第175話 日本有数のリゾートダンジョン
「リゾートダンジョン、ですか?」
氷堂と共に京都のTier1ダンジョンを攻略し、その後は少し遊んでから帰ってきた。
そんな望月は、東京に帰ってきた後に報告も兼ねて東京支社に顔を出したのだが、その時に神宮から聞き覚えのない単語を聞いた。
氷堂と共に京都のTier2ダンジョンに入り、虎太郎達とゆったりとしていた望月にとって、神宮の話は寝耳に水だった。
今日でなくても、近いうちにTier1の下層でレベリングをしようと思っていたのだが。
「はい、そうです。聞いたことありませんか?」
「すみません、初耳です……」
探索者としての活動は長いが、初めて聞く単語だ。
神宮はちょっと待っていてくださいと言ってソファーから立ち上がり、奥の机へ。
引き出しから何かを取り出すと、望月の元へ戻ってきて、テーブルの上に置いた。
薄い紙をホッチキスで留めた、資料のようだ。
望月は身を乗り出して資料を手にする。
「リゾートダンジョンについて」という、一般向けの資料のようだ。
「ダンジョンにTier4からTier1までがあるのはご存じだと思いますが、実はその中にごくまれに、モンスターが出現しない階層を持つダンジョンがあるんです」
「……そうなんですか?」
資料にも同じようなことが書いてあるものの、どうにも信じられずに望月は聞き返した。
強敵が多いTier2やTier3にそんな階層があれば、かなり楽が出来そうではあるのだが。
「とはいえそんな階層があるのはTier4ダンジョンだけです。難易度の高いダンジョンはもちろんの事、Tier3にもありませんよ」
苦笑いしてそう説明する神宮。
Tier4ダンジョンは、言ってしまえば探索者になる際のお試しのダンジョンだ。
階層も一つしかなく、しかも広くはない。
出現する敵のレベルもかなり低く、本当に初心者向けのダンジョン。
そのレベルは、ボスですらレベル50。
今現在、Tier1の深層ボスに挑むには実力不足と言われている望月のレベルは800に近いということを考えると、どれだけ低いかが分かるだろう。
「なるほど……それなら探索には特に影響は無さそうですね」
Tier4をクリアしたところで手に入る報酬は、巷には溢れているものだ。
望月を始めとする上位探索者はもちろんの事、Tier3に居るようなありふれた探索者にとっても欲しがるものではない。
「そういうことです。政府はこのような特殊なTier4ダンジョンをいくつか所持しています。
そんな特殊なダンジョンの数は多くありませんしので、リゾートダンジョンというのも日本全国に3か所しかないんですけどね」
失礼、と言って神宮は望月の手の資料をめくる。
表の形式で、リゾートダンジョンの一覧が出てきた。
場所は青森と山口、そして東京らしい。
Tier4ダンジョンは各都道府県に数えきれないほどあるが、モンスターが出現しないダンジョンというのはとても珍しいのだろう。
「これら3つのダンジョンは、政府が厳重に管理しています。
内部はもちろんの事、入り口にも警備を配置して勝手には入れないようにしています。
政府が運営するリゾートランドがあると思って頂ければ」
「なるほど……」
望月はそう言いながらも、ここで神宮がこういった話を出した真意を読みとった。
モンスターが出現しないTier4ダンジョン。
そのことを自分に話すのは、きっと何かがあったからだ。
それも相当困難な何かだ。適当な上位探索者ではなく、自分に声がかかるくらいだ。
はっとして、望月は目を見開く。
モンスターが出現しないダンジョンだが、たった一つだけそこに行けるモンスターがいる。
Tier0。
審判の銀球か、あるいはそんな人類の敵ともいえる強力なモンスターが出現しているというのか。
きっと話は氷堂にも伝わっているだろう。
他の上位探索者にも討伐の依頼が出ているに違いない。もちろん、アメリカのリースにも。
「つまり……」
ごくりとつばを飲み込めば、真剣な表情で神宮は頷いた。
「はい、望月さんのためにリゾートダンジョンを解放しますので、そこで休暇を過ごすのはいかがでしょうか」
「やっぱりそういうことですよね」
やはり思った通り。そう思い返事をした後で神宮の言葉を改めてかみ砕く。
「んん?」
あれ? いま神宮さん、なんて?
そう思って彼女に目を向けてみれば、きょとんとしていた表情をしていた。
「リゾートダンジョンで……休暇?」
「はい、これまで探索続きでしたから。
東京のリゾートダンジョンはその名の通り海のあるダンジョンでして、そこに大きなホテルを建てています。
特別な場合にしか貸し切りにしないのですが、望月さんなら一日貸し切りも可能ですよ」
「……???」
頭にはてなマークを浮かべて、望月は首を傾げる。
ようやく言っている意味を理解。自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づくと、苦笑いを浮かべた。
「あ、あぁ……そういうことですか。てっきりリゾートダンジョンにTier0が出たのかと」
「いや、それだったらもっと慌てていますし、迅速に説明しますよ」
「そうですよね……」
そりゃあそうだ、と思って頭を掻くと、神宮はため息を吐いた。
「でも今のやり取りで確信しました。望月さんは探索のしすぎです。
東京ダンジョンの攻略を進めてくれるのはありがたいですが、望月さんの体が第一です。
ゆったりとリゾートダンジョンで羽を休めてからTier1深層のボスに挑むでもいいと思いますよ」
「そ、そうですね……」
つい先日まで氷堂と一緒にいたのだ。
脳が探索ジャンキーになっていることを自覚した瞬間だった。
「それに、リゾートダンジョンについては探索者であれば誰でも入れるので、もしも誘いたい人がいれば何人でも声をかけていいですよ。優さんとか、喜ぶと思います」
「あ、そうなんですね。分かりました」
「いつくらいに使用しますか? いつでも可能ですよ」
「それじゃあ一週間後にお願いします。誘う人が決まったら、連絡すればいいですか?」
「はい、私も当日は近くにいると思いますので、それでお願いします」
「分かりました。皆さん大丈夫そうなら、メッセージで連絡しますね」
皆さんという言葉に神宮は不思議そうにしていたが、この時は特に深いことを考えずに了承した。
それ以外は特に用事はなかったのか、望月は神宮と話を終え、日常に戻る。
一週間という長い時間で偶に配信で雑談をしたり、Tier2下層に潜って虎太郎達と触れ合いながらレベリングを行ったりした。
一方の神宮だが、彼女は望月から参加者についてのメッセージを受け取り、頭を抱えることとなる。
望月が招集したメンバーは神宮の予想通り、君島優。
それに加えて、天元の華とエルピスという探索者パーティ。
この段階でエルピス担当の今川天音に連絡する必要があるのも神宮にとっては問題だったが、彼女が頭を抱えたのは最後の一行である。
『氷堂心愛さん』
さも当然のように、京都にいる筈の日本No1探索者の名前が書かれていた。