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第185話 夜風の中で、話を聞く

 ビーチバレーも終わり、皆で和気あいあいと夕食を食べた後、俺達は部屋に戻ってきていた。

 俺達の部屋は三人が使用していて、望月ちゃん、氷堂、優さんの三人だ。


 このうち、優さんは愛花さんと話すことがあるために別室へと行ってしまっている。

 部屋には望月ちゃんと氷堂のみ。


 けれど彼女達は部屋ではなく、ベランダに出て、備え付けの長椅子に腰かけていた。

 俺は望月ちゃんの足元で、竜乃は長椅子の脇に伏せている状態だ。


「……もう少しレベリングをしたら、ついに深層ボスに挑むんですね」


 最初は他愛ない話をしていた望月ちゃんと氷堂。

 しかし会話が途切れたタイミングで、望月ちゃんが今後の話を切り出した。


 俺は伏せて、目は瞑ったままで、耳を立てて話に集中する。


「心配?」


「もちろん不安はあります。京都とは違って、東京はボス部屋しかありませんでした。

 一体何が待ちわびているのか……」


「エマや師匠にも聞いたけど、海外のTier1深層にもそういった階層はなかった。

 だから、十分に注意して臨んだ方が良い」


「……今回は氷堂さんも居ませんしね」


「……むぅ」


 望月ちゃんの苦笑いと、氷堂の困ったようなうめき声が耳に届いた。

 俺達は京都Tier1ダンジョンの深層ボスを倒している。


 けれどそれは、氷堂というワイルドカードがいてこそだった。

 彼女なくして、あの武者は倒せなかっただろう。


 最後は氷堂がシークレットスキルで圧倒したために、あの戦いで俺がしたことも、最後の最後に武者の首を落としたことくらいだ。


 京都深層のボスは、他のどのダンジョンの深層ボスよりも強いという意見もあるが、東京の深層ボスよりも強いという確固たる証拠はないのだ。

 それに仮に東京の方が弱かったとしても、相手はレベル1000という格上の相手。


 情報もなく、これまでのどの敵よりも強い。

 厳しい戦いになるのは、間違いないだろう。


「ダンジョンは残酷。一緒に戦えなくても、せめてボス部屋の前まではついていきたかった」


 ダンジョン制約により、氷堂は現在、どのTier1ダンジョンにも入ることは出来ない。

 それはゲスト機能を用いたとしても同様だ。その制約が解けるのは半年から一年もかかる。


「でも、見ていてくれるんですよね?」


「肯定。講義や取材の最中であっても見る」


「そ、それはダメでは……」


「否定。絶対に見る。休んででも見る」


 京都ダンジョンを攻略し、Tier1ダンジョン探索という仕事から一時解放された氷堂。

 彼女は京都や大阪などで、探索者に対して講義をしたり、取材に答えたりと大忙しらしい。


 元々TOP探索者として海外との探索者との交流も積極的に行っていたために、そこに今回のも重なって本当に多忙で時間がないとか。

 今回来てくれたのも、スケジュールに無理を言って穴を開けて来てくれたそうだ。


 明日も昼前にはこのリゾートダンジョンを出て、京都へと帰る予定らしいので、今日の夜はゆっくり休んでくれと願うばかりだ。


「……心配や不安もあるんですけど……でも、ここまで来たんだなって最近はよく思います」


 会話は終わらずに、望月ちゃんは話を続ける。

 首を動かして彼女を見てみれば、ダンジョンが作り出した星空を彼女は見上げていた。


「肯定。最初はTier2の中層だった。それが今はTier1の深層まで。この速度は凄いこと」


 Tier1下層までの最速記録を所持しているお前がそれを言うのかと俺は思った。

 しかし、望月ちゃんは首を横に振る。


「虎太郎君のお陰です。茨城の上層で彼に会って、私と竜乃ちゃんは救われました。

 私達、Tier3のボスすら本当にギリギリだったんです。

 自分達だけじゃここから先は厳しいかなって思いました。

 それでTier2の上層に来た時に悪い人に騙されちゃって……死にそうになったことがあって」


「…………」


 配信をしていない時期の出来事なので、氷堂は初耳だろう。

 彼女が出す雰囲気が冷たく重いものになる。怒っているのは誰の目にも明らかだった。


「モンスターの群れに囲まれて……竜乃ちゃんもボロボロで……あぁ、もうここで終わりなんだなって……でもそんなときに駆け付けてくれたのが、虎太郎君だったんです。

 モンスターの壁を跳び越えて私達の所に来てくれて……もう、大丈夫だよって」


 その時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 モンスターハウスで浅倉のせいで取り残された望月ちゃんを助けるために、なりふり構ってはいられなかった。


 例えなにがあっても俺を救ってくれた彼女を助けると、そう心に決めていた。

 最終的に望月ちゃんのシークレットスキルのお陰で勝てて本当に良かったと思う。


「その背中を見て、お父さんみたいだなって、思いました」


 息を、呑んだ。

 俺の事を父のように思っていることを知ったからじゃない。


 望月ちゃんの左目から一筋の涙が流れたから。


「っ、理奈……」


 氷堂がすぐさまハンカチを取り出すものの、望月ちゃんはそれを制止して指で涙を拭った。


「だ、大丈夫です……ちょっと思い出してしまって」


「…………」


 氷堂は何も言わず、ハンカチをポケットにしまう。

 俺も心配そうな顔で望月ちゃんを見るものの、彼女はそれっきり涙を流すことはなかった。


「私、探索者になったのには理由があるんです」


「……理由?」


「はい、私、お父さんもお母さんも探索者だったんです。

 二人組で、お父さんは前衛。お母さんはモンスターテイマーでした。

 だから、私もモンスターテイマーになったんです」


 ぽつぽつと、望月ちゃんは自分の両親について語り始めた。

 彼女の口から、家族の話を今まで聞いたことはなかった。


「お母さんは、ずっと私の配信を見ていてくれているんですよ」


 笑顔で望月ちゃんがそう言うと、氷堂がゆっくりと口を開いた。


「視聴歴の所にマークが5の視聴者が一人だけ居るけど、それが?」


「多分そうです。チャンネルを作ったときに登録してくれていたので……」


 あはは、と苦笑いする望月ちゃん。

 配信の視聴歴マークは、所持者の数を誰でも確認することが出来る。


 以前に氷堂がレベル4だと言っていた時、レベル5は誰も居なかった筈だが、配信をこまめにチェックしている氷堂は気づいたのだろう。

 氷堂のレベル4も相当だが、レベル5を所持しているのは、おそらくは望月ちゃんのお母さんだけだ。


「自慢のお父さんとお母さんでした。いつも私の事を愛してくれて。

 お母さんもお父さんも、当時はまだ出現したばかりのダンジョンで活動していて。

 お母さんはテイムモンスターと一緒にお父さんをサポートして」


 そこで、望月ちゃんは言葉を切って、俺を見つめた。

 目を細めて、懐かしむような表情だった。


「お父さんは、雷の魔法が得意でした。だから私も雷の魔法が好きなんです。

 例えば雷の上級魔法のボルト・ゼロは、お父さんが映像の中で使っていた雷の中級防御魔法を見て、取得しようとしたんですよ」


 雷の魔法をメインで使う望月ちゃん。

 彼女に影響を与えたのは、お父さんらしい。


 雷の魔法に目を付けるとは、望月ちゃんのお父さんは中々見る目がある。


「それに……黒い雷を使うことも出来ました」


 時が、止まった。

 望月ちゃんは、今なんて言った? 黒い、雷?


「それ……は……」


 俺の代わりに、氷堂が尋ねれば、望月ちゃんは氷堂の方を向いて微笑む。


「虎太郎君の使う黒雷……私のお父さんも使えたんです」


 夜風に優しく吹かれ、望月ちゃんの髪が静かに揺れた。


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