第170話 よく言った
「私のシークレットスキルを使用すれば、私は解決できる。
でも、それは貴女達には悪い影響を与える。だから撤退を推奨する」
氷堂は望月に自らのシークレットスキルについて話した。
出来れば話したくはなかったこと。けれど絶体絶命のこの状況では、望月は猫の手すら借りたい様子だ。
そんな彼女に奥の手を隠しておくことは氷堂には出来なかった。
けれどその奥の手は奥にあるというだけで、秘策と言うわけではない。
取ることが出来ない、否、取れば被害を及ぼす悪手なのだ。
だからこそ氷堂は端的に説明したつもりなのだが。
「……もし氷堂さんがそのスキルを使えば、私達は戦えなくなりますか?」
望月は、未だに諦めてはいないようだった。
「否定。戦闘不能にはならない。けれどあの子は、今のような動きが出来なくなる。
私が強くなっても、それでは意味がない」
今なお自分の代わりに最前線に立ってくれる黒い獣を見て、答える。
奥の手を使ったところで状況は好転しない。だからこれで諦めてくれると思った。
「……分かりました」
望月も、分かってくれたようだ。
「やりましょう。氷堂さんのシークレットスキル……使ってください」
絶句した。彼女は今まで何を聞いていたのか。
そう思い視線を望月へと戻す。強い意志の籠った瞳が、自分を貫く。
それに負けないように、氷堂はゆっくりと言葉を紡いだ。
「否定……使ったところで状況は好転しない。
それに、私ではなく貴女達を危険に晒すわけにはいかない」
最初に告げた、使ったところで意味がないというのは建前。
本音はその後に続けた、危険に晒したくないということ。
望月達は日本の希望だ。日本を代表する自分が危険に晒すわけにはいかない。
そして何よりも、氷堂にとっての推しでもあり、今は大切な人達となった望月、虎太郎、竜乃を傷つけたくはなかった。
「でも手はそれしかありません」
「……否定」
「ここで撤退しても、氷堂さんここ数年レベル上がっていませんよね?
それじゃあ解決にはなりません。どうせ撤退するならシークレットスキル使ってからでも遅くありません」
「……否定っ」
語気を強めて首を横に振っても、望月は一歩も引くつもりはないようだ。
「氷堂さんが使いたくないシークレットスキルを使わせることは本当に申し訳ないです。
でもそこにあのボスを倒す可能性が少しでもあるなら……お願いです、使ってください」
「……ひ、ひてい」
「氷堂さん!」
望月が前に回り込み、膝をついて肩に手を置いてくる。
目線を自分に合わせれば、彼女の綺麗な瞳がまっすぐに覗き込んでいた。
「……っ」
目を離せない。けれど頷くことも出来ない。
自分にとってあのシークレットスキルは、今この場で使ってはいけないものだから。
「もしかしたらあのボスを倒せないかもしれません。でも、それでも使わずに負けるなら、使って負けた方が良いと私は思っています。氷堂さんだって同じですよね?」
「……私……は……」
望月の言いたいことは分かるし、その通りだと氷堂は思っている。
けれどまだ氷堂は迷っていて。
「私達がTier2ダンジョンで下層ボスに挑むか迷って迷って、報われなくても挑むって決めたとき、だから『よく言った』ってコメントを打ってくれたんじゃないですか?」
その背中を、望月は押した。
彼女が言った言葉を聞いて、氷堂は珍しく目を見開いた。
「……どうして、そのことを」
誰にも話していない筈だ。確かにあのコメントは自分のもので、誇らしいものの一つだが。
望月は微笑む。
「JDCが終わった後に、あのコメントを打ってくれた人は誰だったんだろうと思って、ずっと名前を憶えていたんです。
私達を認めてくれた人だから……まさか競っている1位の氷堂さんだとは思わなかったですけど」
「…………」
自分だけが、ずっと彼女達を見ていると思っていた。
望月と竜乃と虎太郎。その三人が揃ったときから、ずっと見守っていると。
「私達は大丈夫です。だから、やれるだけ全部やりましょう。例え氷堂さんのシークレットスキルで危機に陥っても、私達みんなで何とかしますから」
でも違った。彼女もまた、自分の事を見つけてくれていたのだ。
沢山いる視聴者の中の一人を。「たった一人で孤独だった」氷堂心愛を。
迷いが、すっと消えていく。
今だって望月達を危険に晒すのは反対だ。だけど。
「……肯定。やってみる」
彼女の言う通りやってみようと、そう思えた。
氷堂の言葉に、望月は笑顔のままで頷く。
「よく言った」
過去の自分の言葉をリピートされ、氷堂は不敵に微笑む。
「それは、私の言葉。取っちゃダメ」
「ふふっ、ごめんなさい」
傷は癒えた。気力は十分。
可能性のある一手があり、何よりもそれを受け入れてくれる人がいる。
氷堂は立ち上がり、右手に水晶の剣を手に歩き出す。
黒い獣と今なお激戦を繰り広げる武者を「斬る」と、心に言い聞かせて。