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第164話 VS京都深層ボス

 木製の扉の先は、ただの広い空間だった。

 周りをぐるっと囲んだ高い塀は、視界の先にある最奥にも見受けられる。


 東京のTier1中層のように、奥に大樹があるわけでもない。

 けれど下層のように、何もないわけではない。


 背の低い雑草が綺麗に並び、淡い明りの中で風に揺れている。

 門を越えて、中へ入る。外から見たときは旧日本の武家屋敷のように思えた。

 けれど中には建物は何一つない。


 扉が、音を立てて閉まった。閂の入る場所は、空だった。

 念のために望月ちゃんが扉を押せば、それは軽々と開いた。


 深層とはいえ、ボス空間は通常通りのようだ。

 望月ちゃんが扉を確認し終えたのを見て、俺達も首を動かして奥へと視線を戻した。


 何もない円形の空間の奥で佇むのは、二人の少女。

 いや、少女型のモンスターと言った方が良いのだろう。ここはダンジョンなのだから。


 けれど彼女達は人間にしか見えなかった。

 真っ白な浴衣に身を包んだ姿は白無垢を纏った新婦というよりも、幽霊に近く見える。


 俺達から見て右側の少女は漆黒の闇を想起させる黒髪。

 左側の少女は、白髪を想起させる、しかしどこも痛んでいない見事な白髪だった。


 長さはどちらも同じで腰くらいまで伸びている。

 そして二人とも面を被っていた。顔を丸々覆う狐の仮面だ。


「あれが……深層ボス?」


 望月ちゃんはそう言葉を発しながら、用意していたモンスターチェッカーを黒髪の少女に向ける。

 これまでとは毛色の違う敵の姿にボスかどうか疑っているようだ。


 しかしモンスターチェッカーはピコンッという電子音を響かせた。


「モンスター名、一。はじめ……かな?どっちだろう。でもレベルは……1000だね」


 先ほど聞こえたのと同じ電子音が、もう一度響く。


「こっちは旧数字の壱。読み方は、いちみたい。レベルはこっちも1000」


 望月ちゃんと同じようにモンスターチェッカーを白髪に向けた氷堂が答える。

 ボスの名前は「一」と「壱」。これが何を意味しているのかは分からないが、目の前の二人の少女は京都ダンジョン深層のボスで間違いなさそうだ。


 二人の少女は、虚空から得物を同時に取り出す。

 全く同じ長さをした、刀だ。


 黒髪が手に取ったのは柄も刃も、まるで墨でも塗ったように黒い刀。

 白髪が手に取ったのは柄も刃も、まるで色彩を失ったように白い刀。


 二人は身の丈ほどある刀を両手でしっかりと握りしめ、構える。

 まるで鏡合わせのような二人の少女たちの姿。


(……太陽と月が)


 二つの天体がゆっくりと動き、太陽は白髪の側へ、月は黒髪の側へと移動する。

 あまりにも幻想的な光景に、俺だけでなく竜乃や望月ちゃんが息を呑んだのが分かった。


「黒をお願い。白は、私がやる」


「は、はい!」


 俺、竜乃、望月ちゃんで相手をする黒髪と同じ強さと思われる白髪を、氷堂は一人で相手取るつもりらしい。


 普通のパーティならば人数分けが間違っているが、俺達ならばこれでいい。

 氷堂一人で白髪を制圧できるだろうし、氷堂もまた、俺達なら黒髪に勝てると思っている。


 だから氷堂の敵は氷堂に任せ、俺は目の前の敵に集中するとしよう。


(……深層の……ボスか)


 東京では深層のモンスターに会っていない。

 ここ、京都ダンジョンではフロアモンスターは氷堂がほぼ一人で片づけた。


 けれどほんの数体戦ったフロアモンスターはそこまで強くは感じなかった。

 中ボスではなく、急な階層ボスが相手。さらには敵のレベルは1000と明らかに格上。


 もしも何かあれば、撤退するという気持ちはある。

 けれどそれ以上に、この初戦でボスを打倒するという気持ちの方が強かった。


(深層ボスがどれだけ強いのか、見せてもらおうじゃないか)


 体内を魔力で満たしながら、目の前の黒髪を睨みつける。

 同時に頭の中で5発の弾丸を込め、2発を回す。


 視界が、紫色に染まる。


 準備が完了した俺の姿を見て、ピクリと黒髪が反応した。

 仮面で表情が見えないために、感情は読み取れない。


 雰囲気も読み取れず、驚いているのか、力の差を恐れているのか、それとも嘲り笑っているのかも不明だ。


 黒髪は流れるような動きで刀を体の後ろに回す。

 遅すぎる動き。しかし次の瞬間、タンッと地面を蹴る音が聞こえた。


 同時、俺も飛び出す。紫電の力をもって、一瞬で最高速へ。

 周りの景色を置き去りにする中で、真正面の黒髪が腕に力を入れるのが見えた。


 斜めに振り下ろされる刀の軌道を見て、俺も右前脚の爪をそこに滑り込ませる。

 紫電でコーティングした、俺のほぼ全力の物理攻撃。


 例え深層のフロアモンスターであっても、直撃すれば大ダメージは避けられない。

 爪と刃がぶつかる。甲高い音を響かせてすぐに、金属の不協和音が耳へ。


 視界の先では、俺の爪と黒髪の振り下ろした刃がせめぎ合い、火花を散らしている。

 拮抗している俺と黒髪の力。しかし黒髪が、踏み出した足に力を入れた。


 一気に刃が重くなり、受け止めきれなくなる。

 力任せに押し出され、弾き飛ばされた。


『っ!?』


 弾き飛ばされたことに驚いた。

 これまで紫電での加速に爪での一撃は、毎回有利を取ってきた。


 そのまま俺が敵の防御ごと切り裂くか、あるいは弾かれても次の一撃は俺が先行か。

 その爪が、負けた。


 戦闘中に悔しがっている場合ではないというのは分かる。

 けれど俺には頼れる相棒がいるし、既にもう熱も感じている。


 少しの戦況分析や、反省、悔やみならばする時間があると、そう思っていた。


『いいの?』


 思っていて、良いわけなかった。

 聞こえた言葉に背筋が凍ると同時に、上空から降り注いだ竜乃の紫のブレスを、黒髪は一刀両断する。


 その光景が昨日のリースのようだと思うと同時に、ここでようやく先ほどの言葉が目の前の黒髪が発したものだと気づいた。


 Tier2のクイーン以来の、会話が出来るボスの登場に絶句すると同時。

 漆黒の刃が月明かりを反射して鈍い輝きを放った。


 いや違う、輝きを反射しているのではない。

 まるで月から力を与えられているかのような。


『■■の■■さん、つかまえた』


 鈴を転がしたような声だった。見かけ通りの幼い少女の声だった。

 けれどその声の中に、まるで化け物のようなどろどろとした声を聞いた。


 とても言葉では言い表せないような、おぞましい何かを声の中に感じた。

 仮面を被っているのに、心底楽しそうに、まるで子供が時間を忘れて遊ぶような声だった。


 体に、鋭い衝撃が走る。

 振り下ろされた刀で斬られたのは、奇しくも昨日のリースに斬られた時と全く同じ場所だった。


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