第145話 Tier1下層攻略の転機
懐かしい香りがした。
目を開けば、懐かしい景色が目に映った。
フランスの金色の麦も自然豊かであったが、ここの自然も見事なものだと思う。
空を飛ぶ虹色の鯨は、ここでしか見られないものだろう。
「帰ってきたね竜乃ちゃん、虎太郎君」
『ああ』『ええ』
「じゃあ探索の続き、していこうか」
そう言って配信ドローンの準備をする望月ちゃんを見ながら、思う。
フランスでカヌレ夫妻と出会い、さまざまなことを学んだ。
けれど俺達の探索の方はどうか。上手く進めばいいのだが。
「よし、こんにちは。いえ、ただいま、ですかね」
どうやら配信が始まったようだ。
目を向ければ、待ってましたとばかりに多くのコメントが流れた。
“久しぶり!”
“待ってた!”
“いやー、長かったぁ!”
“モッチー欠乏症だわぁ………”
“おぉ、フランスに行ったから成長したように見える……”
“娘が成長するって、こんな感覚なんやな……”
「フランスでのお話は近いうちにしますね。今日はこれまでの続きで、下層を探索していきます!」
出来れば今日で半分以上まで探索し終わりたいなぁ、という望月ちゃん。
コメントが、加速する。
“でもなぁ、本当にここなんもないんだよなぁ……”
“こんなに施設がないことある?”
“それどころか地域すらないからなぁ……中ボスを倒さずにボスと戦うってことか”
“ボスだっているのかどうかも分からないからなぁ……”
“人形は相変わらずついてくるだけだし……”
以前は時間をかけても、探索の進みは全くと言っていいほどなかった。
それを視聴者達も知っているために、心配する声が多めだ。
首を動かして、遠くに佇む影を視界に入れる。
変わらずに人形は無表情で、ただ佇んでいる。
ふとその姿が気になり、近づく。
足を進め、じっと佇む人形の前へ。
俺が目の前に来ても人形は顔色も変えず、眉一つ動かさない。
『……お前は、なんなんだ』
小さく吠え、反応を伺う。
今ならば、何か返答を返してくれるかもしれない。そんな予感がしたから。
「…………」
俺の予感とは裏腹に、人形は何も変わらなかった。
返事をすることはおろか、俺がそこにいることすら認識していないように見えた。
この日、俺達は下層の入り口から対角線上の果て、つまり最奥まで到達することが出来た。
けれどそこには森がただ広がるのみで、階層のボスがいるような施設は何一つなかった。
×××
同日、夜。
関東最強の一角、「天元の華」のパーティは二度目の再戦を行った。
相手は、一度は敗北し、撤退した原始の精霊。
光の姿をした中層のボスを倒すことは彼女達にとっての悲願ともいえる。
前回は初戦ということもあり、何の準備もなしに戦い、敗北した。
けれど今回は以前とは大きく異なる。
前回の戦いで得た情報がある。そしてなによりも望月理奈という、今や日本で知らない人はほとんどいないであろう探索者から提供された情報もある。
それらを十分なほどに活用し、そして石橋を叩きすぎて壊すほどの準備をした。
ならば、彼女らの勝利は当然の事。
なぜならば彼女達は、それぞれが日本国内における最上位と言っていい探索者達。
そしてリーダーに関しては、日本でも随一のつわもの。
目の前に現れた光の球体に、光の指先が触れる。
光の超級魔法が、放たれる。
光が、壁となって襲い掛かる。
触れればただでは済まない、必殺の魔法。けれど同時に、原始の精霊が放つ最後の魔法でもある。
ここを越えれば勝てることを、漆黒の獣は示してくれた。
ならば、それに続くのみ。
そう思いつつ、地面を蹴って光の壁を真っ向から迎え撃つのは「天元の華」のリーダー、君島愛花。
彼女は黒い柄に手をかけ、抜き放つ。
白い刃が壁に激突し、壁を桜の花びらに変える。
前に進み、刃を振るい続ける。桜の花びらに包まれながら、凛々しい武人は舞う。
次々と壁を打ち破り、原始の精霊の元へ。
壁は勢いを増し、数を増し、次から次へと愛花に襲い掛かる。
もう、刀を振るっていては間に合わない。
刀を両手に持ち、素早く構える。刀を包む白が、さらに大きくなる。
切っ先が壁に触れ、打ち破り、さらに前へ。
白染・中の剣。
愛花の所持するスキルの中で、最も威力の高い突きスキル。
壁を破り、破り、破り。光の球体に指で触れる原始の精霊に触れられるほどまで近づく。
あと少しの距離が、とても遠い。
けれど、愛花は一人ではない。
かの黒い獣が一人ではないように、彼女もまた支えてくれる人がいる。
今なお愛花に支援魔法をかけ続けてくれる和香がいる。
そんな彼女を、そして自分に襲い掛かる光の欠片を防いでくれる明がいる。
「愛花!」
声と共に、背後に風を感じて愛花は微笑んだ。
いつの時も共に戦ってくれた、優梨愛が渾身の蹴りを刀の柄側から伸びた白い光に入れる。
威力を増した刀により、壁にひびが入り、砕け散る。
そしてそのまま、愛する妹の送ってくれた刀で原始の精霊を貫いた。
この刀を使ってからというもの、愛花は一段と強くなった。
そう自分でも思うものの、目に見えるスキルではないので確信はない。
けれど、予感はある。
もしかしたら自分は、そういったシークレットスキルを持っているのではないかと。
何も言わずに、原始の精霊は動きを止め、灰となって消えていく。
その際に、精霊は何も言わなかった。
(あの動画では、精霊が何かを言っていたような気がしていたけれど……)
そんな事を思ったのも束の間、背後から衝撃を受ける。
「愛花! やったよ! やったやった!」
いつもの余裕のある雰囲気はどこへやら。
まるで子供のようにはしゃぐ優梨愛の姿に、苦笑いした。
時折見せる優梨愛のこのような調子が、愛花は好きだった。
「やったなぁ、リーダー!」
「愛花ちゃん、お疲れ様!」
他の面々も無事のようだ。
精霊の倒し際が少し気になるものの、今は中層を突破した喜びの方が勝った。
最前線の地位は明け渡したが、それに続くというだけでも十分すぎるくらいだ。
戦利品を回収し、「天元の華」は大樹の中へと足を踏み入れる。
階段を降り、1つ下の層へと向かう。
関東2組目となる、Tier1下層到達パーティ。
大自然の中で見慣れない生物が住みつく層に、彼女達は行きついた。
「モッチーの動画で見たけど、本当に虹色の鯨が飛んでるー!」
「おい優梨愛、あまりはしゃぐな」
「ねえねえあなた、見て見て、あれ可愛い!」
「和香もか……」
大はしゃぎをするパーティメンバーの声を聞いて、苦笑いする愛花。
新しい層に来ても、皆いつも通りで安心する。
「まったく……まだ私達からしたらここの敵は強いから気を付け――」
言葉を紡げたのはそこまで。
背後に気配を感じ、振り返ればそこには在った。
動画でしか見たことのない人形が、いつの間にかそこに。
「っ……これがモッチーの動画で言ってた人形……」
「びっくりしたわ……やっぱり急に出てくるのね……」
「でも何の反応もないんだろ? やっぱり不気味だな……」
事前にこの層に到達した望月の動画で、人形については既に知っていた。
この人形が、何もせずにただついてくるだけの存在であることも。
額の目が開き、愛花を見つめる。
やはり三つ目の人形というのは、少し不気味だと愛花も思った。
「認証」
望月の動画ではここで人形の動きは停止したはず。
彼女達も見つけられない解法。それを見つける助けになればと思ったとき。
人形の額の瞼が閉じられ、顔が動いた。
まるで人間のように表情が現れる。喜怒哀楽の喜の色が、如実に。
人形から人間へと、変貌したようにも見えた。
眉が下がり、困り顔へと変化する。その流れすらも、人のようだった。
「初めまして探索者様。恐れながら、助けてはいただけないでしょうか?」
人形の頭上に、光の文字が出現する。
愛花は、いや「天元の華」の全員が絶句して「クエスト:地底の影」という文字を見ている。
Tier1下層に到着した二番目のパーティ、「天元の華」。
彼女達が下層に到達したことにより、望月の探索に新たな風が、吹き始めた。