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第169話 とある孤独だった探索者について

 氷堂心愛は孤高の人である。

 それが彼女を指す、世間一般の認識だ。


 彼女の持つ肩書は複数ある。

 日本一の探索者。生ける伝説。人外の探索者。異次元の強者。


 その全てが、氷堂心愛その人を称賛する。

 だが、氷堂心愛自身はそのようには思わない。


 自分は孤高の人ではなく、孤独の人だと、そう考えている。

 なぜなら嫌というほど味わってきたからだ。


 氷堂心愛は一般家庭の生まれだ。今となっては両親の顔すら思い出せない。

 理由は簡単だ。彼らにとって氷堂心愛が化け物だったからだ。


 誰もが、氷堂心愛に出会えば自分とは違うと感じ、背中に冷たい感触が広がる。

 それが恐怖だと、子供も大人も本能で理解している。


 そして氷堂心愛は、それを持って生まれてきた。


『……怖い』


 実の母親から言われた言葉を、忘れたことはない。


『あいつは……どこかおかしいんだ。普通じゃない』


 聞いてしまった血の繋がった父親の放った一言を、忘れたことはない。


『えー、やだよ。藤堂さん怖いもん……』


『気持ちは分かるけど、ちょっと遊ぶだけでいいからさ』


『先生のお願いでも、私イヤ!』


 裏でクラスメイトと先生が話していたことも、忘れたことはない。


 氷堂心愛から感じる恐怖は、彼女と真に向き合えば和らぐものだ。

 けれど彼女の両親もクラスメイトも先生も、そこまで行けなかった。


 氷堂心愛がその段階まで行くには、彼らはあまりにも弱すぎたから。


 家族から愛を貰えず、友人にも恵まれない。

 そんな氷堂には、何も残らなかった。


 高校を卒業し、適当な大学に入り、家を出て、暇つぶしに探索者として活動を開始してもそれは変わらない。


 氷堂心愛には圧倒的な才能があっても、パーティを組むことはなかった。

 パーティメンバーに恐怖されるというのもあるし、氷堂心愛についてこれる探索者が居なかったからだ。


 結局パーティを組むことは早々に諦めた。


『ねえ、見てよあれ』


『うわぁ……氷堂さん、講義来たんだ』


『名は体を表すっていうけど、本当に氷みたいに冷たい女だよな』


 名前は、家を出た後に藤堂から氷堂に変えた。

 自分に何もくれなかった父と母の名を名乗るのが嫌だった。


 けれど氷堂にしたのは、自分でも自身が氷のようだと考えていたから。

 だから大学でその声を聞いて、内心でこう思ったのを覚えている。


(ぴったりでしょ? ふふんっ)


 それが強がりだということは、自分が一番分かっていた。


 今後師匠と呼ぶことになる恐ろしい人と会ったのも、大学時代の頃だ。


『ほう? 中々に面白い人間が、極東にもいるものだ。流石は侍の国』


 氷堂自身、侍とは全く関係がないのだが、世界一の探索者リース・ナイトリバーに氷堂心愛は見出された。

 なぜただ街を歩いていた自分にリースは声をかけ、弟子としたのかは分からない。


 多分だが、似た何かを感じたのではないだろうか。


 彼女から教わったことは、今なお氷堂心愛の中で大部分を占めている。

 師匠の暴君っぷりには、困ったものだが。


 結果としてリースの教えと自身の生まれもった才もあり、氷堂心愛は探索者の階段を駆け上った。

 いや駆けるどころか数段飛ばしだ。


 Tier3、Tier2をたった一人のソロであっさりと踏破。

 そしてTier1にも挑み始めた。この時からだ。世間で名前が売れ始めたのは。


『すごい探索者が居る』


『一人でTier2をクリアしている化け物』


 けれど氷堂心愛は止まらずに、駆け抜けた。

 名前が広まるよりも早くTier1の上層をクリアし、当時最先端の階層だった中層へ。


 そしてそこを突破し、日本初の下層到達者になった。

 少し遅れて、氷堂心愛の名は全国に広がった。


『日本No1探索者』


『全探索者の頂点』


 氷堂心愛は外見は氷のようでも、内心は結構熱いタイプだと自身で分析している。

 嬉しいことがあれば普通に喜び、悲しいことがあれば普通に悲しむ。


 ただそれが表に出ないだけだ。

 だからこその時の喜びも、普通だった。


(やったー! 1位! 1位だよ! 探索者の頂点だよ!)


 訂正、ちょっと羽目を外したかもしれない。


 ただ、嬉しい事ばかりではない。

 例えばシークレットスキル。あまりにも個人戦向きの性能だった。


 パーティを組むのは当の昔に諦めていたが、可能性が消えたというのは悲しいことだ。

 そのシークレットスキルがなくても十分強いので、気にしなくていいかとすぐに思い直したのだが。


 また、これまで離れていた人が近づいてきたのも辛い事だった。

 自称家族や自称友人、もう沢山出てきた。


(私と目を合わせて話せもしないくせに……)


 その全員とは結局、距離感は変わらなかった。

 どうせ仲良くなっても氷堂心愛ではなく日本No1探索者としてしか見ていないから、どうでもいい。


 一方で、そんなほんの少しの悲しいことがどうでもよくなるくらい、氷堂心愛の生活は変わった。

 日本のTOP探索者となり、海外との交流も始まった。


 フランスのエマを始めとして、多くの友人が出来た。

 それらは全て各国の最上位探索者で、自分を恐れない人達だった。


 師匠であるリースとも再会した。

 相変わらず暴君だが、それでも色々なことを教授してくれた氷堂はリースを嫌いにはなれなかった。


 彼ら彼女らもまた氷堂心愛ではなく日本No1探索者として自分を見ていたが、そこまで悪い気はしなかった。


 けれど順風満帆な人生を送っていた氷堂心愛は、ある地点で停止することとなる。

 Tier1深層、そのボス部屋の前。パーティを組んで挑めという、誓約だ。


 ここに来てソロで挑んでいる自分に刺さるようなギミックを入れてくるなんて、ダンジョンはどこまでも意地悪だと、そう思った。


 日本に自分と組める探索者なんて、いる筈がない。

 だから師匠であるリースに声をかけた。


 彼女の空いたタイミングで来てもらい、共に京都ダンジョンに潜った。

 Tier1ダンジョンクリアの制約にも当てはまらないからか、めんどくさそうだったが師匠は付き合ってくれた。


 世界一の探索者である彼女と一緒ならすぐ終わる。そう思って深層のボス部屋まで向かって。


【この先に進むには、東と西の探索者の絆を見せよ】


 表示された光の文字で、絶望に叩き落とされた。

 唖然とする自分を見てこれまでの流れを悟ったのだろう。リースは吐き捨てるように告げた。


『無駄だったな。日本は日本でやれということかね……そんなことよりお前、まさかパーティを組んで試すことすらせずに私を呼んだのかい?』


 この時ばかりは、死ぬかと思った。


『はぁ……もういい、帰るよ』


 結果として謝罪して許してはもらえたものの、リースはため息を吐いて帰ってしまった。

 リースが怒りを露わにしたことよりも彼女の去り際のため息の方が、なぜか心に突き刺さった。


 この日から数年、私は一向にダンジョン探索が進まないことになる。

 東という言葉が東京を指すのは分かったので、東京のTier1ダンジョンにも行った。


 けれど東には、そもそも深層まで到達できる探索者すらいなかった。

 それでもいつか現れるかもしれないとそう考えて待ち続けて。


 ずっとずっと待ち続けて。


(いやいや現れるわけないし……そもそもどうするの?

 東京のパーティに来てもらって、そこに交じるの? 怖がられるのに?)


 なんだか何もかもが無理なように思えてしまって、乾いた笑みが出た。

 外見は凍っていたので、内心で笑っただけだったが。


 このくらいからだったと思う。探索者の配信者を見るのが趣味になったのは。


 東京の強い探索者を探すために、配信サイトも使用した。

 その延長で、頑張っている探索者を見るのは好きだった。


 配信は好きだ。自分と相手が会話するわけではない。

 テレビと同じだが、テレビと違って自分が好むものが見れる。


 特に強敵を必死に倒して成長する姿は心を躍らせた。

 とはいえどの配信者もある程度進むと実力が頭打ちしてしまうのだが。


 端末で見れるというのも良かった。

 深層の敵を倒しながら見ればいいので、片手間に出来るから。


『竜乃ちゃん! 虎太郎君! やったね!』


 そんなときだった。彼女達を見つけたのは。

 たまたま配信サイトで検索をしていて、目にした何の飾り気もないサムネイル。


 開いてみれば、高校生くらいの眼鏡をかけた可愛い子が白い竜と黒い獣と喜び合っていた。

 場所的に茨城のTier2だろうかと、多くの配信を見ていたために気づいたが、それ以上に気になることがあった。


『……テイムモンスターが、2体?』


 不思議な光景に首を傾げ、コメント欄に目を向ければ、誰かが既に尋ねていた。

 どうやらこの少女は、テイムモンスターを2体使役できるシークレットスキルを所持しているらしい。


(ふーん……珍しいシークレットスキル……)


 そう思い、視聴者マークを申請だけして、配信を見ることにした。

 どうやら今日はあと少し探索をするようだ。いい暇つぶしになるか、そう思っていた。


(なに……これ……)


 けれど10分後には、彼らに夢中になっていた。


(す、すごい……)


 テイムモンスターとテイマーは言葉を交わせない。

 けれど彼らは普通のパーティと同じくらい、いや全く同じ程度に連携が出来ていた。


 特に氷堂が目を惹いたのは虎太郎という名前の黒い獣だった。

 テイムモンスターはテイマーの指示で動くのが普通だが、この黒い獣は独断で動いているようだった。


 にもかかわらず、その動きはまるで熟練の探索者のようだった。


(これは……強くなる。この望月っていう子の限界がどこなのか次第だけど……強くなるよ)


 通常の探索者の何倍もの働きをする虎太郎。

 テイムモンスターに有利なシークレットスキルをおそらくは所持している望月。

 そして虎太郎に感化されて、彼と同じように独断で動きつつある竜乃。


 日本の誰よりも早く、望月達の将来を見たのが氷堂だった。


 それから、氷堂の生活は望月達が中心となった。

 ダンジョンに籠りながらも、彼女達の成長を見守る日々。


 けれどそれがまるで光のような速さで通り過ぎていく。

 望月達はTier2の攻略を進め、氷堂自身が参加していたJDCにも参加。


 そして圧倒的なスピードをもって、JDC2位まで上り詰めた。

 Tier2下層ボスに挑む前に迷っていたようだが、挑むことを決め、クイーンを倒したときには内心で熱狂したものだ。


 その背中を押したコメントを打ったのが自分と言うのは、誇らしいポイントの一つである。


 そうして望月達はTier1にも到達。

 上層をあっさりと突破し、中層へ。


 この頃には、もう望月たちの連携はどの探索者パーティよりも上だと感じていた。

 氷堂の気持ちが決まったのも、このとき。


 自分と共に京都の深層ボスに挑んでくれるのは、彼女達に違いないと。


 そのために、望月達と仲良くなる必要があった。

 いや、氷堂自身が仲良くなりたかったのだ。日本で初めての友達になれるかなと、そう思ったから。


 中層で望月達と出会ったときは緊張してしまってぶっきらぼうになってしまったが、自らの気持ちをしたためた手紙は渡すことが出来た。


 ちょっと内容ははっちゃけ過ぎてしまってここでは言えない。

 渡した後で今更だが、書き直したいと思ったことも一度や二度ではない。


 そうして氷堂心愛は望月達と共にいることが多くなった。

 フランスで共にエマ達と交流し、日本に戻って来てからも、メッセージのやり取りは続けていた。


 日本の将来を担うであろう探索者と懇意にできるのは嬉しいことだ。

 けれどそれ以上に、望月が自分に対して普通に接してくれるのが、氷堂は嬉しかった。


 もちろん彼女の愛はテイムモンスターである竜乃や虎太郎に向かうものだ。

 けれど他の親しい人、君島優や神宮恵と同じように接してくれるだけで十分だった。


 いや、希望的観測かもしれないが、彼女達よりも親しげに接してくれているような気もする


 だから、京都ダンジョンに一緒に潜ったときも張り切った。

 一撃でモンスターを倒すのはいつもだが、彼女達に少しでも良いところを見せようとした。


 上層、中層、下層をストレートで突破し、途中で師匠の来日というハプニングはあったものの、深層のボスへと到着することが出来た。


 ここ数週間は、氷堂心愛の中で最高の日々だった。


 そして強敵に阻まれた。


『見事ナリ』


 虎太郎達は悪くない。彼らは精いっぱいやってくれていて、敵にも大きなダメージを与えている。

 ダメなのは、自分だ。


 なにが日本最強の探索者、氷堂心愛だ。聞いて呆れる。

 この状況になって出てくる選択肢が一つしかなく、しかもそれが忌々しいシークレットスキルだなんて。


『はぁ……もういい、帰るよ』


 いつかの師匠の言葉が、溜息が、頭を過ぎった。


 詰みだ。もう取れる手は一つしかなく、その手は取ることが出来ない。

 取ったところで、戦況が好転するようには思えない。


 そして何よりも、「大切な」望月達を危険に晒すわけにはいかない。

 彼女達は氷堂心愛がずっと待ち望んでいた「孤独」から掬い上げてくれた人たちなのだから。


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