第140話 フランスに来てしばらくが過ぎ
エメラルドのように光り輝く刀身が、すばやく走る。
飛来する黒い靄のかかった弾丸を、叩き斬る。
「えぇ!? じゃあ東京人は、毎日東京タワーを見るわけじゃないの!?」
驚いた声を発しながらエマは地面を蹴り、球体型の黒い影の懐に入り込む。
そのまま下から上に目がけて、武器を振り上げた。
やや刀身の長いエメラルドのような刃を持つナイフは、これまでと同じように黒い影を真っ二つにした。
「はい、ホテルからも見えませんし……職場や学校が近い人は見るかもしれませんが」
望月ちゃんも慣れたように返答するが、今の光景は異常である。
Tier1上層の敵と戦いつつ、それらを一撃で沈めながら、片手間に会話をするエマ。
「エマも毎日エッフェル塔に行くわけじゃない」
「た、確かに……そういうことね」
そして同じように前線を張り、両刃剣を振るう氷堂。
俺たちも同じことはできるかもしれないが、ここまでスムーズにできるあたり、流石は各国のNo1探索者といったところか。
「じゃ、じゃあ新宿駅が現代に現れたダンジョンっていうのは……」
「それは本当。自分がどこに居るか分らなくなるギミック」
「嘘ですよ! 氷堂さんも悪ノリしないでください!」
話している内容はかなりくだらないが。
嘘なの!? と声を荒げて氷堂を見るエマと、そんなエマから顔ごと目を反らす氷堂。
そんなふざけたやりとりをしている中でも、氷堂は素早く剣を振るい、敵を倒す。
金の装飾に、柄の部分に青い宝石が収まった剣を、目にもとまらぬ速さで動かし、敵を倒す様子には余裕しか感じられない。
日本No1探索者、氷堂心愛。
彼女の戦いっぷりを見るのは、このフランスのダンジョンが初だ。
そして彼女の本気を見たのは、昨日が初だった。
ほぼ毎年のように、氷堂はエマとラファエルと模擬戦を行うらしい。
海外交流で探索者同士が戦うことはあまりないらしいが、氷堂は例外なようだ。
昨日は、探索終わりに氷堂とエマの戦いを見た。
エメラルドのような刃を持つナイフを得物とするエマと、美しい装飾があしらわれた剣を持つ氷堂の一騎打ち。
その結果は、氷堂の勝利に終わった。
この時の戦いを、俺は忘れることはないだろう。
それくらいすごい戦いだった。意外と早く決着がついたものの、その細部まで思い出せる。
集中しなければ見逃してしまうほどの刃の攻防。
それぞれが、俺が今まで戦ってきたどのモンスターよりも速く、そして重いものだった。
昨日の一騎打ちでは魔法を使用していなかったために、正しくは本気ではない筈だ。
けれどそれでも、昨日の戦いを見て俺は思い知らされた。
俺では、この2人には決して勝てないと。
実力が圧倒的に不足している。氷堂とエマ、どちらを相手にしたとしても、せいぜい食らいつくのがやっとの筈だ。
けれど、戦いたい。今の自分がどこまで彼女達に通用するのか、やってみたい。
そんな気持ちを、昨日からずっと抱いている。
望月ちゃんのことを気遣ってか、エマとラファエルが主にモンスターを片付けているのも大きな理由だろう。
俺も竜乃も、そこまで多くのモンスターを倒していないために、不完全燃焼だ。
(……まあ、この敵を倒したところで気が済むかと言われると微妙だけど)
灰となって消えていく弱すぎるモンスターを見ながら、そう思う。
当然だが、戦っていたエマと氷堂は息一つ乱れていない。
「ふむ」
不意に、斜め前に立っていたラファエルが声をあげた。
「ちょうどいい時間かな。昨日の続きをしようか」
昨日の続き。その言葉に、体が反応するのが分かった。
参加できないのは残念だが、見ているだけでも得られるものは多かった。
先日はエマと氷堂が戦った。ということは、今日はラファエルと氷堂だろう。
どんなすごい戦いが見れるのか、今からワクワクが止まらない。
ラファエルは振り返り、俺と目を合わせる。
じっと見つめ合う、俺とラファエル。彼が何を言いたいのかよく分からなくて首を傾げたとき、彼はにっこりと微笑んだ。
「コタロウ、やろうか。昨日からうずうずしているだろ?」
『!!??』
思いがけない言葉を受け取り、目を見開いてしまう。
「ははっ、君は本当に人間みたいだなぁ。自分で言うのもなんだけど、これでもフランス1位。
相手にとって不足はないだろ?」
当然不足などあるわけはないので、コクコクと取れそうな勢いで首を縦に振る。
むしろこっちから伏してお願いしたいくらいだ。
そういった意味を含めて四肢を少し折り曲げる。
「肯定。キミとラファエルの一騎打ち、見てみたい」
本来ならラファエルと戦うはずの氷堂も、認めてくれたようだ。
「えー、私もやりたかったなー」
「エマは昨日やっただろう。昨日コタロウを誘わなかった君の落ち度だよ」
「むー。コタロウ、次は私とやりましょうね」
流石にラファエルと対戦した後にエマと対戦するほどの余裕はないと思うが、明日以降ならば大歓迎である。
探索者時代には絶対に敵わなかった強敵との戦いに、心臓が破裂しそうなほどに動いていた。
緊張してやや耳が遠くなっている感覚さえある。
「すぐそこでやろうか」
先ほどまでモンスターがいた場所を示し、ラファエルが前に出る。
振り返って望月ちゃんを見れば、彼女は頷いて俺の後ろについてきてくれた。
俺たちも前に出て、ラファエルから少し離れた位置で止まる。
相手はラファエル一人だが、こちらは望月ちゃんと俺の二人だ。
だが、この戦いは俺とラファエルの一騎打ち。
望月ちゃんに支援魔法や攻撃魔法は控えてもらいたいところだが。
再度後ろを振り返り、望月ちゃんを見上げる。
俺の言いたいことが伝わったのか、自分のブレスレットを握りしめて望月ちゃんは頷いた。
戦いに手を出さないということだろう。
「いやいやコタロウ、使えるものはすべて使うべきだ」
しかし、ラファエルは首を横に振る。
「里奈の君への支援も、すべて使っていい。里奈が僕に攻撃をしないなら、構わないよ。
全力の君と、戦いたいんだ」
ありがたいラファエルからの申し出。しかし。
「いや、別に里奈が攻撃魔法を使ってもいいさ。通用すると思うなら、だけどね」
「っ……」
氷堂に似た雰囲気を出し、こちらを挑発してくるラファエル。
もう、戦いは始まっているのだろう。
(なら、その挑発に乗ってやる)
再度後ろを振り向いて、望月ちゃんと頷きあう。
俺を、真っ白い光が包む。続いてさまざまな支援魔法が俺に作用していく。
完全に、ダンジョンで敵と戦うときと同じ状態だ。
望月ちゃんの持てる全力が、俺に注がれている。
「いいね」
微笑み、ラファエルは右手に槍を出現させる。
左手は何も握られておらず、脱力している状態だ。
大地を踏みしめ、睨み付ける。
ラファエルが、槍の刃先を俺に向ける。
この体になってから、いやこれまでで初めての、圧倒的な格上との戦い。
その火蓋が、切られた。