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第171話 満ちる虚弱の闇

 水晶の剣を片手に、氷堂心愛は再び戦場へと舞い戻る。

 視線のはるか先には、武者と激戦を繰り広げる虎太郎の姿がある。


 大きく息を吸って気持ちを落ち着かせ、強い意志の籠った瞳を輝かせて氷堂は叫んだ。


「……今から、シークレットスキルを使う!」


 普段の彼女からは考えられないほど張った声に、虎太郎は何事かと視線を送る。

 援護をしていた竜乃も驚いているようだ。


 しかし、それは一瞬の事。


『Gyau!』


『Hoo!』


 すぐに二匹は鳴き声で返事をしてくれた。

 それらは短くとも、氷堂にはこう聞こえた。


『やれ!』そして、『やって!』と。

 自分の願望ではないと思えるだけの何かが、今の虎太郎と竜乃からは感じられた。


 空いている左手を胸に当て、氷堂は目を瞑る。

 彼女の頭上に出現したのは、四角い枠組み。それが斜めに、ひし形のように浮かぶ。


 一つの角を下に、その対角線上の角を上にした、黒い枠組み。

 その中は空洞で何もない。


 ゆっくりと目を開き、剣を大きく振るう。

 その瞬間に四角い枠組みの中は紫色の闇が満ちる。


 そこから伸びた黒い光が、虎太郎と竜乃、そして望月と繋がるのを見て、氷堂は痛々しい表情を一瞬だけ浮かべた。


『『!?』』


 驚き、ほんの少しだけ動きを止める虎太郎と竜乃。

 しかし何かが起こることは予期していたのか、二匹にとって決定的な隙にはならなかった。


 けれど動きは目に見えて悪くなった。

 特にこれまで虎太郎は武者とほぼ互角の戦いで時間を稼いでいたが、劣勢が決定づけられた印象だ。


 氷堂心愛のシークレットスキルは、自身の能力を飛躍的に向上させるもの。

 ただしもしも近くに仲間がいる場合には、その者達に弱体のバッドステータスを与える。


 完全にソロ向きのものだった。


 地面を蹴り、氷堂はすぐに武者へと向かう。

 虎太郎一人で持つ時間は長くはない。だからこそ、自分があれを止めて、斬る。


 いつもよりも短い時間で間合いを詰め、水晶の剣を振り下ろす。

 これまでは白い刀一本で受け止められていた氷堂心愛の一撃。


『グゥ!?』


 しかし今回は、「二本」を引き出した。

 両手で力の限り振り下ろした剣を止めたのは、交差した白と黒の刀。


 その様子を見て、すぐ近くにいた虎太郎が仕掛けた。

 全身の毛が逆立つ感覚を覚えると同時、氷堂は剣を弾かれる。


 しかし先ほどと違い、隙は生じさせない。

 弾かれてもすぐに追撃が出来るくらいしか、氷堂は譲らない。


 けれど武者は高速で後ろに下がり、氷堂の目の前には黒い雷が落ちる。

 先ほどまでとは違い、やや規模の小さな黒雷。発動時間もやや長めに感じた。


(……やっぱり出力が落ちている)


 シークレットスキルを使用することで、氷堂自身は武者とやり合えるくらいにはなった。

 けれどその一方で、虎太郎達の強さは落ちた。


 これまで相手をしていたのが虎太郎から氷堂に変わっただけ。

 いや、むしろ1人が強くなり、その代償に1人と2匹が弱体化したので悪くなっているともいえる。


 氷堂は虎太郎に視線を送り、頷き合う。

 ほぼ同時に遠くに立つ武者に仕掛けた。


 仕掛けたのは同時だった。

 けれど攻撃をしたのは氷堂が先で、虎太郎は後だった。


 これまでシークレットスキルを使ってこなかったことにより、強化の幅に慣れない氷堂と、やや弱体化したために思ったように体が動かない虎太郎。

 その連携がズレるのは当然ともいえる。


『クダラン』


 当然だが、武者はそんなガタガタの連携攻撃が通用するような相手ではない。

 白と黒の刀を上手に使い、氷堂の剣は確実に、その一方で虎太郎は軽い調子で防いでいく。


 時折飛来する竜乃のブレスは全く動きを止めないほどにダメージを見込めず、望月のサポートの力も弱まる。


 状況は、悪くなる一方だ。


“なんだよこれ、全然ダメじゃんか……“

“氷堂さんのシークレットスキル? それを使う前の方が良かったんじゃね?”

“っていうか、何で使ったんだよ。これじゃあ虎太郎の旦那本気出せないだろ”

“自分だけ強くなれればそれでいいの? ちょっと幻滅なんだけど”

“今すぐ解除してよ。これまでの方がまだ勝機あるって”


 氷堂も望月達も視線を向ける余裕などないが、配信のコメント欄は大きく荒れていた。

 これまで圧倒的な力で敵を倒していた氷堂心愛。


 彼女に対する期待のハードルは、最大限まで上がっていた。

 そんな氷堂が苦戦する程の強敵が出てきて、深層はここまで強いのかという流れになっていた。


 けれど氷堂がシークレットスキルを使用し、望月達が割を食いつつも一向に勝機が見えない中で、これまでの期待は多くが失望へと転換される。


“もういいよ、撤退しろよ”

“モッチーも虎太郎の旦那も竜乃の姉御も全然になっちゃったじゃん”

“モッチーの邪魔すんなよ氷堂”

“もう一度挑めば何とかなるでしょ”


 多くの視聴者が、この戦いに見切りをつけていた。

 もう撤退しろと言うものや、酷い場合は氷堂に対する暴言も見受けられた。


 君島優や神宮恵らがそう言ったコメントを削除するものの、この配信は現在日本で最も注目されている望月の配信。

 これまでは大きな荒らしなどはなかったが、膨大な人が見ていることを忘れてはならない。


 その内の一部が心無い発言を書き込めば、それはもう対処しきれるものではない。


 せめてもの救いは、そんなコメント欄に目を向ける余裕がないほどに望月達が劣勢なことくらいか。


(……このままじゃ……勝てない!)


 自分自身を叱責し、氷堂は鋭く剣を振るう。

 しかし武者の防御は固く、しっかりと二本の刀で防がれるのが常だった。


 両手を使った氷堂の一撃は、武者の両手の一撃とほぼ同威力。

 だが武者の動きは素早く、虎太郎の攻撃は黒い刀一本で十分。さらには竜乃のブレスはもはや気にも留めていないようだった。


「Gu!?」


 視界の先で、背後から紫電を纏って突進した虎太郎を避け、武者は肩から彼のわき腹にタックル。

 横へとほんの少し仰け反り、がら空きの胴体に武者の右手の白い刀が振るわれた。


 鮮血が宙を舞い、虎太郎は吹き飛ばされる。

 胴体を深く斬られたのは氷堂の目にも映っていた。


「虎太郎君!」


「こた――」


 ほぼ同時に望月と一緒に叫ぼうとしたものの、氷堂はそれどころではなくなる。

 虎太郎を吹き飛ばしてすぐに、武者が斬りかかってきたからだ。


 武者の二本の刀での連撃を、剣で受け止めるのに精いっぱい。

 その中でも氷堂は必至に視線を動かし、虎太郎の吹き飛んだ方向を見る。


 土埃が舞っている。

 その中に、うつ伏せで倒れる虎太郎の姿を確認。望月の回復魔法は作用しているようだが、血は流れている。


『Gruuu……』


 小さく唸り声を上げ、虎太郎は目を開けて起き上がる。

 闘志の炎は、まだ消えていない。


(まだ……やるつもりなんだ……)


 飼い主に似るというが、飼い主が似たのか。

 望月の負けず嫌いも相当だが、虎太郎はそれにも勝る気さえした。


 虎太郎の体を、紫のオーラが包む。紫電を発動したのだろう。

 次の瞬間には、武者へと突っ込んでいく。


 圧倒的に不利なこの状況でも、虎太郎は微塵も諦めていない。

 熟練の探索者と同じくらいの嗅覚を持つ彼なら、今この状況が撤退すべきタイミングなのは、むしろそう決めるのすら遅いくらいなのは理解しているはずなのに。


 刀と剣が、絶えずぶつかり合う。

 氷堂の剣が武者に掠り、武者の刀が氷堂に掠る。


 そのいずれも、致命傷には決してならない。

 そんな刃の往来の中に、爪と電流が割って入る。


 しかしそれらは弱々しく、武者に大きなダメージを与えることは出来ない。

 否、もう出来なくなっていた。


(あっ……)


 自分の事ではないからこそなのかもしれない。

 氷堂の目には、その光景だけがやけに遅く見えた。


 振り払われた爪を白の刀で軌道をずらしたときにはもう、武者は黒い刀を下段に構えていた。

 あのまま振り払われれば、虎太郎の戦闘不能は必須。


 だから。


 刃が振るわれる寸前で、地面を蹴った。

 体ごと虎太郎に当たることで、彼の位置を少し左にずらした。


 これでいい。自分はちゃんと見えている。

 だから剣で防ぐこともできるだろう。それに。


(私のせいで虎太郎君が死にかけるなんて、ダメだから)


 間違えたことがあるとすれば、勢いよく地面を蹴り過ぎたことで虎太郎を吹き飛ばしてしまったことか。

 あるいは。


「…………」


 虎太郎を突き飛ばすときの衝撃までは考えに入れてなくて、防御が間に合わずに斬られたことくらいか。


 鋭い痛みを体は訴えているが、氷堂は二三歩後ろに下がった。

 剣での防御は間に合わないものの少しは防げたために、傷は浅かった。


(大丈夫……まだ戦える……まだ、まだ諦めない……絶対に、斬るんだ)


 権を握る拳に力を入れ、無理やり構える。

 体中痛い、怠い、辛い、苦しい。けれどまだ出来る。まだ限界じゃない。


 まだ、斬れる。


 そう自分に言い聞かせ、無理やり鼓舞し、奮い立たせ、そして。


「……?」


 なぜ武者が追撃をしてこないのかを不思議に思った。

 距離は近く、間合いには間違いなく入っている。


 しかし武者は止まったままだ。ただじっと、氷堂を見ている。

 いや、その視線は氷堂と言うよりもむしろその上の。


「…………」


 そんな武者の視線を追うように、ゆっくりと氷堂は首を動かして上を見た。

 宙で浮かぶ内部に闇を満たしたひし形。


 それが、淡い金色に輝いていた。


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