第141話 国内No1の実力
相対するは、フランスのNo1探索者、ラファエル・ジラール。
しかし彼は右手に槍を持つのみで、左手は空いている。
これまでの戦いの動きから、ラファエルは両手での武器を使用する探索者だと俺は考えている。
なら、その空いた手に収まるのは槍か、はたまた剣か。
いずれにせよ、今のままではラファエルの本気を引き出せていないことになる。
(面白い)
だからといって俺が本気を出さない理由にはならない。
頭の中で、弾丸を三発込める。そして大きく息を吐いて心の準備を済ませ、睨みつける。
槍をこちらに向けるラファエル――いや、敵をめがけて、地面を蹴る。
同時に、3回連続で回す。
確認できる限りの、俺の最大の回転回数をもって、濃い紫色のオーラを顕現。
それを纏い、超スピードで駆け抜ける。
四肢にも電流を走らせ、敵との距離を素早く詰める。
その途中で、紫色に染まった視界の先で、敵が目を見開くのが分かった。
頭からの突撃。
それに対し、敵は「二本」の槍を交差させることで防いだ。
全身に流れるエネルギーを敵に向け、首を素早く動かす。
それだけで下層のモンスターであっても吹き飛ばされる威力。
「くっ……!?」
しかし敵は、それを防ぎきってみせた。
やや後方にラファエルの位置をずらすことしか出来ず、頭に走る感触に俺は顔を顰める。
距離で考えると先ほどよりも敵は近くに居る。
この好機を逃すはずもなく、俺は紫電を纏った右前脚を振るう。
それと同時に、目にも止まらぬ速さで敵も右手の槍を突き立てた。
(っ! ……重い!)
右前脚が痺れる感覚。まずいと思ったときにはもう遅く、押し返された。
体ごと持っていかれるような勢いで、右前脚が弾かれる。
「しっ!」
気配を感じ取れるので、精いっぱいだった。
突如生じた、対処しなければ命を刈り取る程の脅威。
ラファエルの体から生じたそれを第六感で感じ取り、俺は残りの3つの四肢に命令をする。
全力で後ろに跳べと。
刹那、ラファエルが繰り出した左手での槍の突きが、俺の右肩を捉える。
素早く後ろに跳んでいたために、当たったのは刃先のみ。
けれどその刃先から風が生じ、それによって肉が抉られたことによる激痛が走る。
風のみならず衝撃となり、俺は後ろに跳ぼうとしていた自分の跳躍とラファエルの突きにより、後ろへと飛ばされる。
思ったよりも後ろに跳んだことに驚きつつ、槍を突き出した状態の敵と目が合う。
危なかった。もしも反応できなければ、今頃右前脚が丸々吹き飛んでいただろう。
『冗談じゃ……ない!』
たった一回の交戦で圧倒的な実力を見せつけた敵を睨みつけ、吠える。
紫電を用いた俺の全力の物理攻撃は見せた。それなら次は、全力の魔法攻撃。
事前に準備していた雷の上級魔法、トールハンマー。
ラファエルを中心に光の円が生じ、雷が面で落ちる。
降り注ぐのは俺の魔法の中でも超級魔法以外では追随を許さない絶対の一撃。
これまで多数のモンスターを打ち砕いてきた、俺の代名詞。
「おおおぉぉぉぉぉぉ!」
しかしそれを、ラファエルは右手の槍を掲げ、回転させることで防いだ。
いや、手には電流がいくつも走り、焦げ跡すらも見受けられる。
その程度のダメージで防ぎきってみせたのだ。
「行け!」
右手で雷を防いだまま、ラファエルは目を見開き、左手の槍を投擲する。
大きく振りかぶってからのサイドスロー。雷が纏われた槍が、空中の俺を狙う。
すぐさま体内に魔力を満たし、防御用に地の上級魔法、ロックフォートレスを使用。
そしてほんの少しだけ残った魔力で、風の魔法も行使した。
急ごしらえのロックフォートレスだけで防げるとは考えていない。
案の定、雷の力を纏った槍は岩の盾に衝突するものの、やや減速したのみで、破壊してきた。
だが、時間が稼げただけで上々。
風を受けて、俺は地面へと着地する。そんな俺のすぐ上を、槍が通り過ぎるのが見えた。
(危ね――)
安堵し、紫電の力でラファエルに急襲を仕掛けようとするのも束の間、姿がないことに気づく。
ハッと見上げれば、砕け散るロックフォートレスの瓦礫の向こうに、姿を確認した。
右手の槍を振りかぶり、突き出してくる。
左前脚に紫電を集中させ、咄嗟に迎え撃つ。
激突する、爪と槍。
ラファエルの方は空中に居るにもかかわらず、槍の一撃はあまりにも重く、衝撃で押し出される。
堪えるための俺の後ろの両足が、地面を削っていた。
力比べは、今回は俺の勝ち。
ラファエルは弾かれ、衝撃を殺しきれずにやや上空へと打ち上げられる。
通常、空中というのは不利な領域だ。
回避に向かず、攻撃力も落ちやすい。襲い掛かるために跳びあがり体重を乗せることはあっても、それは同時に諸刃の剣とも言われる。
なぜそれをよく知っているであろうラファエルが自ら仕掛けてきたのか。
にやっと笑ったラファエルが、体を回転させる。たった今弾いた右手の槍に力を入れ、それを渾身の力で振り下ろすつもりだ。
上からくることを察知し、俺はその場から後ろに跳ぶ。
そして俺がさっきまで経っていた場所に槍が突き刺さり、それと同時。
空が割れ、光が降り注ぐ。
大地に突き刺さった槍を追いかけるように地面を貫いた光は、余波で周囲にある全てを破壊する。
金色の麦も、やや離れたところに跳んだ筈の、俺すらも。
急に空中から襲い掛かる巨大な一撃に顔を顰めたのも束の間、大地に突き刺さった槍が抜き放たれ、超スピードで上へと飛ぶ。
まるで巻き戻しのようにラファエルの手に戻り、時同じくして遠くから飛んできたであろう雷を纏った槍も左手に戻った。
『ご丁寧に、ブーメランみたいに戻ってくるのかよ』
辺りの麦を狩りつくした攻撃力も恐ろしいが、近距離、遠距離もどちらもこなせるあの槍は脅威だ。
それぞれを強化しているのは魔法に違いないので、敵は魔法の腕前も一級品らしい。
「すごいな……二本使ってここまで渡り合えるとは……成長段階には違いないだろうし……いや、それにしてもこの感触……?」
圧倒的に有利な状況にあるラファエル。しかしその表情は何故か晴れない。
先ほどからぶつぶつと何かを呟いている。
彼は現在、宙に浮かんでいる。
靴の下には風が集まっていて、それが体重を支えているのだろう。
(主戦場は……竜乃と同じ空中ってことか)
今の俺だけでなく、そもそも探索者は地に足をつけて戦うものだ。
例え空を飛ぶモンスターを相手にしても、彼らは魔法や弓などの遠距離手段で攻撃をする。
しかしラファエルは主戦場をそもそも地上から上空にしている。
これは他の探索者にはなかなかできない事だろう。彼だけのアドバンテージと言ってもいい。
先ほど降らせた光の反動で、ラファエルはより上空に居る。
普段なら竜乃が居るくらいの高さで自分の体重を支えているあたり、魔法の力量には自信があるのだろう。
あの感じだと、空を走りながら攻撃をしてくることだってあり得る。
そのくらいの精密な魔法の使用は、出来てもおかしくない。
(さて、どうするかな……)
空に浮かぶ敵を倒す手段を、俺は紫電か魔法しか持っていない。
しかしその二つではラファエルを捉えるのは難しいだろう。
そうなると、俺自身が跳ぶしかない。
頭の中での方針を決め、ラファエルに向かおうとしたとき。
遠くで光を見た。
ここはフランスのTier1上層。空は明るく、麦畑を金色に輝かせるくらい、偽物ではあるが太陽の光が照っている。
にもかかわらず、その光はやけに明るく、しかし照らしているのではなく、集まっている。
何かを形作るように、何かが出現するかのように。
その光を、前に一度だけ見たことがあった。
最悪の光だ。