第173話 京都Tier1ダンジョン攻略完了
戦闘終了後、すぐに望月ちゃんはこちらへと駆けつけ、氷堂に回復魔法をかけていた。
戦闘の後半は氷堂が武者との戦いを引き受けていたために、俺達に怪我はない。
一方で、深層ボスの第二形態を一人で相手取った氷堂の様子は酷いものだった。
体はボロボロ。さらに極限まで体を酷使したために、立ち上がることはおろか剣を握ることすらできない様子だ。
だからこそ、武者に対するとどめを俺がさしてしまったことは申し訳なく思う。
せめて最後は氷堂の剣でと思い、首をはねるのに使用したが、それでも最後の一撃を下したのが俺であることに変わりはない。
氷堂はそれを気にするどころか、これまで見たことのない程の満面の笑顔を見せてくれたが。
(……なんか、心境の変化でもあったのか?)
望月ちゃんの回復魔法の光に包まれる氷堂を見ながら、ふとそんな事を思った。
彼女はいつもの無表情であるものの、雰囲気はかなり柔らかい。
いや、よく見ればほんの少しだが笑っているような気すら感じる。
これまではまるで機械のような無表情だったが、今ではクールな女性という印象だ。
ちらりと、視線を配信ドローンへ向ける。
黒髪や白髪、そして武者も大規模な攻撃はしてこなかったために、ドローンに傷は見受けられない。
そしてそのコメント欄は、熱狂のさ中だった。
“おめでとう!”
“マジでおめでとう!”
“ついにTier1攻略!”
“途中どうなるかと思ったけど、最後の氷堂さんマジで凄かった!”
“あの武者と一対一で勝つとか、マジ半端ねぇ!!”
“女だけど、普通にあれは惚れるわ”
“途中で色々打ち込んですまんかった。まさか時間差で強くなるシークレットスキルとは思わなんだ……”
“俺も結構酷いこと書き込んだ。ごめん”
凄い勢いで流れるコメントのほとんどは、氷堂に対する賞賛だ。
けれどその中に、一部だが謝罪の言葉も見受けられる。
おそらくだが、氷堂のシークレットスキルが途中まで俺達に悪く作用していたからだろう。
途中からいつも通りに戻ったので、時間経過だったということか。
「ふふっ……皆も氷堂さんの活躍を見てびっくりしてますね」
俺の視線を追った望月ちゃんがそう言えば、氷堂も配信ドローンに目を向ける。
「……でも、最後の最後にとどめを刺してくれて助かった。ありがとう、虎太郎くん」
『いいってことよ!』
軽く吠えれば、氷堂の口角が少しだけ上がる。
誰の目から見ても微笑んでいることが分かるような、表情の変化だった。
“氷堂さんの剣で止めをさすあたり、虎太郎の旦那も粋だよなぁ”
“最後のボスの刀を黒雷で弾き落とした後の旦那の流れ、マジでカッコよかった”
“最後に沿えるだけって感じなのが、また良いよなぁ”
“あっ、氷堂さん笑ってる?”
“くっそ可愛いやんけ”
“トゥンク”
“こうして見ると、氷堂さんって人の域を越えた可愛さというか、美しさがあるというか”
“上位探索者の顔が良いのは傾向として知っていたけど”
「ん……怪我はもう大丈夫。流石にまだ走ったりとかは出来ないけど」
氷堂はそう声をかけ、立ち上がる。
望月ちゃんの方を向いて、口角を上げたまま呟いた。
「感謝」
「いえ、当然の事ですから」
微笑んでいるように見える氷堂と、満面の笑みの望月ちゃん。
俺達に笑顔を向けてくれる望月ちゃんももちろん素敵だが、氷堂と微笑みあう彼女もまた素晴らしかった。
相手があの氷堂で、しかも氷堂も笑っているのがポイントだろう。
あ、天国ってここにあったんですね。
できれば最初俺に見せてくれた笑顔の方がさらに良いとは思うが、これ以上贅沢は言うまい。
「なんとか勝てて、これで深層も終わり。戦利品は……あんまり良いものではなさそう」
武者の消えたところを見つめて氷堂は呟く。
ドロップ品もあったが、氷堂にも望月ちゃんにも使えなさそうなものだった。
「そうですね、無事にボスも倒して、ついに深層をクリアしました。
日本で初めてのTier1ダンジョン突破ですね。次は東京……かぁ」
「肯定。貴女達なら大丈夫」
「まずはレベル上げないとですね。今回ので差を感じたので、少しでも埋めないと」
あはは、と苦笑いする望月ちゃん。
「さて、じゃあボスも倒したことですし、配信はここまでにします。
皆さん、次は東京に戻りますので、その後ということで。
ちょっと時間は空くかもしれませんが、また見てくださいね」
“【朗報】日本最強パーティ竜虎氷月、京都ダンジョン攻略完了”
“マジで凄かった。毎日ワクワクが止まらない日々だったわ”
“こんなに濃い時間を、こんなに長く過ごさせてくれて本当にありがとう!”
“本当に楽しかったわ。良ければまたパーティで探索して欲しい”
“これでパーティも終わりかぁ。氷堂さんが制限に引っかかるから東京ダンジョンには入れんしなぁ”
“でも、探索とかじゃなくてもいいからまたコラボしてくれると嬉しいかも!”
“本当にありがとう!そしてお疲れ様!”
最後ということで配信ドローンのコメント欄も流れが加速する。
名残惜しそうに望月ちゃんがゆっくりとした動きでドローンを操作すれば、ドローンの光は消える。
こうして望月ちゃんと氷堂という、夢のような二人による配信は終わった。
今頃はSNSを中心に京都深層を突破したニュースが出回っていることだろう。
JDCや東京の中層、下層突破といった大きな偉業を、俺達はまた達成したのだ。
世界が、再び闇に包まれる。
先ほどまで真っ白だった世界は白さが消え、薄暗い世界へと戻る。
空には月と太陽を模した二つの天体。
俺達が激戦を繰り広げた戦場は、戦いの跡が嘘のように消えていた。
そして以前黒髪を吹き飛ばしたところの付近に、ゲートと石で出来た台が見えた。
機器のようにも見えたが、よく見ると違う。初めて見るものだ。
氷堂はそのゲートの方へと歩いていく。
俺達もついていけば、上空に光が集まり、文字を形成する。
【探索者よ、祝福する。さらなる力を求める場合は台を使用せよ。一度のみ、与えよう】
光の文字を読むものの、意味がよく分からなかった。
この台は、一体何なのだろうか。
「これは、私達が持っている武器を一つ強化してくれるものみたい。
ダンジョンクリアのご褒美みたいなもの」
「そんなのがあるんですね」
俺も初めて聞いた。そんなものがあるなんて。どのくらい強くなるのだろうか。
「といっても、劇的に強くなるわけではない。
ちょっと強くなる程度。シークレットスキルの方が全然強い」
「なるほど……でもちょっとでも強くなるなら嬉しいですよね」
「肯定。先に使うといい」
「え?いいんですか?」
急に先に使うことを許され、望月ちゃんは聞き返す。
氷堂は一回だけ頷いた。
「肯定。一人の探索者につき一回だけ使えるらしい。
ただ貴女はゲスト機能で入っているから、適応されるかどうか分からない。
もしも私たちのうち、どちらかしか使えないなら、次がある貴女が使うべき」
「……氷堂さん……分かりました」
氷堂の正論だが俺達を思いやった言葉に望月ちゃんは頷く。
そうして台の前に立ち、右手を見た後に左手を見た。
数秒固まった彼女は再び右手を挙げて、左手の指で右手中指の指輪を抜き取った。
茨城のダンジョンで、クイーンからドロップした指輪だ。
それを台の上に置けば、光が台の上に満ちる。
【力を与える】
短い光の文字が浮かび、台の上の光が一度だけより一層輝いた。
終わったことを確認し、望月ちゃんは指輪を右手にはめる。
「おぉ、ちょっとだけ力が湧いてきます」
流石に俺に感じ取れるほどではないが、強くなっていることは本人である望月ちゃんには分かるらしい。
「……それで良かったの?」
「はい、東京の方もあるので。あ、氷堂さんもどうぞ!」
氷堂の質問に答え、望月ちゃんは台の前から退く。
移動するときに、左手首のシンプルな腕輪が目に映った。
氷堂は何の迷いもなく水晶の剣を台の上に置く。
望月ちゃんの時と同じく光の文字が現れ、同じように台の上が光り輝いた。
「探索者の人数分だけ出来たみたい」
氷堂が剣を取るや否や、台が地面へと沈んでいく。
俺と竜乃は望月ちゃんのテイムモンスター扱いなので、氷堂の武器を強化した段階で台の役目は終了ということだろう。
むー、俺が台に乗ることで黒雷強化できないかなとか思ったけど、無理だったか。
輝く虎太郎!でワンチャンあるかと思ったんだが……。
そんな馬鹿な考えは置いておいて、これで本当に終わりだ。
俺達の前には出口に繋がるゲート。ここを潜れば、京都ダンジョンに来ることはもうないだろう。
氷堂はメインダンジョンの攻略が終わるし、望月ちゃんも東京が残っている。
それをクリアした後に、また京都に来ることも考えられなかった。
それに望月ちゃんはともかく、氷堂はTier1には半年以上入れなくなる。
東京ダンジョンにゲストで入ることも不可能なので、探索は最後、ということだ。
ゲートを見つめていた氷堂は横に並ぶ望月ちゃんに体ごと向き直る。
同じように望月ちゃんも氷堂の方を向いた。
「氷堂さん、本当にありがとうございました。良い経験になりました。
最後の方は氷堂さんと虎太郎君に任せっぱなしでしたが……」
氷堂は首を横に振る。
「否定。この結果は私達4人のもの。皆が最善を尽くしたから、クリアできた」
望月ちゃんの言葉を少しだけ微笑んで否定した後に、氷堂は押し黙る。
胸に手を置いているのが印象的だった。
「その……名前で呼んでもいいだろうか。いつまでも貴女というのも……も、もちろん私の事も心愛で構わない」
「…………」
突然の氷堂の申し出に、望月ちゃんは目を見開いていた。
その反応に、不安そうに目じりを下げて覗き込むように氷堂は望月ちゃんを見る。
「ダメ……だろうか?」
一拍おいて。
望月ちゃんは微笑んだ。
「もちろん大丈夫ですよ……心愛さん」
「っ……り、理奈と……これからは呼ぶ……」
急な名前呼びで照れたのか、そっぽを向く氷堂。
いつもの無表情ながらも、ほんの少しだけ顔は赤いように見えた。