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第178話 とある警備員の非日常②

 リゾートダンジョン入り口警備員、大友沙羅おおともさらの緊張はまだまだ終わらない。

 先ほどは日本でもっとも有名と言っても過言ではない配信者、望月理奈を出迎えた。


 他にも天元の華にエルピスと、探索者支援を専門とする機関の職員ですらなかなかお目にかかれない人達を目にしたわけである。

 しかし、これから訪れる人は少し違うのだ。


「ひょ、氷堂さんが……一人で来る……のよね?」


「馬鹿!今の内から氷堂様って呼び慣れておきなさい!」


「わ、分かってるわよ!」


 村上にすぐに指摘されるものの、大友にとって氷堂は「氷堂さん」なのである。

 望月の配信で登場したときは皆がそう呼んでいたために、慣れてしまっていた。


 もちろん実際に目の前にいれば氷堂様、と呼ぶのは当たり前であるし、そもそも自分ごときが直接氷堂に対して、彼女の名前を呼ぶような機会が訪れるとは思えないが。


 氷堂心愛。

 たとえその姿を見たものが関東支部にほとんどいなくても、名前を知らない人は居ない。


 京都の探索者にして、日本のTOP。

 そんな肩書だけでも畏れ多いのに、彼女の恐ろしさは雰囲気にある、と大友は考えている。


 望月の配信で、望月はモッチー、虎太郎は旦那、竜乃は姉御と、愛称のようなもので

 呼ばれている。

 彼女達だけでなく君島優はキミーパイセンであるし、神宮恵においてはミヤさんだ。


 けれど、氷堂心愛だけは「氷堂さん」である。

 彼女の出す雰囲気は冷たく、重い。背中に冷たい氷を当てられているような感覚になるのだ。


 望月と一緒に活動をして、京都の深層ボスを倒す頃にはかなり雰囲気も柔らかくなり、前述したような恐怖も感じなくなったのだが、記憶の奥底に残った恐怖というのは消えないのである。


「き、来た……」


 村上の言葉に咄嗟に目を向ければ、先ほどと同じ高級車が入ってきたところだった。

 車はゆっくりと停止し、礼服を着た職員によって扉が開けられる。


 車から出てきた女性を見て、大友は絶句した。

 降りてきたのは、氷堂心愛。その姿は、配信でよく目にしていた。


 しかし、モニター越しと本物が違うことは先ほどの望月達の件で知っていた。


(けど……ここまで変わるものなの?)


 こちらへと歩いてくる氷堂。

 望月と同じくらいの身長でありながら、ぞっとするほど整った綺麗な容姿。


 無表情で、空色の瞳からは何の感情も読み取れず、出す雰囲気は重々しい。

 これまで目にしてきた誰とも「違う」女性が、そこにはいた。


 まっすぐ歩いてくる彼女の後ろには専属職員の毛利が居たのだが、そのことに気づかないくらい大友は、村上は、いやその場の誰もが氷堂に注目していた。

 氷堂はやや急いでいる様子で、このまま入り口を通過するものと思われた。


 さきほどの望月達と同じように頭を下げて見送ろうとした、その瞬間。


「質問したい」


 急に足を止めてそう言われ、大友はお辞儀をしたままで目を見開いた。

 すぐに頭をあげれば、無機質な空色の瞳が、まっすぐに見つめ返してきた。


 背中に、冷たい感触が広がるのを感じながら、大友はなんとか声を吐きだす。


「私に……でしょうか?」


「肯定。30分ほど前に理奈がここを通ったはず」


理奈というのが望月の名前だということを思い出し、大友は返答する。


「……は、はい」


「そのとき、理奈は怒っていただろうか?」


「え……」


 予想だにしない質問を受けるものの、大友は思い返した。

 ここを通ったとき、望月の様子はリゾートを楽しみにしてくれていたようで、怒っていたどころか機嫌は良さそうだった。


 自分達にもお辞儀を返すような方だったな、と思い出し、返答する。


「いえ、全く。むしろここを訪れるのを楽しみにしてくださっていたようで、笑顔でした」


 正直に返答しても、氷堂からの返答はない。

 しばらく沈黙が場を支配した後に。


(あ……れ……?)


 重々しかった何かが、ふっと消えてなくなったような、そんな気がした。


「そう」


 やっと言葉を発した氷堂は。


「感謝する」


 そう短く告げて入口へと向かっていく。

 もうこの時には、大友の背中に流れていた冷たいものは跡形もなくなくなっていた。


 氷堂はそのまま入り口に入り、リゾートダンジョンの中へと消えていく。

 彼女の姿が見えなくなってようやく、村上を始めとする職員全員が同じタイミングで力を抜いた気がした。


 けれど大友は、ただじっと氷堂が入っていった入口を見つめていた。


 足音が聞こえてそちらを向けば、心配そうな表情で村上が駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょっと大丈夫だったの? 急に氷堂様が立ち止まるから、気が気じゃなかったわよ。

 何を話してたの?」


 どうやら自分たちの会話は村上には聞き取れなかったらしい。

 会話内容を言おうかどうか一瞬悩んだものの、特別なものではなかったので答えた。


「前に入っていった望月さんの様子を聞かれたわ。怒ってなかったかって。

 とてもそんな風には見えなかったから、いいえと正直に答えたら、そう、と言って、そのまま」


「そうなのね、よかったわ……あんたがなんか粗相して、怒られているのかと……」


「いや、何もしていないのになんで怒られるのよ」


 呆れたようにそう言ったものの、村上は先ほどの氷堂の衝撃が大きいらしい。

 チラチラと入り口を見ているのは、中の様子が気になっているからだろう。


「実は違うのかもしれないわね」


「……はぁ?」


 何を言っているんだ?という目で見てくる村上。

 しかし大友は詳しい説明はせずに、視線を入り口から外して正面を向く。


 村上も訝しげな表情をしていたが、持ち場へと戻りはじめた。

 空を見上げて、大友は先ほどの氷堂を思い出す。


(車から降りてきたときは恐いと感じたけど、質問してきたときの氷堂さんは友達との待ち合わせに遅れて焦っている人みたいだった。

 モッチーの配信に出始めてから二人の関係が良好だと思う人が少なからずいたけど、断言できる。

 きっとモッチーと氷堂さんは、仲が良い。少なくとも氷堂さんは、モッチーの事を好いている。

 望×氷のカップリング……な、なぜか心が熱くなるわ。虎太郎の旦那推しだった筈なのに)


 何か新しいことに目覚めそうな大友であったが、考察は全て正解である。


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