかもしれない。


 扉が開く音が響き、正面を向き直す。

 望月ちゃんが扉に触れたことで、巨大な二枚の扉はひとりでに開こうとしている。


 ゆっくりと動く扉。

 そしてその奥。ボス部屋の空間が見えてくる筈だった。


「……え?」


 手を伸ばしたままで、望月ちゃんは声を上げた。

 顔は見えないけれど、唖然としているのではないかと思う。


 俺も同じ気持ちだ。

 てっきりボス部屋があると思っていた扉の先。


 そこに広がっていたのは、何もないただの暗闇だった。


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