第186話 1つの黒雷と2人の使用者
望月ちゃんの一言を聞いて、下層ボスを倒したときのことがフラッシュバックする。
幻想の起源を倒すときに覚醒したシークレットスキル「黒雷」。
その名前を付けたのは望月ちゃんだし、彼女にしては良いネーミングセンスだと思った。
あまりにも早い名づけだと思ったが、まさか望月ちゃんのお父さんもこのスキルを所持していたとは。
「あ、でも虎太郎君の黒雷はパパ……お父さんのとはちょっと感じが違うんです。
もちろん虎太郎君の方がずっと大きくて、速くて、凄いんですけど、それとは何かが違うというか……一応配信を見ていたお母さんにも確認しましたけど、やっぱり違うみたいで……」
(同じシークレットスキルを別の人が所持しているなんて……そんなことがあるのか)
少なくとも俺と望月ちゃんのお父さん以外には、そういった事例は無いはずだ。
だから、と呟いて、望月ちゃんは俺を見た。
ひどく寂しそうな、笑顔で。
「虎太郎君がお父さんの生まれ変わりなのかなって、ほんの一瞬思ったんですけどね」
「……それでは、理奈のお父様は……」
目を伏せ、望月ちゃんは氷堂の問いに頷いて答える。
それが、答えだった。彼女の父は、もうこの世にはいない。
「私が2歳の時でした。
お父さんは仕事終わりにダンジョン探索もするダブルワーカーだったんですが、急に行方不明になって……それっきりなんです。
お母さんは、どこか遠いところに行っちゃったんだって言ってましたけど。
今なら、ユニークモンスターかダンジョンのトラップの犠牲になったんだろうって分かります。けど、当時はなんにも分からなくて……だって、温かい手で撫でてくれたり、すごいなって褒めてくれたりしたのに……もう、映像でしか見れない人になったっていう実感がなかったんです」
彼女の悲しみが、俺には計り知れない。
大切な人をなくして、ただ映像の中でしか触れなくなってしまった。
それを味わったことはないけれど、それはきっと心が張り裂ける程の悲しみの筈だ。
望月ちゃんは大きく息を吐いて、心を落ち着かせた。
「そんなことがあったから、気づいたら探索者になってました。
お母さんと同じモンスターテイマーになって、パパが到達したTier3下層も越えて、本来ならもっと行ける筈だったその先まで。
気づいたら虎太郎君と竜乃ちゃんのお陰で、こんなに凄いところまで来ちゃいました」
「……お父様も、きっと喜んでいるはず」
「はい……そう、思います」
俺もそう思うという気持ちを込めて、ポンポンと望月ちゃんの足を右の前脚で軽く叩いた。
「虎太郎くんも、そう言っている」
「ふふっ、こうして見ると、やっぱりパパじゃないです。
虎太郎君はどっちかというと、頼れるお兄ちゃんですね」
(まあ……年齢的には父よりも兄の方がいいかな)
探索者だった時の年齢で考えると10以上離れているので、下手したらおじさんだが。
『まあ、私からしたら可愛い弟だけどね』
『はいはい、竜乃お姉様、竜乃お姉様』
『適当ねぇ……』
長椅子脇で黙って話を聞いていた竜乃と軽口を交わし合う。
話が一段落着いたと思ったのか、氷堂は椅子から立ち上がると、振り返って言った。
「……夜ももう遅い。そろそろ部屋に戻る。今日は話が出来て良かった」
「そうですね。行こうか、竜乃ちゃん、虎太郎君」
望月ちゃんに促されて、竜乃は部屋に戻ろうとする彼女についていく。
氷堂、望月ちゃん、竜乃、そして俺の順で部屋へと戻ろうとしたとき。
(あ……)
不意にあることを思い、俺は足を止めた。
望月ちゃんのお父さんは、ダンジョンの中で行方不明になった。
探索者が行方不明になるのはよくある話だ。
けど、黒雷を使えるような探索者が、たかがフロアモンスターにやられる筈がない。
もしやられるなら、俺の時と同じような……Tier0。
頭を過ぎったのは、黒く巨大な獣。紫の電流を体に走らせ、黒いオーラに身を包んだ、災厄。
俺と同じように、望月ちゃんのお父さんも黒い獣に出会ってしまったのかもしれない。
そう、今の俺の体の元になっている黒い獣に。
『…………』
そうだ。考えてみれば、世界で確認されているTier0は3体。
深紅の花と、審判の銀球と、地獄からの呼び声。
俺の体の元になった黒い獣は4体目かと思っていたけど、ひょっとしたら地獄からの呼び声がそうなのかもしれない。
それなら、姿を誰も確認したことのない俺の元の体が望月ちゃんのお父さんを殺した可能性だって、ないわけじゃ……。
そこまで考えて、俺は頭からそうした考えを追い出した。
(ユニークモンスターだって、ダンジョンのトラップだって、いやそれ以外にも探索者を脅かすものはたくさんある。望月ちゃんだって、そう言っていたじゃないか)
望月ちゃんのお父さんを襲ったのがTier0だということも。
俺の体の持ち主が地獄の呼び声であることも。
そいつが、あの化け物が望月ちゃんのお父さんを殺したということも。
全部全部、俺の想像に過ぎない。
考えすぎだと思って、俺は部屋へと入る。
『……おかえり』
『? あ、ああ……ただいま?』
不意に竜乃から声をかけられ、俺は戸惑いつつも返事をした。
これまでそんなことを言ったことはなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか?
不思議に思ったものの、竜乃はそう一言発しただけでテイマー用の寝床に移動して横になってしまった。