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第148話 幻想の起源

 これまでとは全く違う動きを見せる人形。

 俺の視線を追い、望月ちゃんと竜乃も振り返って人形を見る。


 彼女達が驚いた瞬間に、さらに人形は動きを見せた。

 両手を広げる姿を確認。


 この状況で、人形が敵になるかもしれない。そう思ったとき。


「ゲートを開きます」


 その言葉を最後に、人形が伸びた。いや、人形自体が形を変えた。

 縦方向に伸び、腕も足も顔も、何もかも崩れていく。


 ホラーな光景に口元をおさえる望月ちゃんの姿が、印象的だった。

 人形は原形を留めずに変形を繰り返し、やがて真っ白いフレームの楕円形となった。


 その中には、波打つ水面のような白銀が広がっている。

 探索者が使用するダンジョンからの出口のようにも見えた。


「……ど、どういうこと?」


 戸惑った声を出す望月ちゃん。俺が聞きたいくらいだ。

 下層を周回するモンスターを倒したら、人形がおかしくなった。


 意味が分からないと首を傾げるしかない。

 望月ちゃんは振り返り、ピクリと反応する。


「あっ……虎太郎君、また大きくなったんだよね。おめでとう」


『人形が衝撃的すぎて言うのを忘れてたわ。虎太郎、おめでとう』


『あ、ああ……』


 そのとき、俺は自分の視界が高い理由にようやく気付いた。

 体が一回り大きくなっている。進化したということだろう。


 あれだけ巨大なモンスターと戦ったにもかかわらず、体には力が満ちている。

 もしまた同じ巨大なモンスターと戦っても勝てる気がした。


「えっと……どうしようか?」


 俺達と顔を見合わせる望月ちゃん。しかし俺も竜乃もこの状況についてこれていない現状だ。

 それを悟ったであろう望月ちゃんは、視線を配信ドローンへと向ける。


“わい、情報多すぎてついていけない”

“虎太郎の旦那がめちゃくちゃ強くなってスゲーって思ってたら人形がヤバいことになってた”

“デカくてスゲー。虎太郎の旦那スゲー。人形ヤベー。どうすんのこれ←いまここ”

“ゲートとか言ってなかった?”

“ゲートってことは、門ってことでしょ?なんかダンジョンからの出口に似てない?”

“入れるってこと?いやでも人形の中に入るって大丈夫か?”

“入った瞬間に消滅なんてことにならないだろうな……”

“流石にダンジョンのギミックだから大丈夫だとは思うけど……”

“ミヤ:望月さん、そのゲートとやらが消えそうな気配はありませんか? もしあるなら、出来れば入って欲しいのですが”

“キミー:いや、流石に危険すぎる。せめて一度ダンジョンから出るべきじゃないかな”


 コメント欄も人形の急な奇行に驚いているようだ。

 そしてゲートに入るかどうかは完全に意見が分かれている。


 これまでは意見が一致することが多かった神宮さんと優さんの意見も分かれていた。

 ゲートに入るべきか、一度撤退すべきか。


 少しだけ近づき、じっとゲートを見つめる。

 見た感じ、ゲートが小さくなっている様子や、色が薄くなっているような様子はない。


(今日はまだ巨大なモンスターを倒しただけで俺達にも余力はある。

 回復を済ましてこの中に入るっていうのも悪くは無いけど……)


 ふと、ゲートの周りの白いフレームが目に入った。

 頭を過ぎるのは、俺達の後をついてきた人形の姿。


 このゲートは人形が作った。もしそうならば、ひょっとしたら。


 そう思った俺はすぐさま踵を返し、望月ちゃんの元へ。

 その背を押して、この場から離れるように促した。


「わっ、虎太郎君……分かった、分かったか――え?」


 彼女を押し出してみれば、俺の方を見ていた望月ちゃんが言葉を止めて目を見開いた。

 その声に俺も振り返り、予想外の光景に眉を下げる。


 人形とは違い、ゲートは俺達については来ず、その場に佇んでいた。

 形が変わり人形とは性質が全く異なってしまったということだろう。


 そうなると次回はまたここまでくる必要がある。

 それに、その時まで残っている確証もない。


“キミー:むぅ……こうなると、行かざるを得ないか。けど望月ちゃん、十分気を付けてね”

“ミヤ:今のうちに出来る限りの準備をしておきましょう”


 コメント欄の神宮さんと優さんの言葉に望月ちゃんは頷く。

 端末を取り出し、竜乃や自分の現在のステータスを確認しているのだろう。


 一通り確認し終わったであろう彼女は端末をしまい、俺に近づく。

 体に触れ、優しく撫でながら様々な角度から俺を見る。


 右前脚を持ち上げて確認を終えた彼女は前足を優しく置き、配信ドローンに振り返る。


「私も竜乃ちゃんも虎太郎君も、大丈夫そうです。

 今日はさっきの大きなモンスターと戦っただけなので、余裕があります」


“ゲートに入るってなると、ちょっと緊張するな”

“これまでダンジョンにこんなの出たことなかったよな。初ってことか”

“これが下層のギミックならいいけど”

“次元の狭間とかに飛ばされるような即死系ギミックじゃないことを祈るしかない”


 縁起の悪い事を言うなぁ、と思いつつコメント欄から目線を外してゲートを見る。

 これまでの人形と同じように、変わることなくそこにある。


 このゲートを越えた先にあるのは、何か。

 不安もあるが、ワクワクもあった。


 俺を先頭に、次に望月ちゃん、その後ろに竜乃と並ぶ。


「入ります」


 望月ちゃんの言葉を聞いて、足を進める。

 目を瞑ることもなく、悠々と俺はゲートの中へと入っていった。




 ×××




 ゲートの中は光で満ちていた。

 背後では望月ちゃんと竜乃の気配を感じている。


 念のために振り返ってみれば、いつもの二人の姿が目に入る。

 しかしその奥で、入ってきたゲートが閉じられた。


「っ……閉じました」


 望月ちゃんの視線を追えば、配信ドローンは正常に動いているようだった。

 コメントも書き込まれているのが確認できる。まだダンジョンの中なのは間違いないらしい。


 光が、晴れていく。まるで雲が晴れるかのようにゆっくりと。

 全ての白が晴れたときに、俺は自分がどこに居るのかを理解した。


 一面の蒼。はるか上方から降り注ぐ太陽の光。

 そしてはるか下方には、全く先の見えない暗闇が広がっている。


「海の……中?」


 そう、ここはおそらく深海だ。けれど、なぜゲートの先が深海だったのか。

 それに疑問はまだある。ここは深海だが、俺達はしっかりと地に足をつけている。


 つまり、透明な床があるということ。

 それならばここは深海ではなく、深海を模した場所ということだ。


 そんな場所を用意できるのはダンジョン以外にあり得ないけれど、なぜ深海なのか。

 下層のテーマである幻想生物とどんな関係があるのか。


(……? なんだ、あれ?)


 俺は少し遠くに、姿を確認した。

 半透明の白いシルエットは、いつだかテレビで目にしたクリオネのようだった。


 だが頭も手もない。達磨のような形をしていた。

 中央に、青白く輝く核のようなものがある。絶え間なく光を発している。


『……あれが、元ってことなんじゃない? さっきまで戦っていた、全ての幻想生物の』


 竜乃の言葉に、俺は合点がいった。

 下層のテーマは幻想生物。つまり現実には存在しない生き物だ。


 ならばその祖先である生物も、現実には存在しない生き物の筈。

 現実では生物の起源は海だって聞いたことがある。


 なら、幻想生物の起源もこの深海にいる、あの細胞ということか。


『……なら、つまりあれは』


 俺が答えを口にする前に、ピコンッというモンスターチェッカーの音が響いた。

 振り返らずに、望月ちゃんの言葉を待つ。


 幻想生物の起源など、この下層のテーマの元になるものだ。


「名前は『存在しない起源』。レベルは……900」


 この下層のボスとして、あれほどふさわしいモンスターは居ないだろう。

 視線の先で白い半透明の影が、不気味に揺れていた。


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