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第149話 無限の増殖

 視線の先でゆらゆらと浮かぶような動きを見せる『存在しない起源』。

 その姿はとてもシンプルで、かつ現実世界では単細胞生物と呼ばれるものに近い。


 単細胞生物を強いと判断する人はいないだろう。

 強いというイメージを抱く人もいない筈だ。けれどここはダンジョン。


 人と同じくらいの大きさの『存在しない起源』のレベルは900。

 間違いなく奴はこの下層のボスであり、強敵でもある。


「虎太郎君! お願い!」


『おう!』


 まずは奴の出方を見る必要がある。

 透明な床を蹴り、前へ進む。驚くほど軽い体に、一瞬で間合いを詰めてしまった。


(っ……進化して出力がおかしくなってる……)


 本来は二歩で詰めようと思っていた距離を一歩で詰めてしまった。

 二歩目を踏み出して通り過ぎそうになってしまうのを必死で堪える。


 ややバランスを崩してしまい、咄嗟に右前脚を振るう。隙だらけの一撃だった。

 けれど奴は何もしなかった。攻撃をすることも、魔法を放つことも。


 俺の爪が奴を捉える。

 奴の体から水泡が割れるような音が響き、上下に割れる。


(なんだ……こんな簡単に?)


 そう思った瞬間に、奴が動きを見せた。

 上下に割れた奴の体の上側、核のない側に、核が新たに出現。


 上側と下側が共に大きくなり、並び立った。

 奴が、二体になった。


 俺は反射的に、爪を右側の奴の核に突き立てた。

 奴の構成は体と核のみ。ならば核を砕けば増えないのではないかと思ったのだが。


『マジか……』


「ふ、増えてる……」


 核が砕け散った後に奴の体ははじけ飛び、『8つ』に分裂する。

 それぞれが核を持ち、奴は奴らへと変貌した。


 これ以上は無駄と判断し、俺は一旦望月ちゃんの元へ戻る。

 奴らは、ただ不気味にじっとこちらを見ているだけ。


「切り裂いたり、核を攻撃するでもダメ……それなら、竜乃ちゃん!」


『燃やし尽くしてあげる!』


 大きく口を開け、竜乃は紫のブレスを放つ。

 炎の奔流は奴らの内の一体に命中。その透明の体を燃やす尽くす。


 望月ちゃんのレベルは未だに700代後半。対して奴らは一体一体が900レベル。

 差が100以上あるために、竜乃のブレスをもってしても一撃というわけにはいかない。


 やや時間をかけて、じわじわとダメージを与えていく形だ。

 けれど時間をかけて、奴らの内の一体を燃やし尽くすことに成功した。


 燃やし尽くして、分裂せず、やっと俺達は奴らの内の一体を倒すことに成功したのだ。


(広範囲の攻撃で一気に消滅させるしかないのか……)


 どうやら近接の探索者泣かせの性能のようだ。

 奴ら一体の大きさを丸々飲み込める程の広範囲な攻撃が必要ということだろう。


 だが、それなら時間はかかるが何とかなると思ったとき。

 奴らの色が透明から赤へと変わった。怒りを表しているようだ。


『冗談でしょ!?』


 奴らの全てが震え、それぞれの個体から新しく奴らが生まれてくる。数が、二倍になった。

 そして全部が揃った動きでこちらへと向かってくる。


『一気に倒せばいいってことだろ!』


 準備していた魔法を発動。上級魔法、トールハンマーが急速に展開し、奴らに落ちる。

 面で落ちる雷が、奴ら全員を捉える。これで終わりだと、轟く。


 上から押しつぶす雷の鉄槌。それを受けて上下に縮まった奴らは次の瞬間。

 弾けるように多数に分裂した。二倍の比ではない。4倍、いや6倍か。


 数えきれないほど増えたやつらが、こちらへの進軍を開始する。

 トールハンマーをぶつけた筈なのに、数は減らない。それどころか増えている一方だ。


「ま、魔法だと増えちゃうの!?」


『魔法の耐性持ちなのか!?』


 増えたことも問題だが、魔法が通用しない可能性があるのが一番の問題だ。

 もしそうなら、俺達にとっては一番痛いところを突かれる形になる。


 遠距離攻撃、または近距離攻撃での有効な広範囲攻撃を、俺達は所持していない。

 竜乃の炎はそれに近いが、レベル差ゆえに威力が足りていない。


 奴らが、殺到してくる。


『竜乃! ちょっとだけ時間を稼いでくれ!』


『無茶言うわね!』


 竜乃に一時任せ、俺は体内に魔力を練り上げる。

 これまでは時間がかかっていた魔力が、まるで噴水のように湧き上がってくる。


 進化したことで全てのスペックが格段に上昇しているらしい。

 このペースなら、すぐに準備は整うはずだ。


「ダメ! 数が多いし固い! 虎太郎君、そんなに持たないよ!」


 俺と竜乃に必死に支援魔法を送っていた望月ちゃんが叫ぶ。

 彼女の言う通り、竜乃のブレスを受けて2、3体は消滅しているが、奴らが増える方が早い。


 どれだけ数を減らしても、増やし続ける一方だ。


『任せろ!』


 魔法が通じなくても、トールハンマーで奴らは縦に縮んでいた。

 それなら、魔法の力は受け付けるということ。それなら、吹き飛ばせばいい。


 俺の背後から、巨大な津波が押し寄せる。

 水の超級魔法、グランドウェイブ。急ごしらえゆえに威力はあまりないものの、形にはなっているので押し流す力はある筈だ。


 これで奴らを引き離し、時間を稼ぐ。

 そう思ったのだが。


『おいおい……』


 津波は、奴らを飲み込んだ。

 けれどその中で、奴らは依然として前に進んでいた。


 押し流されることもなく、数を増やしながらただ前へ。これはつまり。


『さっきは縮んでたじゃない!どういうことよ!』


 縦には動きを見せるが、横には見せないのか。

 あるいはそもそも吹き飛ばすような距離を取らせる攻撃が無効なのか。


 答えは分からないものの、マズイことになった。

 奴らはもう、俺達の目と鼻の先だ。


『竜乃! 可能な限り燃やし尽くせ!』


『虎太郎!あんたどうするの!?』


『何とかするしかないだろ!』


 出来るか分からないが、やるしかない。

 頭に弾を3発込め、一気に全て回す。体に紫電が走り、紫のオーラを顕現させて敵陣へと突っ込んだ。


 小さな一撃では奴らは分裂する。だから大きな一撃で消滅させなければならない。

 爪に紫電を可能な限り走らせて、一閃。上から下に、巨大な雷を振り下ろす。


 広がった紫の雷の刃は、奴らの内の2体を巻き込み、消滅させた。


(よし! ――!?)


 手答えを感じたのも束の間、俺はすぐに異変に気付いた。

 俺は今紫電のオーラを展開している。これは当然、紫電と性質は同じで触れたものを攻撃する。


 俺が二体を倒す間に、俺に殺到した奴らが紫電を受けて分裂し、数を増やしていた。

 俺の意志ではどうしようもない攻撃で、奴らが数を増やす。


 これでは減らしても減らしても、キリがない。

 どうする?紫電を止めるか? いや、それでは有効打を打てなくなる。


 けれど有効打を打ったところで数を増やすなら意味はない。


『虎太郎!マズイわよ!』


 竜乃の言葉にハッとする。

 気づけば奴らは増えに増え、この蒼い深海を埋め尽くすほどになっていた。


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