第156話 下層突破と思わぬ相手からの着信
京都のTier1ダンジョン中層のテーマは、古代文明だった。
立ちはだかったボスは、巨大なゴーレム。
この世には存在しない材質で作られたそれは、暴走したことを示すように真っ赤に光る眼を持ち、襲い掛かってきた。
鋼鉄のボディは固く、太い腕から繰り出される一撃は重いのだろう。
なぜ「だろう」なのかって?
我らが日本No1探索者、氷堂が一閃の元に斬り裂いたからだ。
戦闘が始まるや否や、彼女は見慣れた動きで前へ。
そして上層ボスの時と全く同じフォームで剣を振るった。
脱力した状態で振り下ろされた剣。
巨大なゴーレムに斜めに亀裂が入り、重力に従って落ちるまでが全く同じ。
強いて違いを挙げるとすれば、今回の敵であるゴーレムは氷堂の何倍もの巨体だったことくらいか。
にもかかわらず、氷堂は同じように斬るだけでゴーレムを一刀両断した。
剣から斬撃でも出ているに違いない。
そんなわけで、正直俺達が必要なのかと思うスピードで上層と中層を突破し、現在は下層にいる。
俺達があれだけ苦戦した下層のフロアモンスターも、氷堂にすれば雑魚同然。
たった一撃で倒すのは変わらないものの、少しだけ彼女の剣を持つ手に力が入ってきた。
そして現在、下層のボス地域である山の頂上で、俺達は巨大な竜と相対している。
「斬る」
共にダンジョンに潜ってから何度も聞いた掛け声とともに、氷堂が前に出る。
敵は京都Tier1ダンジョンの下層ボス。金色の鱗が特徴の巨竜だ。
名前は、『終末の竜王』というらしい。
下層のテーマは竜に滅ぼされた世界で、中ボスは3体の巨大な竜。
そして階層ボスが、それらを統べる王にしてこいつなんだとか。
氷堂は右側に走り、ジャンプして剣を下から上に勢いよく振り上げる。
どういった仕組みになっているのかはさっぱりだが、それだけで巨竜の翼に線が入り、左の翼が根元から切断される。
血を吹き出しながらうめき声をあげる巨竜。
しかしその巨体故か、まだ命はあるようだ。それどころか、切断された翼に光が集まっている。
東京の下層ボスは無限に増殖したが、この竜王は無限に再生するのだとか。
なら、それ以上の力で押しつぶせばいいのではないだろうか。
俺は体内に魔力を集中させ、トールハンマーを放つ。
ちょうど竜王がギリギリ収まる大きさに設定し、出力を最大に。
面で落ちる、俺の十八番ともいえる雷の魔法。
それをさらに改良する。一発では生ぬるい。3発を、時間差で落とす。
『もう一つ、もってけ!』
止めとばかりに黒雷を最大火力で発動。
トールハンマーで地に伏せていた竜王を押し潰すように、黒が落ちる。
全てを塗りつぶす黒が、じわじわと竜王のHPを削っているのを幻視した。
ただ削るのではなく、食らうように。もう回復がしないように、HPが砕け散っていく。
「斬る」
竜王の首元に跳んだ氷堂が、剣を振り抜いた。
白い線が竜王の首に走り、ゆっくりと落ちていく。
「まだ、斬る」
目にも止まらぬ速さで、数閃。おそらく数は19。
それだけの斬撃をもって、氷堂は竜王の頭を細切れにした。
俺の黒雷でHPを蝕まれ、氷堂の剣でバラバラにされた竜王のHPが持つはずもない。
敵は地面に伏したまま動くことなく、その体を灰へと変えていく。
驚くほどあっさりと下層のボスを倒してしまった。
“うおぉおぉぉおお!圧倒的だぁ!”
“氷堂さん強い!虎太郎の旦那も強い!”
“マジで敵なしじゃん!こんなん、京都ダンジョン攻略待ったなしだろww”
この圧勝は、東京の下層で俺が黒雷に目覚めたからというのもある。
でもそれ以上に、氷堂の実力が高すぎた。
下層のボスを相手にしても一撃で大ダメージを与える火力。
まるで豆腐のように敵を細切れにするほどの技術。全ての水準が、探索者どころか人間の域を越えている。
「驚いた。まさか、ここまでとは」
視線を向けると、氷堂は自分の剣を持つ手を見つめていた。
驚いたと言っているけれど、表情はいつもの無表情だ。本当に驚いているのか?
「以前はここまで一方的ではなかった。貴女の援護魔法はレベルが高い」
「そ、そうでしょうか?氷堂さんはテイムモンスターではないので効き目が薄いと思いますし、氷堂さんが強いんだと思います」
「ふむ……」
あまり納得いっていないようだが、氷堂は一旦望月ちゃんから視線を外して、俺を見た。
「キミもやっぱり凄い。将来が楽しみ」
『あ、ありがとう?』
褒められるのは嬉しいが、相手があの氷堂だと素直に喜んでいいのか困る。
少なくとも今のところは、彼女一人で十分なようにしか思えないからだ。
そんな思いが通じたのか、氷堂は無表情のまま首を横に振る。
「圧勝できるのもここまで。深層ボスのレベルは1000らしい。
私のレベルよりも上の敵と戦うなら、こんなに簡単にはいかない筈。
だから、キミの力を貸してほしい」
『……ああ』
フランスのカヌレ夫妻も、Tier1深層のボスには苦労したという。
視聴者が名付けた氷堂リニアもここまでということだ。
この先の戦いは、俺達と氷堂の全員が本気で挑まなくてはならなくなる。
特に次のボスに関してはこれまでと違い、全くの未知の相手だ。
いくら氷堂というワイルドカードが味方にいるとはいえ、初見で勝つには厳しいのは想像に難くない。
「そういえば、レベルは?」
「うーん、やっぱりゲスト機能にパーティも組んでいるので経験値の入りが悪いですね。
レベルが1上がったくらいでしょうか」
「そこは本当に申し訳ない」
「いえ、私達も良い経験になっているので大丈夫です。むしろお礼を言いたいくらいですよ」
「そう言ってもらえて、助かる」
氷堂と望月ちゃんの雰囲気は以前からそうだが、京都ダンジョンに挑み始めてから一段と良くなっている。
これから深層に挑むというのに、望月ちゃんに緊張の色が見受けられないのは氷堂という存在がいるからだろう。
だがその一方で、やや不満を抱いているモノも。
『うー、出番がないわぁ……』
望月ちゃんのテイムモンスター、竜乃は口を尖らせてぼやいた。
上層から中層までの敵は氷堂が一刀両断。
下層に入ってからは俺が手を出す場面も増えたが、その頃には竜乃ではややレベル不足になっていた。
結果として京都ダンジョンに挑んでから一週間程度立つものの、竜乃が戦った回数は0回である。
望月ちゃんも戦闘回数は0回だが、こちらは毎回俺と氷堂に支援魔法をかけてくれているので別と考えるべきだろう。
『どうなんだろうな。深層に行けば望月ちゃんのレベルも上がるか……あるいは深層ボスを倒すまでは上がらない可能性もあるよな』
『そうなのよね……分かってはいたけど、虎太郎との差を埋められないのは辛いわね。
良い経験になるし、必要なことだっていうのは分かっているんだけどね』
『望月ちゃんも言ってたけど、京都ダンジョンを攻略して東京に戻った後は少しレベリングだろ? それまで少しの辛抱ってことだろ』
『あら?気楽に言ってくれるわね。元凶さんの癖に。このこのっ』
『どうしろって言うんだよ……』
正論を言ったら拗ねられて、頭をペシペシされてしまった。
竜乃としても本気で拗ねたわけではなさそうで、じゃれているような印象だ。
『……待ってるからな。お前が来るの』
なんとなくそう告げると、竜乃は目を見開いて叩く手を止めてしまった。
少し偉そうだったか。そう思ったものの、竜乃はにっこりと笑う。
『あら生意気。すぐに行ってやるから、待ってなさいよ』
――ピリリッ
電子音が響き渡る。
そちらを見てみれば、どうやら氷堂への電話のようだ。
電子音は大きくなり、音楽が続く。着信音に独特なメロディを設定しているようだ。
それにしても、やけに重々しくて暗いメロディだなと思っていると。
氷堂が今まで見たことがない程目を見開き、顔を蒼くしていた。
ここまでずっと無表情だった彼女の、大きな表所の変化。
思わず大丈夫かと聞きたくなりそうな様子だが、ゆっくりと氷堂は腕を動かし、ポケットから端末を取り出す。
端末の液晶を見て、はっきりと眉を下げた氷堂は一回だけタップし、耳へと持っていく。
「なに?……いや、それは……肯定……否定、そういうわけでは……ごめんなさい」
あの氷堂が電話口に謝罪しているという衝撃的な光景に、俺は目を見開く。
思わず望月ちゃんは配信を切ってしまっているくらいだ。
「……肯定……明後日は……否定……なんでもない……了解した」
電話を切り、氷堂は深く息を吐く。
端末をポケットにしまい、こちらへと近づいてくる。
「…………」
目を伏せ、困ったような表情を浮かべる氷堂。
珍しく感情の籠った様子に、望月ちゃんも心配そうだ。
「すまない、ダンジョン探索は一時中断したい。別件が入った」
「大丈夫ですか?私達は大丈夫ですから、お気になさらずに――」
「否定。別件が入ったのは私だけでなく貴女達も。会いたいという人がいる」
「……はい?」
急な氷堂の言葉に、望月ちゃんは思わず返してしまった。
「リース・ナイトリバー。アメリカの探索者が、会いたがっている。明後日、来日するとか」
その名前に、望月ちゃんも俺も、目を見開いた。
リース・ナイトリバー。それは世界最強の探索者の名前。
世界で唯一Tier0を討伐した探索者の名前でもあった。