第154話 京都ダンジョン、攻略開始
俺が次に望月ちゃんに呼ばれたのは、これまでとは全く違う階層だった。
一面に水の張られた、けれどその全てのすぐ下に大地のある不思議な階層。
京都のTier1ダンジョン上層。テーマは水面だそうだ。
水の上に数々の蓮の葉が置いてある様子は幻想的だった。
「皆さんこんにちは!京都Tier1ダンジョン攻略、今回からやっていきます」
「肯定。よろしく」
カメラドローンは既に起動し、これまで見たことのない数の視聴者が見てくれている。
日本のNo1探索者の氷堂と、自分で言うのもなんだが彗星のごとく現れた俺達。
この二組の組み合わせ程、日本の探索者界隈で盛り上がるものはないだろう。
“楽しみにしてた!”
“つーか氷堂さんが戦ってる姿が配信に映されるの、初めてじゃね?”
“こんな日が来るなんて……マジで速い段階からモッチーを推しててよかった”
“氷堂さんの強さ別次元なんでしょ?マジで楽しみなんだけど”
“今日は上層からだけど、もうボスに挑めるんでしょ?速攻で突破するでしょ”
「氷堂さん、このまままっすぐ進んでボスのいるところに良くでいいんですよね?」
「肯定。この前も言ったが、施設も地域も行く必要はない。
直接ボスの所に行って、斬るだけ」
これまでは先頭を歩いていたのは俺だったが、ここは京都のTier1ダンジョン。
慣れている氷堂が先陣を切って歩き始めた。
×××
流石に一日でとはいかなかったものの、過去最速のペースで俺達は京都のTier1ダンジョン上層のボス部屋前にいた。
目の前には木々で囲まれた壁と、葉に覆われた扉。
「ついた」
扉を見つめて、氷堂がぽつりと呟く。
“いや、流石にハイペースすぎるでしょww”
“ここに来るまでのフロアモンスター、全部氷堂さんが一撃”
“氷堂さんにとってはTier1上層は散歩道なんだなって、理解させられたわ”
“それに驚いていないモッチー達も、もう次元が違う”
“フランスで最上位探索者と交流したんだから、そりゃそうか”
“フランスから帰ってきてからというもの、また一皮むけた感じがするよなぁ”
ここに来るまで、出現したモンスターは全て氷堂の一振りの元に灰へと帰っていった。
氷堂のレベルは900後半。それに対してフロアモンスターのレベルは600台。
300以上のレベル差があるのだから、氷堂にとっては雑魚でしかない。
そしてそれは、俺達にとっても同じこと。
「この先は1対1のボス戦。さっくりと倒して、中層に行く」
「そうですね。レベルも東京のTier1上層と同じくらいですし、問題なく勝てると思います」
“Tier1上層って、全探索者からすると難関だろ?”
“そもそもTier1に挑める探索者が上位何パーセントっていうレベルだが”
“Tier1上層ボスに挑むのにこんなに余裕なパーティ他にないだろ”
“下手したら下層ボスまで全部この調子かもしれないからな”
“これから先氷堂さんとモッチーの戦いがずっと見れると思うと、マジでテンション上がるわ”
葉の扉に手をつき、氷堂は扉を開く。
先には水面の広がる空間。その中央には巨大な蓮の葉が。
おそらくあれが、東京のTier1上層ボス部屋での闘技場と同じ、戦場なのだろう。
その証拠に部屋の奥には人型のモンスターが4体立っている。
こちらは氷堂、望月ちゃん、俺に竜乃で2人と2体。
向こうの数が同じということは、あれがボスということか。
人間とは違う真っ青な肌に、体を縦に半分に割って、右側が男性、左側が女性という歪な姿をしている。
顔はなく、のっぺらぼうだ。さらに腕も4本生えている。金の装飾が施された衣服が印象的だった。
「相手は4体。いずれも私達の敵じゃない」
「ちょっと気味が悪いですが……さっくりと倒して次の階層に向かいましょう。
まずは私達からやっちゃいますね。虎太郎君、お願いできる?」
『任せてくれ!』
望月ちゃんに小さく吠え、俺は配信のカメラドローンにも目を向ける。
“お、虎太郎の旦那こっち見た”
“うーん、いつ見てもいい獣”
“改めて見るとマジでカッコいいよな、旦那”
“旦那、いつも通りさっくりと片付けてくれー”
“切り込み隊長、いけー!”
沢山の人から応援を受けて、俺は巨大な蓮の葉へと飛び乗る。
4つの脚で、水が跳ねた。冷たい感触が手足に広がった。
向こうにも、静かに影が着地した。
四つの腕には多種多様な剣が握られている。前衛タイプのボスということだろう。
はるか上空に光が集まっていく。
太陽の光が射した戦場にも関わらず、その光はよく見えた。
文字が、出来上がっていく。
【試練に挑むモノよ。最初の試練だ。■■■■■■■■■■■の敵は、異形の兵なり】
(そういえば……)
以前東京のTier1上層のボスに挑んだ時にも、こんな文字が出た気がする。
俺を表すであろう部分は、文字化けが激しくて解読できなかった。
あの部分にはどんなことが書かれているのか、気になるけど答えが得られないことも知っている。
光の文字が消え、その後に水泡が集まっていく。
水泡は集まり、水の球体を形成。その量は次第に大きく。
これが落ちた瞬間が、試合開始の合図なのだろう。
四肢に力を入れて、心の準備を行う。
そして。
まるで雨上がりの日に葉っぱから水滴が落ちるかのように、水面へと落ちた。
1対1の上層ボス戦。
俺、竜乃、望月ちゃんの順で3連戦し、その全てを圧倒的な力でねじ伏せ、バトンを氷堂へと渡すことになる。
×××
探索者海外交流プログラムは日本限定のものではなく、似たものは他国にも存在する。
それはフランスにも中国にも、もちろんアメリカにもある。
とある高層マンションの最上階。そこで一人の女性が椅子に座り、端末を操作している。
背中まで届く輝くブロンドヘアに、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む理想的な体のプロポーション。
そしてどこまでも人間離れした雰囲気を持った彼女は、アメリカの探索者交流プログラムの対象者である。
端末を耳に当て、電話を数コール。
間もなく応えたのは、明るい声だった。
『もしもし? リース?』
「エマ、久しぶりだね。今年の交流プログラムだけど、フランスにしようと思っているんだ」
電話口の相手はフランスの最上位探索者、エマのようだ。
女性はフランス行きを告げることでエマから喜びの声を引き出せるかと思ったのだが、反応は異なっていた。
『あら? 貴女はてっきり日本に行くものかと』
「日本? どうして?」
確かに日本には弟子がいるものの、つい一昨年行ったばかりだ。
いつまで経ってもダンジョンの仕組みに待たされていて不憫だと思うくらいで、得られるものがないために選択肢にすら入っていなかったのだが。
『……ココアから何も聞いてないの?貴女なら興味を持つかなと思ったんだけど』
「何の話だ?」
『すっごく将来有望な子がいるのよ』
「へえ?」
面白いという感情を隠すことなく、女性は声を発する。
エマはフランスの最上位探索者。そこらへんの探索者とは訳が違う。
彼女が将来有望という言葉を使う相手は多くはない。
日本に弟子以外にそんな逸材が眠っていたとは。ここ数年で出てきたのか。
『望月理奈という名前で配信をしているらしいわ。気になるなら見てみるといいわよ。きっと貴女も気に入る筈だわ』
「モチヅキ……リナ……」
メモを取る。
「配信というのはあまり好きではないのだけれど、まあいい。見てみるとするよ」
『えぇ、もしも配信を見て、興味が湧かなくてフランスに来たいなら連絡を頂戴。
そのときはいつも通りもてなすわ』
「ありがとう」
電話先のエマに礼を告げて通話を切る。
すぐにPCを起動し、配信サイトへ。
「モチヅキの漢字はきっとこれで、リナは適当に打ってれば出てくるだろう」
名前を入れる前に、サジェストで候補が出てきた。
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【Tier1下層、ボス戦まで】というシンプルなタイトルだ。
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世界最強の探索者、リース・ナイトリバー。
彼女が初めて、虎太郎という存在を知った瞬間である。