第158話 世界一との邂逅
呼び出され目を開けば、ここが前回まで居たTier1深層ではないことに気づく。
だが、水面がテーマの上層でもないようだ。
(ここは、どこだ?)
そんな事を思っていると、呼び出してくれた望月ちゃんと目が合った。
帽子を深く被り、色の薄いサングラスをかけている。
「こんにちは虎太郎君、ここは京都のTier2上層だよ」
前回の話では今日はリースと京都のTier1上層で会うはずだったが、予定が変わったということだろうか。
そんな事を思っていると、気持ちを読み取ってくれたのか望月ちゃんは周りを見渡して小声で話す。
「最初はTier1上層でリースさんと会う予定だったんだけど、氷堂さんの提案で京都のTier2の中層で会うことになったんだ。
Tier1に入るのは私もリースさんも氷堂さんのゲストにならないといけないから、先に会っちゃうでしょ?
虎太郎君と竜乃ちゃんが一緒にいるときに後から合流した方が良いって。
私は大丈夫って言ったんだけど、ダメって言って聞かなかったんだ」
(……念の入れようがすごいな)
基本的に氷堂は念を入れることをしない。
特に考えることなく敵を斬ればいいとだけ考えているのがその最たるものだ。
けれど今回の一件に関しては、かなり考えを巡らせていることが分かる。
あの氷堂にそこまでさせるリースという人物は、どれだけヤバい探索者のなのか。
「まだ予定の時間までは結構あるから、今のうちに上層のボスをさっくり倒して中層に行っちゃおう。
……それにしても東京に比べて人が多かったなぁ。念のために変装してきてよかったよ」
Tier1ダンジョンに挑める探索者は少ないために、普段は自然体のままで望月ちゃんは探索をしている。
一方で、Tier2ダンジョンに潜る際には今回のように変装を念のために行っている。
最近はその変装も結構雑になってきていたのだが、今回はしっかりと行っていた。
「流石にすぐに竜乃ちゃんと虎太郎君を呼ぶわけにはいかないから、しばらく本当にソロで奥まで来たんだけど、変な目で見られちゃった。
昔は竜乃ちゃんと虎太郎君がいてもギリギリ探索できたのに、今じゃ余裕になっちゃったよ」
クスクス無邪気に笑う望月ちゃん。
彼女の言う通り、ここは上層でもある程度進んだところなのだろう。
他の探索者の気配は、皆無だった。
「それじゃ、さっくりと上層ボスを倒して中層の待ち合わせ場所に行こう」
『おう』『ええ、そうね』
Tier2ダンジョンの上層ボス、それを文字通り瞬殺し、俺達は中層へと足を進めた。
×××
京都のTier2ダンジョン中層。自然豊かな階層で、俺達は岩場に囲まれた滝つぼに来ていた。
指示された場所は穴場の様な場所らしく、周囲には他の探索者の姿はない。
水が跳ねはするものの、モンスターの姿も確認できなかった。
Tier2中層の敵くらいならば瞬殺なので、出てきても問題はないのだが。
「……そろそろ、時間だね」
端末を見ながら、岩に腰を下ろした望月ちゃんは呟いた。
『……虎太郎、なんで世界一位の探索者は来るんだと思う?』
『さあ、分かんねえよ』
『私も分からないわ。でもきっと、虎太郎に関することよ』
心底嫌そうな顔で竜乃を見ると、彼女は自信満々の雰囲気を出した。
『私、勘は鋭い方なの』
『……初めて聞いたけど』
『大体虎太郎が関係しているって思えば、当たるわ』
『…………』
それは勘とは言わない。
そう言いそうになったものの、竜乃の言葉を否定できないために押し黙った。
これまで、なにかイレギュラーな事件があれば真っ先に俺自身を疑った。
実際に関係があろうがなかろうが、俺の存在自体がイレギュラーなのだから仕方ない。
今回は、俺のただの思い過ごしなら良いのだが。
――ザッ
足音と共に、気配を感じる。
どうやら氷堂が来たようだ。足音の数は二人分、世界一の探索者も一緒のようだ。
望月ちゃんは岩から立ち上がり、足音の方を見つめる。
高くそびえる岩の壁の向こうから、氷堂が姿を現す。
そしてその後に続いたのは、一人の女性。
まず目に入ったのは、黒だった。
黒いズボンに、黒いブラウス。そして黒のロングコート。
黒一色で揃えた服装。しかし所々に赤が使われている。
そして次に目に入ってきた色は、金だった。
(……っ)
腰まで伸び、広がった金髪に、ぞっとするほど整った顔立ち。
世界のどこを探せば居るのかと思わせるようなプロポーション。
モデルのような美人だと、そう形容できる。
もしも彼女が人間ならの話だが。
(なんだ……この……人?)
自問自答してしまう。そのくらい、目の前の女性が俺には「人間」には思えなかった。
氷堂の事は、普通の探索者とは明確に「違う」と分かる。
それはエマやラファエルからも感じ取れたこと。
彼女達はかつての俺のような上位探索者とも違う、延長線上ではない別の次元にいた。
人間かどうか疑ったことも一度や二度ではない。
けれど彼女達は、そう思わせたとしても「人間」だと思った。
例え異次元に片足を突っ込んでいても、もう片方は「人間」だと。
だが、この人は「人間」というよりももっと別の、それこそ宇宙人のような。
「待たせた。紹介する。こっちが師匠――リース・ナイトリバー」
「……は、初めまして望月理奈です! 会えて光栄です!」
氷堂の紹介も、望月ちゃんの自己紹介も耳に入らなかった。
リースと呼ばれた彼女のヘーゼルナッツの瞳が、彼女が現れてから今までずっと、俺を見つめているからだ。
「…………」
「あ、あの?」
「師匠?」
全く反応を返さないことを不思議に思った望月ちゃんと氷堂。
それから少し遅れて。
リースは不敵に微笑んだ。
背中を、冷たい何かが急速に駆け抜ける。命の危機を、感じた。
しかし彼女は微笑むだけで、何かアクションは起こさない。
むしろ何かを待っているような、観察しているような、そんな。
「あ、あの……リースさん? なにか気になることでもあったでしょうか?」
「…………」
望月ちゃんの言葉に、ようやくリースは反応する。
笑みを消し、望月ちゃんの方を向いた。
「……君は?」
「え? も、望月理奈です……」
ついさっき自己紹介をした場合なのだが、再度紹介する。
望月ちゃんの言葉を聞いて動きを止めていたリースは、「ああ」と呟いた。
「君が望月か。会えて光栄だよ。リース・ナイトリバーだ」
「え? あ、ど、どうも……」
差し出された手のひらを、望月ちゃんはおずおずと握り返した。
手を離し、リースは竜乃と、俺を見た。
「こちらも紹介してくれるかな?」
「あ、はい! こちらが竜乃ちゃんで、こっちが虎太郎君です」
「ふむ、竜乃に虎太郎か。良い名前だ」
そう言うものの、リースの視線はずっと俺に釘付けになっている。
「それに……実に強そうだ」
俺ではない何かを見るような瞳で、リースはそう言った。
世界最強の探索者、リース・ナイトリバー。
俺が彼女に対して最初に抱いた感想は「氷堂以上に分からない」、だった。