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第168話 強敵に、打てる手なし

 仕切り直し。そう思った俺は頭の中で5発を一気に込め、3発を回す。

 地面を蹴れば、世界を置き去りに加速。武者に対して右側に回り込むように駆ける。


 視界の隅では同じように地面を蹴り、加速した氷堂の姿が映る。

 俺が右に対して、彼女は左から。


 弧を描くように駆け抜け、武者に向かう。

 彼を間合いに収め、右前脚にそれまでのスピードを全て乗せて振るった。


 同じように氷堂も水晶の剣を振るう。

 俺の軌道に合わせてくれたのか、寸分違わぬタイミングでの攻撃。


 まるで鏡合わせのような挟撃が、武者に迫る。


『見事ナリ』


 ノイズの走った不気味な声が聞こえた。


 甲高い金属音を立てて、俺の爪が武者の黒い刀に受け止められる。

 全力で振るったし、今だって力は込めたままだ。


 けれど、止められている。

 まるで高い山脈の崖に手をついて、押しているような感覚に背筋が凍った。


「!?」


 驚いているのは俺だけではない。

 同じように剣を振るった氷堂もまた、武者の白い剣に受け止められていた。


 珍しく目を見開いている氷堂を見ていれば、世界が回った。

 そうなって初めて、俺は弾き飛ばされたことを知った。


 押し返されたことも、弾かれたことも気づかなかった。


(まずっ――)


 体を翻す視界で、武者の体が右に傾いているのを確認。

 その先には、同じように剣を弾かれた氷堂の姿がある。


 態勢を立て直し、地面に着地する準備をする。

 着地してすぐに、仕掛けるつもりだった。


 武者が黒い刀を振るい、超反応で対応した氷堂が剣を動かして斬撃を防ぐ。

 片手で剣を持っていては防ぎきれないと感じたのか、既に両手持ちへと移行していた。


 地面に足を突くと同時に俺は頭の中で3発を込め、3発回す。

 音を置き去りに飛び掛かる。突っ込むような体勢。


 その突進のさなかで。


 武者の持つ白い刀が氷堂の左肩に突き立てられた。

 苦悶に歪む氷堂の顔を見て、俺の中で怒りが膨れ上がる。


(仲間に……なにしやがる!)


 紫電を操り、槍のような形状に纏め上げ、その状態で武者に突っ込む。

 完全に死角となる方向からの攻撃。


 しかし武者は不意に跳びあがった。


(なっ!?)


 突然の出来事に俺は対応できない。

 スピードを緩めることは出来ず、そのまま跳びあがった武者の下を潜り抜ける。


 同時、背中に焼けるような鋭い痛みが入った。

 武者に刀で斬られたことは想像に難くなかった。


「斬る」


 声が耳に届き、痛みに堪えながら振り返れば、氷堂は剣を両手に武者の背後にすり抜けていた。

 武者の鎧に線が入っているのが確認できるので、斬り裂いたのだろう。


 けれどどれだけ待っても、武者がこれまでのモンスターと同じように倒れることはない。


「お願い!」


 真っ先に叫んだ氷堂に、弾かれるように駆け始める。

 体を白い光が包み、背中の傷が癒えていく。望月ちゃんの回復魔法で痛みが消え、さらに加速。


 同時に魔力を貯め始める。

 黒雷は先の黒髪の件もあり、まだ温存しておくことを選んだ。


 肩の傷口をおさえる氷堂を見て、その奥にいる振り返った武者にも目線を向ける。

 鎧には線が入っているのでダメージは認められるけれど、まだ健在だ。


 氷堂に追いついた瞬間、彼女もまた地面を蹴った。

 ほぼ同タイミングで武者に向かう俺達。間合いに入り、氷堂が剣を振り上げる。


 それを見て、俺は準備していた魔法を放つと同時に右に方向転換した。

 高速で展開し、武者の脳天にトールハンマーが落ちるのと、氷堂の剣が武者に受け止められるのは同時だった。


 電流を走らせ、やや体が沈んだ武者。

 そこに降り下ろした氷堂の完璧な一撃。


 だがそれすらも、武者の白い刀に止められてしまう。

 魔法を受けながら正常に動き、あの氷堂の剣を止めるのは普通ではない。


(これっ、まずっ!)


 武者が両手で氷堂の剣を受ける筈という読みを外し、俺は別の手法へと即切り替える。

 右の前脚を振るう切り裂き。情けなくも、最初と同じ攻撃だった。


 当然一度目も通じなかったそんな攻撃が、まさか二度目に通じる筈もなく、冷静に黒い刀に受け止められる。

 けれど、これはまだ始まりに過ぎない。


 俺が突き立てた右前脚から、魔法を射出。

 時間をかけて用意したのは風の超級魔法、ストリーム・ホロウ。


 風の球体が白の刀を通り、武者の体へ。


『見切ッタ』


 風を生じさせながら、武者は急速に後ろに下がる。

 先ほどまで居た場所に風の球体は到達するものの時すでに遅く、ただ風を発するだけに終わる。


『まずいっ!』


 ストリーム・ホロウは武者を鎧の中から攻撃できることを想定して放った魔法だ。

 それゆえに俺が一気に練り上げた魔力が凝縮されている。


 武者は深層のボスモンスター。

 それを内部から食い破るための力がどれほどのものか、身をもって体感することになる。


「っ!」


『ぐっ!』


 強烈な突風が吹き荒れ、俺と氷堂はその場から後退せざるを得なくなる。


(あいつは……っ!?)


 吹き荒れる風の中でなんとか目を開けば、武者を見つけることは容易かった。

 左手を伸ばし、黒の刀の刃を地に、右手を曲げ、白の刀の刃を天に。


 まるで弓を引くかのような構えだった。


『氷堂っ!』


 今なお突風に吹かれる少女の名を叫ぶと同時に、武者が駆ける。

 途中で竜乃の妨害のブレスが飛来したが、防ぐ姿すら見せずに身一つで受けていた。


 レベル差があるためにダメージは少ないものの、それを受けても氷堂を害するという強い意志を感じた。

 武者はもうすでに氷堂を間合いに捉えている。


 もうなりふり構っていられない。

 そう感じて黒雷を使用した。武者目がけて、天から黒い雷を落とす。


 けれど、その前に。


 武者は左手の刀で迎撃しようとした氷堂の剣の軌道をずらし、二の腕で受ける。

 右手の刀が音もなく空を斬り、そして。


 氷堂の胴体を、深く斬り裂いた。


『グゥ!?』


 ようやく黒雷が武者に落ち、その体が揺れる。

 同時に口を開き、威嚇しつつ俺の体から黒雷を放った。


 もちろん紫電を纏いつつ前に出ることも忘れない。

 地面と水平に飛んだ光速の黒い雷撃が、武者に襲い掛かる。


 ギリギリで気づいた武者は刀を交差させて防御の姿勢を取るものの、僅かに反応が送れ、胴体に黒い雷撃を受けた。

 衝撃で武者を吹き飛ばしたすぐ後に、俺は氷堂の元に駆けつけた。


『氷堂!』


 吹き飛んだ武者を確認することなく、俺は氷堂の前に回り込んで傷の具合を確認する。


「はぁ……はぁ……」


 息は荒いものの彼女は立っていた。目から闘志は消えていないが、全身から血を流し、危険な状態だ。

 氷堂を背に乗せればあまりの軽さに驚いたが、すぐに血が流れる感触を感じ、望月ちゃんの元に急いだ。


「氷堂さん! 大丈夫ですか!?」


 遠くから支援魔法をかけてくれていた望月ちゃんはこちらへと駆けてくる。

 彼女の元で急停止し、怪我人を下ろす。


 傷は深いが、望月ちゃんの回復魔法ならなんとかなる。

 そう安心した俺の耳に、鋭い声が届いた。


『虎太郎!』


 竜乃の叫び声を聞くと同時にブレスが飛んだ。

 そちらの方を見れば、竜乃のブレスをその身に受けながら武者が歩いてくる。


 歩みは遅く、先ほどの俺の黒雷で胴体の鎧は一部が砕けていた。

 ダメージも多少は見受けられるが、まだ余裕そうだ。


(やるしかない!)


 氷堂という強力な前衛を失った今、俺一人であの武者を止めなければならない。

 それが出来るかどうかは分からないが、やるしかない。


(黒雷という有効打はある。それなら、それを可能な限りあれにぶつければ……)


 出た答えは、奇しくも先ほど黒髪と戦った時と同じだった。

 けれどその時よりも実現が難しいという事実には、目を背け続けた。





 ×××





 膝をついた氷堂に回復魔法をかけながら、望月はチラチラと虎太郎達に目線を向ける。

 視線の先では武者を翻弄する虎太郎の姿。


 けれど竜乃の援護があっても武者を一人で相手取るのは難しいのか、苦戦しているようだ。

 いつもよりも鬼気迫った雰囲気を彼から感じられる。


 その様子を氷堂はじっと見つめていた。

 彼女が今、何を考えているのか分からない。けれど気持ちは自分達と同じだと感じた。


「……氷堂さん、何か良い手はありませんか?」


 肩をおさえる氷堂に尋ねる。氷堂は首だけを動かし、望月を見る。

 いつもの無表情。けれどどこか悩んでいるように思えた。


「……撤退を推奨する」


 ポツリと氷堂が零した。探索者として退くべき時は退くというのは大事なことだ。

 けれど、その言葉は本心でないように思えた。


「……なにか、あるんじゃないですか?」


 氷堂の水色の瞳が両目とも右に動いた。

 反らすようなその瞳の動きは動揺しているようにしか見えなかった。


「否定、敵の方が強かった。だからここは――」


「氷堂さん」


 氷堂の言葉を遮り、望月は続ける。


「私達がこのくらいで諦めないことは知っていると思います。

 なにか……あるんですよね?」


「…………」


 氷堂は何も答えなかった。けれど、それが答えだった。

 彼女は何か策を持っている。そう確信し、望月が口を開こうとしたとき。


「攻撃が全く通用しないわけじゃない。事実あの子の黒雷はかなりの有効打。

 私とあの子で上手くやれれば可能性はある。けれど、この手は使えない」


 可能性のある一手。けれど使えないという一手。

 ここに来るまでの氷堂の発言を思い出し、望月は口にする。


「それって――」


 しかし答えを口にする前に、氷堂は間髪を入れずに答えた。


「私のシークレットスキルを使用すれば、私は解決できる。

 でも、それは貴女達には悪い影響を与える。だから撤退を推奨する」


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