第187話 追いかけてくれる相棒
『虎太郎』
深夜、テイムモンスター用の寝床で眠りについていた俺は、隣から声をかけられて目を覚ました。
この体になった影響なのか、眠りが深いわけではなく、また睡眠が絶対に必要というわけでもなさそうだ。
そのため俺は瞼を開いて頭を動かし、隣の白い竜に目を向ける。
竜乃は頭を寝床に置いて、目だけで俺を見ていた。
『……なんだよ』
『さっき、何考えてたのよ』
『…………』
部屋に戻ってきたときに、竜乃は俺に普段言わない言葉をかけた。
そのことを不思議に思っていたが、ベランダでの様子を見られていたらしい。
『……別に、大したことじゃねえよ』
『……そう? お姉さん、なんとなく分かるわよ?』
『はぁ?』
分かった風に言われ、ちょっとだけイラっとした。
別にいつも通りの竜乃の軽口なのに、今はその言葉がやけに気に障った。
『……何が分かるんだよ』
とはいえ声を荒げて怒るほどではない。やや不機嫌にそう答えるにとどまった。
『自分が理奈の父を殺したかもしれない、とでも思っているんでしょ?』
浴びせられた言葉に、俺の頭は真っ白になった。
分かるわよ、と言って、竜乃は続ける。
『あんた、私に最初に会ったときにこう言ったわよね?
自分は元々は人間で、気づいたら今の姿になっていたって。
最初は辛い思いをして頭がおかしくなっちゃったって思ったけど、長い付き合いだもの。
あの時の言葉がなんとなく本当っていうのは分かるわ。
ただ、以前のあんたには興味なかったの。だってお姉さん的に大事なのは今の虎太郎だもの。
でも、そういうことなら話は変わってくるわ』
言葉を発することも出来ないくらい驚いている俺を無視し、竜乃はどんどん言葉を紡いでいく。
『話が本当なら、虎太郎の今の体の元の持ち主はおそらくTier0モンスター。
それが正体不明の地獄の呼び声で、理奈のお父さんを殺しちゃったんじゃないかってところでしょ』
『……なんで……そこまで……』
やっとのことで吐き出せたのは、たったこれだけだった。
どうして俺の気持ちが全てわかるのか。俺の目には、今の竜乃が全てを見透かす超能力者のように見えた。
竜乃は深くため息を吐き、首を横に振る。
『どんだけ長い付き合いだと思っているのよ。
何かあるたびに自分のせいだって考えちゃうのがあんたの悪いところだって、お姉さんずっと言ってるけど?
……でも、その様子を見るに図星らしいわね』
目を開き、呆れたような視線を竜乃は向けてくる。
『それで? 自分が悪いかもって? 馬鹿じゃないの?』
『ば、馬鹿ってお前――』
『じゃあ、あんたが殺したの? 理奈の父親を、あんたの意志で』
右の前脚を強く握り、俺は小さく吠える。
望月ちゃん達を起こさないために小さく。けれど可能な限り大きく。
『そんなわけないだろ』
『ならいいじゃない。あんたが殺したわけじゃないなら』
『でも、俺の体がやったのかもしれないんだぞ』
『やったかやってないか分からないんでしょ? それにやっていようがやっていなかろうが、どっちだっていいでしょ』
どっちだっていい。その言葉に、頭がかっと熱くなった。
『どっちでもいいって、お前――』
『真相がやってないなら、考えるのが無駄。
真相がやってたとしても、今のあんたには何もできない。
それともなに? 理奈に頑張ってそれを伝える?
今の俺は違うけど、昔の俺は理奈のお父さんを殺したって。だからもう仇はいないよって。
やめてよね。そんなことを言って、理奈の心に荒波を立てないで』
竜乃の言葉が、心に重く重く突き刺さる。
確かに彼女の言う通りだ。
お父さんの死を強く引きずっているわけでもない望月ちゃんに伝えるなんて、しようとも思わない。
『そんなことを考えている暇があるなら、今まで通りに理奈を護ってよ。
あの子が心のどこかで追い求めていたであろう父親の代わりに。
分かってるの? 理奈はあんたのことを、父じゃなくて兄みたいって言ったのよ?
あの子の中で父親とあんたは、そのくらい近しいものなのよ?
これほどの名誉が、テイムモンスターとして他にあると……思うの?』
『それ……は……』
言葉通りに捉えすぎていて、考えてもいなかった。
望月ちゃんの中で俺は、彼女の父ほどでないにせよ、それに近い位置に置いてくれている。
それがどれだけ喜ばしい事なのかということに、竜乃の言葉に気づかされた。
怒りで熱くなっていた頭はすーっと冷め、代わりに胸の奥がポカポカと温まってくる。
『そう……か……いや、そうだな。竜乃の言う通りだ。
くよくよ悩むよりも、割り切って今まで通りを貫いた方が……いいよな』
『当たり前でしょ。だからあんたは、理奈を連れて行きなさい。
どこまでも。深層も越えて、その先の世界にだって、連れて行きなさい。
お姉さんがしっかりサポートしてあげるから』
真面目な表情からいつもの調子の竜乃に戻ったことを感じ、俺も小さく笑みを漏らす。
『こりゃあ、頼りになることで』
『お姉さん以外に、虎太郎みたいな規格外についていってくれる人は居ないからねー』
『こりゃあ、手厳しいことで』
コントのようなやり取りをして、二人して笑いあう。
笑顔を顔に残したままで、まっすぐな視線で、竜乃は俺を見つめた。
『だから、すぐに行ってやるから、待ってなさいよ』
それはいつかも言われた言葉。俺が先を行き、それを竜乃が追ってくれる。
ずっと昔からの、それでいて心地よい関係を指す言葉。
だから、それにはっきりと返す。
いつかと同じ言葉を。
『ああ……お前が来るの、待ってるからな……ちょっと先に進んじゃうかもだけど』
少し恥ずかしくなってごまかすように付け足せば、
それを見抜いたかのように竜乃はクスクスと笑った。
『別に構いはしないわ。どこにいても追いかけるだけだから』
けれどそんな俺の恥ずかしさを指摘することもなく、竜乃は生真面目に返答する。
人のいない部屋で、月明かりに照らされた二匹のテイムモンスターは、他愛のない話をしながら太陽が昇るのを静かに、けれど楽しく待ち続けていた。