第184話 ※これはビーチバレーです
目の前には、茫然自失状態の須王と愛花さん。
そして一方には、ドン引きした表情の竜乃と、いつもの無表情な氷堂。
そんな光景を見せつけられて、俺はこんな事を思っていた。
(ここまで……なのか)
氷堂がビーチバレーをやるときに、彼女が勝つかなとはなんとなく思っていた。
けれどここまで一方的な試合展開になるとは思っていなかった。
しかも相手は須王と愛花さんという、関東でも指折りの実力者。
それがまさか、ストレート負けとは。
(竜乃がボールを打ち上げれば、目で追えない高速スパイクが飛んでくる。
かといって直接氷堂にサーブを打てば、なぜか直接剛速球が返ってくる始末だ。
めちゃくちゃだな)
氷堂が日本一の探索者であることは俺自身もよく知っている。
ただ、彼女はシークレットスキルなし、魔法なしの状態で、剣を一振りするだけで下層ボスの首を吹き飛ばす程の力量の持ち主だ。
深層での武者相手のシークレットスキルの印象が強かっただけで、その前からやっていることはぶっ飛んでいた。
そんな氷堂が打ち出す球が、普通であるはずがないのだ。
「氷堂さんと竜乃ちゃんの勝ちでーす」
いつも元気な音も、今回ばかりは投げやりな審判だった。
「す、すげえな……氷堂さんがずば抜けてるっていうのは話に聞いていたが、ここまでとは……」
「本当……プロの選手を見ているみたいー」
明さんと和香さんも、そういって戸惑っている。
そして和香さん。多分ですがダンジョン内バレーなら氷堂はプロ以上だと思います。
「心愛さん!お疲れさまでした!すごかったです! この前までの戦いを見てるみたいでした!」
「肯定。初めてやったけれど、上手く出来て良かった」
上手くどころの話じゃないんですけどね。
内心で苦笑いしながら、望月ちゃんへと近づいていく。
すると、息一つ切れていない氷堂と目が合った。
「……虎太郎くんは?」
「あぁ、ちょっと前は竜乃ちゃんと組んでやってましたよ。
ただ竜乃ちゃんと虎太郎君のコンビが強すぎて誰も勝てなかったので、チーム解散したんです」
「…………」
(あ、これヤバいやつだ)
氷堂の表情は変わらないが、雰囲気が変わった。
これは興味を持っているときの雰囲気だ。俺と竜乃のコンビが強いと聞いて、うずうずしているということか。
「……やりたい」
「はい?」
「虎太郎くんと竜乃ちゃんと、やりたい」
ほら来た。
右手を握ったり開いたりする氷堂。彼女の中では試合は確定事項らしい。
「えっと……」
困ったような顔をする望月ちゃん。
そこに助け舟を出したのは、音だった。
「いいんじゃないですか? それこそ氷堂さん対虎太郎君、竜乃ちゃんで丁度良いくらいかなと」
恐る恐るといった形で話しかけた音。
しかし氷堂が彼女を見た瞬間に、ピクリと反応していた。
「肯定。素晴らしい。感謝する」
「い、いえ……」
恐縮ですと言った形で戻っていく音。
なんだかかしこまりすぎて、音じゃないみたいだ。
「うーん、じゃあやってみますか。竜乃ちゃん、虎太郎君、頑張ってね」
『やるぞ、竜乃』
『えぇ?あれと戦うの?嘘でしょ?』
竜乃に声をかけ、俺達は向かいのコートへと移動する。
須王には頷かれ、愛花さんからは握りこぶしを作られ、頑張ってとエールを送られた。
相手コートには、たった一人。
しかし日本の誰よりも強いであろう女性が、佇んでいる。
彼女はパーカーに手をかけ、ジッパーを下ろす。
勢いよく、パーカーを脱ぎ捨てた。
『……本気ってことか』
『むしろさっきので本気じゃなかったことの方が驚きよ……』
黒のシンプルな水着に身を包んだ氷堂が、構える。
いつもの無表情ながら、視線は鋭く俺達を射抜いていた。
姿かたちは望月ちゃんと同じくらい小柄なのに、迫力はまるで巨人のように大きい。
『竜乃、氷堂のアタックはとても速い。でも俺なら追うことが出来る。
俺が氷堂からのボールを受けてなんとか打ち上げるから、返せるか?』
『どうやってあれをやるのか知らないけど、答えは一つよ』
目を瞑り、得意げな顔をして氷堂を見つめた竜乃。
『誰に言ってんのよ』
「では試合、開始!」
相棒からの返事を聞き、俺はボールを魔法で生じさせた風で浮かせる。
そして落ちてきたボールを体を縦に回転させ、尻尾で力の限りに叩いた。
剛速球となって飛来するボール。
しかし受けるのも俺の役割。だからこそ砂浜に着地した瞬間に、頭の中で弾を3発込めて回した。
視界が紫に染まり、体が紫電を帯びる。
このビーチバレーでは事前にルールの取り決めを音が行っている。
あくまでも遊びであるので、堅苦しいのは無し。
とはいえ、危険なので攻撃系の能力はすべて禁止だ。
魔法に関してもサーブの時に球を持ち上げるのに風魔法を使って良いだけ。
ただし、身体強化に関する能力に関しては許可されている。
俺の紫電に関しても、攻撃に転用しなければ使用可能とのことだった。
「斬る」
全く見当ちがいな言葉を呟き、氷堂が腕を振り抜いた。
(物騒なことを、遊びで言うな!)
発達した獣の視覚と紫電で強化された感性で、俺は飛来するボールを捉える。
見える。動ける。間に合う。
素早く四肢を動かしてボールの着地点に先回りをして、身を屈める。
この時ばかりは、あの武者との戦いくらいに神経を集中させていた。
『竜乃ぉおお!』
叫び、襲い掛かるビーチボールに対して上方向に頭突き。
(うおぉ!?)
衝撃が脳を揺らし、くらくらしたが、目的を達成することは出来た。
これからは勢いをつけて返そうと思いながら、ボールの行方を追う。
俺の真上に、ふらふらと浮かび上がっていたボール。
そこにきりもみ回転をしながら迫る、真っ白な影。
竜乃は突っ込むような形で、頭からボールに激突する。
竜乃の回転がボールに伝わり、まるでジャイロボールのように、強烈なアタックが完成。
氷堂のコートに突き刺さらんと、打ち出される。
それに対して、氷堂も動く。
素早くボールの落下地点に先回りをして、右手を振りかぶり。
「っ!?」
先ほどよりも甘い軌道とスピードで、ボールを返した。
(サーブのような軌道は得意でも、上空から突き刺さるスパイクのような軌道は苦手か!)
先ほどの試合でも、氷堂は竜乃が整えたボールか、自分に向かってきたサーブを打ち返していた。
速くなく、かつ苦しくない弾道ならば、万全の力で返せる。
しかし一方で、レシーブをしたことがないのか、竜乃のアタックには苦戦しているように見えた。
(なら!)
ボールを視界に収め、俺は跳びあがる。
(主導権を与えずに、氷堂に対して強烈な一撃を打ち続ける。それが、勝ち筋だ!)
首を動かして、サッカーのヘディングの要領でボールを頭で打ち返す。
紫電での加速もあって、弾のスピードは十分。
角度も急にすれば、音を立てて砂浜にボールがめり込み、浮かび上がった。
氷堂も反応はしていたものの、やや遠かったために間に合わなかった。
いや、バレー選手のようにダイビングしてのレシーブという方法にまでは行きつかないのだろう。
綺麗に地面に着地し、低空を飛行していた竜乃の翼と俺の尻尾でタッチを交わす。
これで1点。上々な滑り出しだ。
振り返り、氷堂を見れば、無表情ながらも少し口角の上がった表情が目に入った。
どうやら楽しんでいるのは向こうも同じらしい。
(繰り出すアタックの威力は驚異的だけど、それ以外はバレー未経験者だ。
俺も未経験者だけど、そもそも氷堂はバレーを見たことがないように思える。
これなら、いい勝負に持ち込める……いや、勝てる!)
普段のダンジョンでのボス戦と同じくらい頭を回転させ、俺は答えをはじき出す。
これから先、氷堂も何かしてくるだろう。けれどそれすらも、攻略してみせる。
『勝つぞ、竜乃』
『当然!』
相棒といつものように言葉を交わし合いながら、俺達は最強の敵へと挑む。
この時には、もうこれが遊びなんだということは頭から抜け落ちていた。
×××
目の前で繰り広げられる、目にも止まらぬ攻防。
氷堂がボールを打てば高速で相手コートへ向かい、それを目にも止まらぬスピードで受ける虎太郎。
竜乃は素晴らしいアタックで氷堂側のコートにボールを打ち込み、氷堂も虎太郎か竜乃に反応されないようにさらに早く、そして鋭いアタックを仕掛ける。
そんな、ここでしか見られない光景を見て、望月達は試合を苦笑いしながら見つめていた。
氷堂もおかしいと思ったが、それに完全に対応する虎太郎もおかしい。
もっと言えば彼をサポートしている竜乃だってそうだ。
二人のコンビネーションをもって、日本一の探索者をじわじわと追い詰める様は、まさに手に汗握る展開だろう。
実際に何人かはぎゅっと拳を握っているし。
「……望月ちゃん」
じっと試合を見ていた望月は、隣に立つ優から声を掛けられ、そちらを見る。
優は、ははは、と乾いた笑みを浮かべていた。
「僕、神宮さんからJDCの企画について良いのがないかって聞かれてたんだ。
それで今回ので、このダンジョンビーチバレーを1対1でやるのも悪くないなと思ってさ。
全探索者じゃ差が出ちゃうから、ある程度分けてやるのはどうかなって思ったんだけど……」
「自分で言うのもなんですが、虎太郎君か氷堂さんの圧勝になっちゃうと思います」
「だよねぇ……」
強さで分けるのは良いとは思うが、一番強い階級にずば抜けたプレイヤーが二人在籍してしまう。
それはそれで楽しそうな気もするが、よくよく考えればJDCランキングの再来である。
「面白そうだとは思ったんだけどなぁ。まあ、もうちょっと考えてみるよ」
「そ、そうですね……」
大きな音を轟かせるビーチバレーコートを見ながら、望月と優は力なく笑いあう。
この後、JDC大会でこのダンジョン内ビーチバレー大会が行われることとなるのだが、その際に氷堂がゲストとして実況解説と同じ席に着いて選手として出場しなかったのは、言うまでもないだろう。