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第172話 闇が光に変わる時

 自分のシークレットスキルが、氷堂は嫌いだった。

 黒い枠の中に闇が満ち、ステータスを上げてくれるものだというのは知っていた。


 けれど近くに人がいれば、闇から光が伸びて繋がってしまう。

 繋がった人はまるでレベルが下がったかのように弱体化してしまった。


 闇と繋がるのは氷堂以外の人間であり、氷堂本人には作用しない。

 このスキルが他者の力を吸い取って自分に与えているようで。


 そんなものを好きになるという方が、無理な話だ。

 だから氷堂はこれまで可能な限りシークレットスキルを使用しなかった。


 他のどの探索者よりも強かったために、使用する必要がなかったのが幸いだ。


 だからスキルを所持する氷堂本人も、それが本当はどんなものなのか気づかなかった。

 いや、知らなかったと言った方が正しいだろう。


 黒い四角の枠の中で金色に温かく光り輝くのも。

 闇と望月達を繋げていた黒い線が消えているのも。


 初めてだった。


「…………」


 氷堂は視線をゆっくりと武者へと戻す。

 視線を向けられて、武者が氷堂を見た。雰囲気の中に、ほんの僅かな恐れを見た。


 体の奥底から、力が湧いてきた。


「これが……私の……」


 体は先ほどまで限界以上に酷使していたために疲労は溜まっていて、あらゆるところが痛む。

 傷も多く、特に胴体には浅いものの大きな傷があり、血も流れている。


 にもかかわらず、氷堂はこれまでのどの時よりも力に満ち溢れていた。

 見下ろせば、体が金色に光っている。


 顔を上げて確かめるまでもない。

 この光が、頭上に浮かぶ四角からもたらされている。


 自分の体を見下ろしながら、氷堂はあることに気づいた。

 この感覚を、知っている。つい最近も経験したこの感じは。


(師匠のに……似ている……)


 自らの体に宇宙を映す、世界最強の探索者、リース・ナイトリバーの持つシークレットスキル。

 それの発動時の雰囲気に、似ていた。


 それはつまり。

 氷堂心愛という存在が、一つ上の次元へと到達したということか。


「…………」


 剣から左手を放し、右手のみで持ち上げる。

 なぜか分からないが、これで十分すぎる気がした。


 水晶の剣の切っ先を武者に向け、大きく息を吸う。


「斬る」


 その言葉に導かれるように体は動いた。

 全身に痛みが流れるが、それを無視して氷堂はいつものように剣を振るう。


 見事な弧を描いて、上段から降り下ろした剣。

 それを防いだのは、「二本」の武者の刀だった。


 これまで両手持ちでようやく渡り合えた武者に対して、氷堂はついに片手でその領域に至る。


『グゥ!?』


 いや、越える。

 刀ごと押しつぶすかのように力を込めれば、武者は膝と腕を曲げる。


 剣が、武者の方にめり込んだ。


『ナメ……ルナ!』


 怒りの籠ったノイズ音を出し、武者は氷堂の剣を弾く。

 その様子をじっと見ながら、氷堂は左手を武者に向ける。


 今なら、このシークレットスキルの使い方が手に取るように分かる。

 氷堂の頭上の四角から、光が射出。


 それはまるで弾丸のように高速で撃ち出され、武者に繋がった。


『グゥッ!』


 苦しそうな声を上げる武者。その様子を見て、再度氷堂は剣を振り上げる。

 繋がった光の線を武者が白い刀で斬り裂くと同時、もう片方の黒い刀が水晶の剣を受け止める。


 しかし刀二本でも受け止められなかった今の氷堂の一撃を一本で受け止めるのは不可能だ。

 このまま叩き斬るとさらに力を込めたとき。


 武者の仮面の奥から、闇が噴き出した。


 武者は氷堂の剣の力を受け流し、白い刀で反撃をしてくる。

 ここに来てようやく見せた、力任せではない技だった。


 氷堂は頭上の光に心の中で要請。

 薙ぎ払われた刀の軌道に、左の手のひらを沿える。そこから金色の光が展開し、盾となる。


 刀が盾に激突し、甲高い音を立てる。

 その隙に剣を振り下ろしてしまったので体勢を立て直そうとした。


「っ……」


 しかし武者の方が一歩早く、引いた剣よりも早く襲い掛かる刃が氷堂の二の腕に傷をつけた。

 咄嗟に黒い刀を弾くことには成功したが、体に走る痛みは増えた。


 力では勝っている。けれどスピードは向こうの方が速い。技量に関しては互角。

 一閃、二閃と剣と刀の軌道が躍り続ける。


 実際にはその何倍もの剣と刀のやり取りが繰り返されている。

 氷堂の持つ金色の盾に打ち込まれた刀の数も、2桁は優に超えてしまう。


「くっ……あぁ!」


 戦況的に優位なのは氷堂だ。彼女の剣は少しずつ武者を追い詰めている。

 けれど体はボロボロで、とてもではないが今のような超人的な戦いを長く続けることは出来ない。


 望月が必死に回復魔法を送っているが、それでも回復が追い付かないほどの激戦。

 防げるものは防ぎ、そうではないものは致命傷にならないなら避けるのではなく体で受ける。


 そうした方が、より早く敵にダメージを与えられるから。


 卓越した技量を持つ氷堂だけでなく、武者もそうしていた。

 そうしなければ目の前の怪物を、氷堂を倒せないと本能が訴えていたのだろう。


 両者どれだけボロボロになろうとも一歩も引かない様子は、まるでノーガードの殴り合いだ。


『グッ……グォ……』


「斬る!」


 剣が刀を弾き、翻る。

 その軌道を、もう片方の刀がかろうじて弾いた。


『グッ……グヌッ……』


「斬るっ!」


 盾で刀を弾き、振り下ろされたもう一つの刀を、身を屈めて避ける。

 背中に激痛が走ったが、気にもしなかった。


「あああああああぁぁぁ!」


 夢中で、その胴に剣を突き立てた。


『…………』


「おわ……りっ!」


 そう叫び、氷堂は勢いよく剣を抜く。

 肩で息をしながら後ろへと二歩下がると、武者も同じようによろけながら後ろに一歩だけ下がった。


 左手から降り下ろした刀が落ちる。

 ガシャンッという重々しい音が、響いた。


 崩れ落ちるように、武者が地面に膝をつく。


「……っ」


 その様子を見て力が抜けたのか、氷堂も同じように地面に膝をついた。

 剣を地面に突き刺して杖にする余力すら、残っていなかった。


 けれど、勝者は明らかだ。

 ついに日本は、初めて深層ダンジョンを突破したのである。


『…………』


 その光景は、氷堂にとって止まって見えた。

 正確には右手を振り上げるまでは意識していなかったので見えず、振り上げきったところで止まったように見えた。


 歩いて数歩の所にいる武者が、右手を振り上げたのだ。

 何をしようとしているのかは明白。刀を投げつけようとしたのだろう。


 武者の最後の、本当に最後の一撃というものか。

 けれど氷堂にはそれが見えていた。だから剣を握る手に力を込めて、弾こうとした。


 ――カシャンッ


 氷堂の剣が、地面に落ちた。

 戦いが終わったことで完全に緊張の糸が切れたのだろう。


 剣を握る握らない以前に、手の感覚がない。

 これまで気合で剣を握っていたことに、この時初めて氷堂は気づいた。


(あっ……)


 思えたのは一瞬だけ。

 目には入るのは、武者の右手から離れた刀。


 それが切っ先を向けて氷堂へと迫る。

 防ぐ手段のない氷堂は体で受けるしかない。だが軌道的に、刀は氷堂の喉を貫くだろう。


 致命傷なのは、間違いない。


 死の間際だからなのか、やけにゆっくりと、しかし為すすべなく迫る凶刃。

 それが氷堂の体に触れそうになる。


 その前に、上から落ちた黒い雷が刀を叩き落とした。

 いつもの大きな音を立てて地面に転がる刀。氷堂の体に触れることは、叶わなかった。


 氷堂は目を見開く。視界の隅には、黒い毛が見える。

 それが誰かなど、考えるまでもない。


 彼は――虎太郎は地面に落ちた氷堂の剣に顔を近づける。

 そしておそらく柄を咥えたのだと思うが、剣を持ち上げた。


 限界を越えたことで動けない氷堂の前で、漆黒の獣が動く。

 二歩だけ前に出て、首を勢いよく振るう。


 剣の軌道は、武者の首を捉えていた。

 間違いなく武者のHPを削り切る、致命的な一撃だった。


 重々しい大きな音が、響く。


(あぁ……)


 ゆっくりと、漆黒の獣は振り返る。

 その向こうでは、地面に倒れた武者が灰になっている最中だった。


 自分愛用の剣を咥えた虎太郎は、申しわけなさそうに目じりを下げていた。

 きっと彼の事だ。最後の最後に良いところを奪って申し訳ないとか、考えているのだろう。


 そんなこと、気にしないのに。


(ありがとう……虎太郎君……)


 疲れていた体に、心に、温かさがしみわたっていく。

 正直に感謝の気持ちを内心で述べれば、虎太郎が少しだけ目を見開いた。


 この日以来、氷堂は表情が柔らかくなり、うっすらとだが笑っているのが望月達の目にも分かるようになる。

 けれど氷堂の表情の変化が最も大きかったのはこのとき。


 氷が解けた後のような、花が咲き誇るような笑顔を見せたのは、このときだけだった。


 氷堂心愛(ゲスト:望月理奈)、京都ダンジョン、攻略完了。


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