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第160話 その身に宇宙を宿すもの

 黒雷こくらい

 望月ちゃんが命名したこの技の性質は、竜乃の蒼いブレスに近い。


 魔法ではないが、遠距離攻撃ではある。

 けれど竜乃の蒼いブレスがシークレットスキルであるように、これもまた同じだと俺は考えている。


 例えば、俺よりも格下のモンスターを一撃で「即死」させる力を秘めていたり。

 出力を上げれば俺が操る紫電や、ブレイズエンドの威力を越えたり。


 さらには空から落としたり、一点から光線のように撃ち出したり、

 あるいは打ち出したものを枝別れするように分散させることすら可能。


 使用者である俺でさえ底が見えない黒雷。

 宇宙人のような強さを持つであろうリースに一矢報いるなら、これしかない。


(受けてみろ!)


 一直線にリースへと向かう漆黒の電撃。

 空中にいるリースはそれをみて、僅かに、ほんの僅かだが目を見開いた。


 右手の刀を握る手のひらに力を込め、叩き斬るモーション。

 しかしその途中で足が素早く動き、空気を蹴ってリースはその場から左に跳んだ。


 彼女が無意識に、黒雷の範囲から逃げたのだ。

 俺の頭の中で一つの天啓が閃く。魔法も紫電もダメでも、黒雷なら届くかもしれない、と。


『逃がすか!』


 それならば一気に畳みかけるしかない。

 相手は世界最強の探索者。人間という枠を超えた化け物。


 黒雷をリースに長く見せることは、攻略の糸口を与えることになる。

 だから黒雷の方向をキャンセルし、空を見上げる。


 視界に、滝口から落ちる水流が映った。

 視界の隅には、地面に着地するリースの姿。


 滝のイメージを持ったまま、リースの場所目がけて首を振り下ろす。

 俺の動きに呼応して、黒雷が落ちる。トールハンマー以上の面積で、可能な限り力を込めた全力の一撃。


 例えこれに対処してリースが四方八方どこに逃げても、黒雷で追い打ちをかけるつもりだった。

 枝分かれする黒雷なら致命傷は与えられなくても、足止めくらいは出来るかもしれない。


 それに相手の事を考えれば、この時の俺は落とした黒雷を避けられた後も、追尾する黒雷で追い打ちを仕掛けた後でさえも考えていた。


 可能な限り思考を巡らせ、あらゆる可能性に対処できるように、心の準備をしていた。

 リースが何をしてきても対処できるように、最悪の最悪すら考えていた。


「面白いな」


 考えていたのに。


 視界に、宇宙が現れる。

 リースを光が包み、彼女の輝く金髪の色が、得物の刀の色が、銃の色が黒へと変わる。


 いや、果てしない黒の向こうに星々の輝きを映す宇宙へと、切り替わる。

 右手を左側へ回し、膝を曲げて背を屈め、俺と目が合った。


「ふっ!」


 下から上への、直線的な斬り上げ。

 刀の切っ先は、ちょうど俺が放った黒雷の先端に当たり。


 真っ二つに、割った。


 軌道を強制的に変えられた黒の雷は行き場を失い、リースの立ち位置よりも少し離れた場所に落ちる。

 同時に宇宙を映す銃が俺を捉え、引き金が引かれた。目視できるだけで、回数は3回。


 しかし、弾が銃口から射出された様子はない。


(それなら、この一撃はさっきと同じ――!?)


 不可視の攻撃だと、そう感じた。だからこそ直感で避けようとした。

 けれど回避を行うよりも早く、弾が左の後ろ脚を掠った。


 痛みに咄嗟に動いたものの、次は横腹を掠り、背中に衝撃が走る。

 それだけではない。さまざまな角度から、見えない弾丸が次々と撃ち込まれる。


(どう……なって!?)


 内心で叫ぶものの、頭では分かっている。

 俺の体が反応できる領域を、弾丸は越えている。


 もうどこから来るのか、頭はおろか体でも分からないのだ。

 実力でも経験でも、運でもどうにもならない確固たる差を、見せつけられている。


「終わりだよ」


 地面を蹴る音が耳に入る。リースが前に出たことを、理解した。

 視界は血で染まって悪いものの、見えていたところで今のリースの刀を受け止められる自信はない。


 このままでは、俺はリースの刀に斬られる。


(何とかしろ! 俺!)


 自分に叱責。この状況を何とかするための命令を、俺自身に発する。

 材料はこれまでの歴史。それをもって、最適解を示せと。


 考える。

 風を切るリースの刀の音が聞こえる。


 考えて、また考える。

 風を切る音が、近づいてくる。


 それでもまだ時間はあると、何か策はないかと考えて。

 左肩に、鋭い、焼けるような痛みが走った。


『がぁっ!……』


 痛みを受けて初めて、俺は深くリースに斬られたことを知った。


(なにを見誤った!? 俺は、もう斬られて!?)


 混乱する頭。答えの出ない戦況。そして言うことを聞かない体。


『!?』


 視界に映る、彼方の切っ先を俺に向けるリース。

 止めを刺すために、それを突き出そうとしていることは明白で。


 そうなれば俺は敗北し、死ぬことは目に見えていて。

 だから。


『やら、せるかぁあぁあああああ!!』


 答えなど、待ってはいられない。

 体に命令を伝達、持てる全ての力をもって反撃せよ。


 動力は、生きたいという強い意志。


 目の前の化け物を何とかしなくてはならないという、いつか感じたときと同じ意志。

 その時は恐怖で塗りつぶされ、どこかで消えていってしまったけれど。


 けれど確かに、俺の中にあったもの。


 迫りくる刀の切っ先にをじっと見て、俺は何かを放った。

 それが何かは、放った時は分からなかった。


「これ以上は、認められない」


 声が耳に入り、視界を遮るように何かが俺とリースの間に入り込む。

 反射的に俺は放っていたものを止めようとしたが、止まらなかった。


「っ……」


 痛みを堪えるような声が、やけに大きく聞こえた。

 割り込んできたのは、一人の女性。日本最強の探索者、氷堂心愛。


 彼女の背中には、俺が放った黒雷が与えた傷が痛々しく残っていた。


「……これ以上やれば死人が出る。それは認められない」


 背中越しに、氷堂が言う。

 体は背中の痛みと、受け止めているリースの刀の重みで震えているようだ。


 両手を使って力の限り受け止めてくれたということだろう。


「…………」


 リースは、何も言わなかった。

 氷堂は畳みかけるように、声を荒げて叫ぶ。


「ここは、日本! 私は日本の探索者を護る義務がある!

 いくらあなたでも、これ以上は認められない……」


 魂をかけた叫びのように、思えた。


「……ふむ」


 小さく声が響き、氷堂が崩れ落ちる。

 咄嗟に近づけば、肩で息をしている。一方でリースはもう刀を下ろしていた。


「っ! 氷堂さん!」


 声が響き、望月ちゃんが駆けつける。

 すぐに回復魔法をかけ、氷堂の背中の傷が癒えていく。


 消えいく傷を見ながら、それを与えてしまったことに強い罪悪感を覚えた。


(俺がもう少しでも早く黒雷を止められていれば……ごめん、氷堂)


 謝罪の意を込めて彼女に体を擦りつける。

 少しだが、氷堂の纏う雰囲気が柔らかくなった気がした。


 傷が全快した氷堂は息を吐いて立ち上がり、リースと対峙する。


「それで、知りたいことは分かった?」


「あぁ、十分なほどに」


 先ほどまで斬り合っていたリース。

 しかし今の彼女の言葉には、喜びの色が混じっているように思えた。


「喜ぶと良いよ。この獣――いや、虎太郎と言ったかな? これは本物だ。

 今の段階で、各国の最強の探索者ともやり合えるだろう。もちろんお前とも」


「……そう」


 嬉しいことを言ってくれるリース。

 一方で、氷堂の言葉はそっけないものだった。


 リースは首を横に振り、色を元に戻す。

 宇宙は消え、綺麗な金髪や、美しい白銀の刀身が戻ってくる。


(理解不能な力だったけど、あれがリースのシークレットスキルってことか)


 思い出して強さに戦慄するのと同時に、リースは刀と銃を消してしまった。

 これで本当に、手合わせは終了ということだろう。


「ふむ、一応用事は終わった。もう日本に用はないから帰るとするよ」


(……はぁ?)


 急なリースの言葉に、俺は呆気にとられた。

 突然来訪して、手合わせを要求して、俺をボコボコにして、帰るという。


 嘘だろという感情が、俺の中に沸き上がった。


「……相変わらず、横暴」


「虎太郎というカードがワイルドカードだと証明してやったんだ。十分だろ」


「否定」


「……ふむ」


 リースは氷堂をじっと見つめていたが、避難するような目をする氷堂に、一言だけ呟いた。

 彼女は次に望月ちゃんの方を向き、腕を組んだ。


「確かに、虎太郎とだけ手合わせをして帰るではフェアではないか。

 それなら望月、何か一つだけ質問に答えよう。何か聞きたいことはあるかい?」


 無表情でそう告げたリース。氷堂に言われたので仕方なくという反応が目に見えた。


「……なにか、聞きたいこと」


 望月ちゃんはじっと考え込む。確かに、急に一つ聞けと言われてもなかなか出てこないものだ。


「なければないで別に構わないさ。帰るだけだからね。ただ、こんな機会は滅多にない。

 なんでもいいぞ?強さの秘訣とか、探索者としてのコツとか」


 話がなければそれで終わり。

 リースの心は、もうここにはないような、そんな感じがした。


「では、一つだけ」


「なんだ?」


 考え込んでいた望月ちゃんは聞きたいことが決まったようで、たった一つだけ質問した。


「Tier0について教えてください。リースさんが倒したものも含めて」


 リースの眉が、ピクリと動いた。


「……ほう?」


 心が、戻った。

 そうはっきりと分かるくらい、リースは望月ちゃんを見ていた。


 これまでも見ていたが、心ここにあらずな様子はない。

 質問をしてきた望月ちゃんに興味を抱いたような、そんな様子だった。


「面白いことを聞くね。いいよ、話そう」


 俺に一瞬だけ視線を向け、そして望月ちゃんに目線を戻し、リースは不敵に笑った。


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