第146話 押してダメなら壊してみる
Tier1下層。かなりの期間探索しているが、全く進展がないのは初めてだ。
中層のように地域があるなら、そこに行けばいい。
仮に行かなくても、階層ボスの場所に行けば次にするべきヒントは出てくる。
けれどこの層にはそれが無い。
施設も地域も、階層ボスのいそうな場所すら、見つからなかった。
昨日の時点で下層の半分を探索し終わり、今日はその続きかと思って目を開ける。
しかし目の前にいつものように現れた望月ちゃんは、困ったような顔をしていた。
「こんにちは虎太郎君……ちょっと話したいことがあるんだ」
そう言って望月ちゃんは竜乃も呼ぶ。
三人で円を作る様に集まり、地面に座り込む。
配信用のカメラドローンは取り出してすらいないために、配信をつけてはいない。
「昨日、天元の華のパーティが中層をクリアして、下層に行ったんだ」
おぉ、と内心で感心してしまう。
愛花さん達の強さはよく知っているし、俺達が原始の精霊を倒すヒントをくれたのは彼女達だ。
だから近いうちに原始の精霊を倒すとは思っていたけれど、ついにやったのか。
この勢いで下層を探索する探索者が増えればいいなと、そう思った。
「それで昨日愛花さん達と話をしたんだけど……」
そこで言葉を切り、望月ちゃんは人形に視線を向ける。
「愛花さん達は、背後についてくる人形が言葉を話したみたい。
それで、クエストを受けることもできるって」
『え?』
目を見開き、俺も人形に目を向ける。
物言わぬただの人形が、相変わらずそこにはあるだけだ。
あの人形が言葉を話し、クエストを受注できる?
「地底の影っていう名前のクエストみたい。
愛花さん達は下層に来たばかりだから、まだクエストは受けないみたいだけど」
もし天元の華の人形が特別な人形でなければ、この人形でもクエストは受けられるはずだ。
でも望月ちゃんがどれだけ調べても、この人形は反応一つ返さなかった。
それなら俺達と天元の華で、クエストをそもそも発生させる条件が違う?
『認証』
……違う。答えにはもう気づいているはずだ。
あの時、人形は今も開いている額の目で俺を見た。そして認証と告げた。
これまで、モンスターが不自然な行動を取ることは何度かあった。
その最たるものが、クイーン。あれは俺を探索者ともテイムモンスターとも認めなかったために、予想外の戦術を取った。
それと全く同じことが、起こっているのではないか。
望月ちゃんの探索を止めていたのは、他ならぬ俺なのではないか。
考えれば考えるほど、俺の心は答えを突き付けてくる。
それが正しいという、答えを。
「もしも私達の後ろについてくる人形が壊れているとして」
望月ちゃんの言葉に、ピクリと震える。
不安が、心の中で広がる。俺の……せいで……。
「やっぱり氷堂さんの言う通り、全部倒すのが一番良いじゃないかなぁ」
うんうん、と頷く望月ちゃんに、目を瞬かせてしまう。
「階層を動き回ってるおっきな影も、空に飛ぶ虹色の鯨も、ついてくる人形も、ボッコボコにしちゃおう!」
『……はは』
もう彼女は、次を考えていた。悩むことも、どうするか考えることも。
それらは既に過ぎ去り、答えを出していた。
あの氷堂と同じ答えというのは、少し思うところもあるけれど。
その答えが、今の俺達には一番合っている気がした。
『いいんじゃない? 全部倒しましょうよ。
日本No1探索者に出来るんだから、私達にだって出来るわよ』
竜乃が、賛同してくれる。やることは、決まった。
「あのおっきな影、倒すよ」
望月ちゃんの言葉に、俺と竜乃は頷きで返した。
×××
「みなさんこんにちは」
“こんにちは”
“こんちゃ!”
“お疲れー!”
“天元の華の人形、普通に動いてたけど……”
“このまま探索してもあんまり意味無さそうだよなぁ”
“なんで天元の華の人形とは違うのか……”
「はい、私も昨日の内に愛花さん達から話は聞きました。
多分ですけど、なんらかの事情で私達についてくる人形は少し違ってしまったのかなと。
だから、考え方を変えます」
自分達の事情は軽く流し、望月ちゃんは告げる。
「階層を走り回るおっきな影も、空を飛ぶ虹色の鯨も全部倒します。
ダメならついてくる人形を力の限り攻撃します。それでもダメなら、その時考えます」
“くっそ脳筋で草”
“力で全てを解決しようとしているww”
“モッチー、逞しくなりすぎ……”
“初々しかったモッチーを返して”
“おい誰だよ、こんな風にモッチーを育てたの”
“ココア:素晴らしい考え。肯定する”
“絶対この人だよなぁ”
“悲報、モッチーが人外の域に足を踏み入れる”
肯定的な意見の多いコメント欄を見て、望月ちゃんは頷く。
「まずはおっきな影を倒します。
でもこの影は階層を動き回っていて、捕まえる必要があります。
どうするかは――」
望月ちゃんの説明の最中に、木々の揺れが大きくなる。
説明を切って、望月ちゃんは周りを警戒する。
大きな気配を、俺も感じている。
来る。
やや遠くを、電車のように通り抜ける巨大な影。
太陽の光を大きく照り返す大きな刃が見えた。
その瞬間に、俺は咄嗟に準備していた魔法を発動した。
雷の上級魔法、トールハンマーが高速で展開し、巨大な影に落ちる。
通り過ぎている影の動きは速いが、巨体のためにヒットボックスも大きい。
面で落ちる雷が影を捉えた瞬間に。
目の前の木々が全て吹き飛んだ。
宙に舞う大木が、目の前で何度も斬り割かれていく。粉みじんになるくらいまで、何度も何度も。
目の前の森林が、急に開けた。
大量の木々が一気に伐採され、広い空間へと変化した。
木の幹がところどころにあるが、それが無ければ平原と言えるくらいに。
そしてそれを引き起こした存在が、目の前に浮いている。
移動中は実態を持っていない設定なのか、細かいことは置いておくとして。
それは、一目見て思ったときは平べったい生き物だった。
魚にこんな種類が居た気がする。目もあるし、口もある。
けれど目は真っ白だし、口は開きっぱなしだ。牙は無さそう。
そして手も足もなかった。代わりに、無数の剣が側面に浮いている。
剣だ。大剣……いやもはや人の大きさを優に超えた剣が、何本も。
素早く振動しているため、逆に止まって見える。
あれが、木々を粉々にしたのだろう。日光を反射する量が多いのは、刃の面積が広いから。
この感じだと、同じような影が他にもいたが、それらは槍や弓のようなものを側面に着けていると見て間違いないだろう。
「大きさだけなら、絶対に中ボスだけど……」
目の前に停止する巨大な影を見て、望月ちゃんは唾を飲み込む。
巨大な影は攻撃されたことで、完全に俺達を敵とみなしたようだ。
移動を辞め、じっとこちらの出方を伺っている。
これまで戦ったどの敵よりも巨大な敵。そしておそらく、どのモンスターよりも強いだろう。
けれど、それがどうしたというのか。
フランスで戦ったラファエルやエマの方が、強いに決まっている。
緊張も、不安もなく、俺は巨大な影、いやモンスターの目の前に立っていた。