第176話 とある警備員の非日常①
大友沙羅は政府の探索者支援機関関東支部に在籍する職員である。
ただ専属職員ではなく、探索者の資格を持ってはいるものの、Tier3までしか入ったことはない。
そんな彼女の役割は、政府が管理するリゾートダンジョン「東京グランドシーダンジョン」の入り口を警備することだ。
女性用の警備服に身を包み、二人一組となってダンジョンの入り口付近で待機する日課だ。
大友は警備員という仕事が嫌いではないものの、やや退屈に感じていたところだ。
つい最近の制服変更で身に纏う警備服は機能性の中に可愛らしさのあるものとなったが、良かったのはそれくらい。
日中ずっと警備をするだけでは暇を持て余すというもの。
相方と話をするにしても、仕事の日のたびに会話をしていればネタも尽きてしまう。
一応椅子も用意されているので休んだり、時たま体を動かしたりできるが、暇なことに変わりはなかった。
「…………」
「ちょっとあんた、緊張し過ぎよ」
しかしそんな大友も、今日ばかりは共に警備をしている村上奏に指摘されるくらいには緊張していた。
「……この状況で緊張しない方が無理でしょ。そっちだってちょっと震えてるじゃん」
目ざとく見つけた部分を指摘すれば、村上もバツが悪そうに笑う。
「まあね……でも緊張と期待が混ざってる感じ。だってモッチーが来るのよ?」
「私は期待の方が大きいわ」
「緊張でガチガチの癖に、何を言っているんだか」
探索者支援機関に在籍する者として、共通の話題と言えば探索者である。
その中でも誰に話しても通用するのが配信をしている探索者であり、一番人気は当然、すい星のごとく現れた関東最強の探索者、望月理奈だ。
ついこの間までは日本最強の氷堂心愛も配信に映っていたために、毎日の話題には事欠かなかった。
この数週間に関しては暇という概念が消え去る程の熱狂が大友たちにも伝わっていた。
ただ望月は当人以外にも虎太郎と竜乃がいて、人気を三分しているために別の職員の間では言い争いもあるらしいが。
「も、もうすぐ来るのよね……」
「モッチーだけじゃないわ、天元の華に、エルピス。Tier1の中層、下層、深層到達パーティが揃い踏みよ」
「しかも氷堂心愛さんまで……」
今日、東京グランドシーダンジョンは貸し切りである。
貸切ったのは望月理奈、そしてここをこれから訪れるのは、職員である大友たちどころか、日本中のほとんどの人が知っているビッグネーム達だった。
氷堂心愛と共に京都のTier1ダンジョンを制覇した望月理奈。
彼女が次に挑むのは東京のTier1ダンジョンの、しかも深層ボス。
そのために政府は、可能な限り彼女に休憩と癒しを提供するように決めたそうだ。
これに関してはいつも政府に内心では文句を言っている大友も大賛成である。
そして大友たちには上司から、きつく言われていることがある。
『いいか、これから来る望月理奈様達ご一行には絶対に失礼なことがあってはいけない。
最大のおもてなしをするんだ。少しの粗相も許されないと、肝に銘じてくれ』
その言葉に、全員の背筋が伸びた。
今、リゾートダンジョンの中には多数の職員が入っていて、望月達を歓迎するために準備をしたり、完了した分を丁寧に確認していることだろう。
「……あ」
村上の呟きと同時に、敷地内に入ってきた車を見て大友は姿勢を正す。
到着したのは高級車三台。どれも同じ車種だが、大友は見たことのないような車だ。
多くの職員が警備をする中で、礼服を着た職員が車の扉を開く。
中から出てきたのは、ニッコリ笑顔のギャル風の伊藤優梨愛に、おっとりした雰囲気の武田和香、仏頂面の武田明。
言うまでもなく、関東最強パーティの「天元の華」の面々である。
そして最後に車から出てきたのは、凛々しい雰囲気を持つリーダーにしてエース、君島愛花だ。
「は、初めて見た……」
「これから初めて見た人ばっかりよ……」
遠目に彼らを見て、二人は言葉を交わし合う。
次の車が移動し、扉が開く。
車から降りてきたのは3人の女性と1人の男性。
見覚えがないことから、配信をしていない探索者パーティ「エルピス」だろう。
確か名前はリーダーが須王桜、双子の兄妹が天王寺響と天王寺音、そして新規メンバーの朝霧真白だ。
天元の華と比べて、こちらのパーティは少し雰囲気が異なっていた。
リーダーの須王桜は涼しい表情で、天王寺音はニコニコ笑顔。
しかし天王寺響と朝霧真白は緊張しているのが遠目でもよく分かった。
「……前から思ってたけど、上位探索者って皆顔がいいわよね」
「……確かに」
世間一般で言われていることだが、探索者は過酷な探索を行うために体が引き締まっていることが多く、加えて何故か良い顔つきをしていることが多い。
女性は美人か可愛らしく、男性は雄々しいかイケメン。
一説では難しいダンジョンの空気に、そういった成分でも入っているのでは? とか言われているそうな。
ダンジョンの空気を調べるのに現実の機器が万全に使える筈もなく、真相は闇の中である。
そんなわけで2つのパーティを見て目の保養をしていた大友と村上。
最後に高級車が動き、扉が開くのを見て緊張による胸の高鳴りが最大になる。
「天元の華」、「エルピス」、それなら最後は、望月と氷堂に違いない。
最初に降りてきたのは、見知らぬ少女。
話に聞いていた望月理奈のバックアップ担当、君島優だろうか。
天元の華のリーダー兼エース、君島愛花の妹だとか。
そんな人物が関東最強の探索者、望月理奈のバックアップをしているのだから、世間は狭いものである。
「あっ……」
そしてその次に降りてきた少女を見て、大友は思わず声を漏らしてしまった。
短く切り揃えた栗色が、風に揺れる。
何度も配信で目にした、その姿。
しかし現実の彼女は配信に映る彼女とは少し違っていて、その違いを目にできた数少ない人物になったことが、大友の心に喜びを沸き立たせた。
望月里奈。日本で知らぬ者はいないと言われるほどの探索者。
そんな遠い存在だと思っていた人が、目の前にいる。
「おぉ……」
隣の村上も放心状態だが、気持ちはわからなくもない。
そんなテレビのスターを目にするような感動を覚えていると、高級車の扉が閉じた。
あれ?と思うよりも早く、大友はそれどころではなくなる。
望月一行が、楽しそうに話をしながら近づいてきたからだ。
ここから先の記憶は、あまりない。
ただモニター越しに見ていた推しが本当に手の届くくらいの近くを通って、じっと見ていたくらいだ。
現実で見る上位探索者達は皆が同じ人間かと思えるほどの美形揃いで、かつオーラが違っていた。
そんな彼らに笑顔で軽く頭を下げられてしまうのだから、恐れ多いと思って深くお辞儀をした。
この日ほど警備員の仕事をしていて良かったと思ったことはない。
同時に、今日この時間に担当で良かったとも。
その余韻は望月達がダンジョンに消えるまで続いたものの、同じ担当になっていた上司が歩いてくることで消えることとなる。
「お疲れ。このあと少し遅れて氷堂様が京都の毛利さんと一緒に来るはずだから、引き続きしっかり頼むよ」
「「はい……はい?」」
先程の来客も凄かったが、同じくらい、いやそれ以上の探索者が来ることを聞かされて、大友と村上は同じような反応をした。
あまりの衝撃に、先程の一行の中に氷堂が居ないことを忘れていたのは、言うまでもないだろう。