第179話 部屋割りは変わらないようです
今回俺達が過ごす場所は砂浜が近い大きなホテルだ。
一泊二日で、明日はいつダンジョンから出ても良い、ということを望月ちゃんから聞いている。
リゾートダンジョンは常に太陽が顔を出す昼間で、夜は訪れず、天候が崩れることもないらしい。
気温はやや高く、夏のバカンスに来たような雰囲気だ。
その証拠に望月ちゃん達はこれまでのダンジョンでの装備とは違い、比較的ラフで涼しげな格好をしている。
目的地に到着した俺達はまっすぐにホテルへと向かう。
ロビーへと入れば、現実世界とほぼ同じ豪華な内装がお出迎えだ。
ダンジョンで入手できる素材は特別製で、現実には存在しないもの。
けれどそれを人々は加工できるものに関しては加工し、新たなアイテムを作り出してきた。
ここ、リゾートホテルもその一種だろう。
普通ならばモンスターに壊されてしまう材質で出来ているホテルが無事なのは、モンスターが出現しないリゾートダンジョンの特権に違いない。
「ようこそ、グランドシーホテルへ。お待ちしておりました」
ホテルのロビーで待っていたのは、10人程度の女性の職員。
ホテルの制服に身を包み、真ん中に立つ、おそらくはリーダーのような立ち位置の人が代表して対応してくれるようだ。
「本日の予定は、昼間は近くの海で楽しんで頂き、夜は専用のフルコースとなっています。
お部屋でお休みになって頂いた後に、明日は朝食という流れでございます。
その後、望月様達の滞在時間に合わせて昼食や、よろしければ夕食もご提供いたします。
もちろん、何か必要なものがあればいつでもおっしゃってください」
海が近く、暑いリゾート地。そんなところに来れば泳ぎたくなるのは当然だ。
この体では、犬かきをするしかないので俺としては微妙だが。
「お部屋に関しては、元の要望通り最上階のグランドスイートを4部屋確保しています。
1部屋は望月様、君島優様、氷堂様。もう1部屋は天元の華より、君島愛花様、伊藤様、武田和香様、次の部屋にエルピスより、須王様、天王寺音様、朝霧様。
最後の部屋は天王寺響様に武田明様となっています。こちらでよろしいですか?」
部屋分けは綺麗に分かれていた。
パーティ単位で、かつ男女でも分けるという割り振りだ。
「あの……氷堂さんは遅れるみたいなのですが……」
望月ちゃんの言葉に、ホテルの職員さんはにっこりと微笑んだ。
「はい、事前に別のスタッフから聞いております。
わたくしどもはこちらで氷堂様をお待ちし、今伝えたことを氷堂様にもお話します。
皆さんはお気になさらず、楽しんで頂ければと思います」
「はい、ありがとうございます」
これでロビーでの話は終わりかとそう思ったとき、一人の女性が声を上げた。
「えー、響は別の部屋なの? 別に同じで良くない?」
「いや音、流石にここは分けるべきだ。須王先輩や朝霧さんに迷惑がかかるよ」
元パーティのお騒がせ暴走機関車、天王寺音である。
本当、元パーティメンバーが申し訳ない。
「響さんの言う通りです。最初の案で、行くべきです」
「えー」
極めて常識的な考えを持つ朝霧さんに、音は不服そうだ。
「……私も個人的には構わないのだけれど、この場だと男性の方が緊張してしまうと思うわ。
そういうことだから、音さん……ね?」
「うーん、和香さんにそう言われれば、仕方ないですね」
なにが仕方ないのか意味不明だが、音は納得したように頷いていた。
前から思っていたがこの女、心臓は鋼なんじゃないだろうか。あるいはなにも考えていないのか。
そんなことを音が言うものだから、響と明さんは二人固まってやや女性陣から距離を取ってしまっていた。
自分達はこっちで、という雰囲気を出している。
(ふむ……)
そんな二人を見ながら、俺もそっちに行くのが正解だと考える。
もしもこの姿ではなく探索者だったなら、間違いなく響の方へ行っている。
望月ちゃんなくしてこの集まりは実現していないということに目を瞑れば、響や明さんと酒でも酌み交わしながら語り合っていただろう。
そんなわけで、ゆったりとした動きで俺は足を動かし、響の隣へと移動した。
振り返れば、視線を感じたので頭を上げる。すると、その場にいる全員が俺を見つめていた。
(え?なんかまずいことした?)
そんな事を思っていると、望月ちゃんは俺の方へと歩いてきて、背に触れる。
そして何も言わないままに俺の体を押して、優さんの元へと誘導させられた。
ぐいぐいっ、と押すような感触に戸惑うものの、望月ちゃんに逆らうという概念自体が実装されていない俺は彼女にされるがままとなる。
そうして元の位置へと戻らされたので、もう一度響の元へと向かおうとする。
「虎太郎君」
声をかけられ、向かう途中で俺は振り返り、望月ちゃんを見た。
(…………)
望月ちゃんは、びっくりするほど笑顔だった。
それはそれは、綺麗な笑顔で、背筋が寒くなるような。
彼女は俺に近づき、片膝をついて頬を両手で包む。
そのまま口を耳元へと持っていき。
「ダメだよ」
全身を、ピリピリとした何かが駆け抜けた。
その後の事は、あまり記憶にない。
気が付けば望月ちゃんの隣にいつものようにいて、いつものように同じ空間にもいた。
この時、俺は知らなかったのだが、愛花さんは優さんに声をかけていた。
「……ねえ、望月ちゃん、いつもと雰囲気が違くない?」
「あれがモチキチの由縁だからねぇ……現実世界では虎太郎君達とは一緒にいられないから、このリゾートダンジョンをすごく楽しみにしてたんだよ。
それはもう、楽しみすぎて睡眠時間が削られるくらいにはね。
だから……まあ……逃がしたくないんだと思うよ」
「な、なるほどね」
また、こんな会話もあったとか。
「えー、虎太郎の旦那が良いなら、響もよくない?」
「音さん、あんまりしつこいと模擬戦しますよ」
「おー?真白ちゃん言うねえー。お姉ちゃんとやるっていうの?」
「もちろん、須王さんを誘っての2対1です。あ、音さんが1です」
「お口チャックします。前衛2人に勝てるかい!」
それぞれどんなやり取りがあったのかは覚えていないけれど、これだけは言っておきたい。
本当、元パーティメンバーが申し訳ない。