第14話 非常事態、モンスターハウス
嘘だろ? なんで隠し部屋が?
ついさっき俺が見つけて、アイテムも回収したはずだ。
こんな短いスパンで隠し部屋が見つかることなんて、あるのか?
体の中をぞっとするほどの悪寒が走り抜けた。
何か、嫌な予感がする。
「おぉ! めっちゃラッキー! 隠し部屋じゃん! レアアイテムがあるとかいう!」
「は、はい! 初めて見ました!」
そんな俺の悪い予感とは裏腹に、二人は歓喜の声を上げている。
隠し部屋の中にレアアイテムがあるという事は知っているのか、二人とも中へと入ってしまった。
(まずっ!)
ただの隠し部屋なら何の問題もない。
けれどモンスターハウスの場合、中に入れなくなる。
今のあの二人では、大量のモンスターは捌ききれない。
急いで隠し部屋の入り口に近づき、中を伺う。
俺が先日突破したモンスターハウスと全く同じ中の造りに、全身の血が凍るような錯覚すら覚えた。
「おぉー、これがレアアイテム入ったが宝箱かぁ……」
「だ、大丈夫ですかね? こんな楽に……」
お気楽な浅倉とは正反対に、望月ちゃんも警戒をしているようだ。
けれど浅倉は振り返り、ムカつくほど良い笑顔を浮かべた。
「大丈夫だって。罠があるならもう起動してるだろ?
宝箱があるなら、大丈夫だったってことだよ」
「そ、そうですよね!」
自分よりもレベルの高い浅倉の言葉に安心した声を出す望月ちゃん。
けれど、俺は奥歯を強く噛みしめていた。
もちろん部屋に入った瞬間に罠が起動する隠し部屋も存在する。
広く知られているのはこのタイプだが、隠し部屋の罠の種類はそれだけではない。
(違う……隠し部屋のトラップは宝箱を開けた瞬間に起きるものもあるんだよ!)
まさに俺がさっき遭遇したのがそのタイプのトラップだ。
悪い予感が消えることを祈りつつ、浅倉が宝箱を開けるのを見届ける。
奴の手が伸びると同時、扉を凝視した。
もしもトラップなら、四の五の言っていられない。
部屋が閉められる前に、中に入って望月ちゃんを助けなければならない。
早鐘のように鳴る心臓の音を聞きながら、じっとその時を待つ。
宝箱の開く音が、耳に届いた。
(……っは)
扉は、閉じていない。
「んー? なんだこれ? ポーションの種類違うやつか?」
浅倉のお気楽な声に、どっと疲れが襲ってきた。
俺がこの前隠し部屋を突破したばかりなのだ。
よくよく考えれば、こうも連続でモンスターハウスが発生するわけがないじゃないか。
どうやらレアな装備は手に入らなかったようだが、望月ちゃんが危険に晒されるよりはずっといい。
(ここは入口だし、いつまでも居るわけには――)
場所が場所だけに、また茂みに戻ろうとしたとき。
俺と望月ちゃん達の間に、一体のモンスターが出現した。
この上層で登場するモンスターなので、不思議はない。
けれどそれは、隠し部屋でなければだ。
隠し部屋では、モンスターは出現しない。するパターンは、一つだけ。
「あ、浅倉さん!」
背後の気配に気づいた望月ちゃんも振り返り、悲痛な声を出す。
その頃には、俺と彼女達の間には4体のモンスターが居た。
「モ、モンスターハウス!? な、なんでぇ!?」
次々と出現するモンスターを見ながら情けない悲鳴を上げる浅倉。
しかし俺はそれどころではない。
(扉が閉じない!? なんで……でも、好機だ!)
なぜモンスターハウスが発生しているのに扉が閉じないのかは分からない。
けれどこれなら望月ちゃん達をフォローできる。
次々と数を増やすモンスターを魔法で背後から襲うこともできる。
俺は望月ちゃんを助けるときに放っていたウィンドカッターで、モンスターの背中を切り刻んだ。
「理奈ちゃん! 応戦だ!」
「は、はい! た、竜乃ちゃん、お願い!」
モンスターが影になって見えないが、望月ちゃん達も応戦しているようだ。
部屋の中では望月ちゃんが、外では俺がモンスターを攻撃する。
次々と数を減らしていくモンスター達。
それでもモンスターハウスは俺でもうんざりするほど多くのモンスターが出現するトラップだ。
どうしてもフォローで使用していたウインドカッターでは増えるスピードに追い付かない。
このままでは、数で押し込まれる。
(くそっ、もっと大規模な魔法が使えれば)
今もウインドカッターの規模を大きくしたり、刃の数を増やしている。
緊急事態で余裕がないから望月ちゃん達に気づかれていないだけだ。
それでも倒すよりも増える方が早い。
魔法のみで、俺の姿を隠したままで、これ以上速く倒すのは難しい。
隠し部屋の入り口を越えようかどうか、一瞬だが迷って。
「竜乃ちゃん!?」
望月ちゃんの悲鳴に、俺は無意識に部屋の中へと入った。
壁になっている邪魔なモンスター達で彼女達の姿は見えない。
けれど声から察するに、竜乃が限界を迎えたのだろう。
先ほどの戦いでも傷を負っていたため、あの白い竜も限界だったはずだ。
竜乃が倒れれば、次が誰なのかなど考えるまでもない。
(邪魔だ)
素早く光の魔法を行使し、部屋の中に光線を出現させ三度薙ぎ払う。
光の中級魔法、シャイニング・レイ。
全てを焼き尽くす光線はモンスターに大きなダメージを与え、道を作った。
これなら、望月ちゃんも逃げられる。そう思ったとき。
「うわぁぁぁぁぁああああああ!」
出来た道を走り抜けたのは、浅倉だった。
弓使い故の俊敏さで、わき目もふらずに出来た道を駆け抜けたのだろう。
そして奴の顔を見て、俺は呆気にとられた。
(……は?)
遠くから見ているときは爽やかだった表情は恐怖で青白くなっている。
体は震えていて、スキルでなんとか走っているような状況だ。
そしてその背後には、望月ちゃんの姿はない。
(こいつっ! 望月ちゃんを置いてきたのか!?)
探索者とは思えない行動に強い怒りを抱く。
そんな俺と目が合った浅倉は目に涙を浮かべ、見るも情けない様子で部屋の入り口に向かっていく。
「ひぃ! やだっ! 死にたくないっ!」
(っ、こいつ……)
正直、殺せる位置だった。
今の俺の力でも、奴の息の根を止めることが出来た。
(消えろ、クソガキ)
けれど、それをしなかった。
そんなことよりも、することがあるから。
入り口に急ぐ浅倉から視線を外し、望月ちゃんに殺到しようとするモンスター達に吠える。
『彼女から……離れろ!』
強い念を込めて咆哮し、ライトニングを放射円状に多数放つ。
頭上から降る雷に打たれ、よろけるか戦闘不能になるモンスター達。
それらを跳び越え、あの子の元に駆け付ける。
望月ちゃんは傷ついて気絶した竜乃を胸に抱き、俺を驚いた表情で見ていた。
『待たせたな』
そう言おうとしても、モンスターゆえにうめき声しか出せないのだが、望月ちゃんは俺を見てハッとした顔をした。
「嘘……あの……ときの?」
その声には応えずに振り返り、望月ちゃんを狙うモンスター達と対峙する。
そうしなければ、ニヤケてしまいそうだった。
望月ちゃんは、俺の事を覚えてくれていたのだ。
少し、いやかなり大きくなってしまった体を見ても、俺だと気づいてくれた。
これほど嬉しいことが、あるだろうか。
襲い掛かってくるモンスターに対してプリズム・ソードを行使し、光の剣で串刺しにする。
味方が無残に殺される光景を見て、他のモンスターが動揺したのが視界に映った。
(いい気分なんだ。邪魔するなよ)
一度は越えたモンスターハウス。
それが俺を止められるはずがない。
キリング・スパイダーは火の渦で焼き殺される。
グリズリー・ベアは雷の魔法に貫かれて絶命する。
アームズクロウは近づくこともできず、岩の礫に圧し殺された。
前回のモンスターハウスと違い、魔法のみで次々とモンスターを倒していく。
この程度の相手、直接手を出すまでもない。
背後で息を呑む望月ちゃんの無事を確認しながら、俺は何度も何度も魔法を放った。
襲い掛かるすべてのモンスターを魔法で倒した頃には、体を弱い熱が包んでいた。
(流石に上層モンスターじゃ数を用意してもあんまり進化しないか)
夥しいほどの亡骸を見ながら、体が大きくならなかったことを残念に思う。
けれど、それよりも今は望月ちゃんだ。
チラリと後ろを伺ってみれば、彼女は怪我をしているものの、無事だった。
竜乃に関しても気を失っているが、命に別状はないだろう。
それに、望月ちゃんの目が輝いているのも嬉しい誤算だった。
今の俺の姿ならば恐れられる可能性も考えていたが、望月ちゃんは好意的な目を向けてくれている。
(さて、姿は現してしまったし……どうす――)
今後を考え始めた時に、嫌な音を聞いた。
先日聞いた、扉の閉まる音。隠し部屋が、モンスターハウスになる音だ。
恐る恐る入り口に目を向ければ、扉は完全に閉じていた。
(嘘……だろ……?)
先ほどモンスターハウスを攻略したばかりなのに、まただというのか。
けれど息を整えるくらいの余裕が、まだ俺にはあった。
(落ち着け。さっきも攻略したんだ。まだ余裕はある。あれをもう一回やるだけ……だ……から……)
俺の余裕は完全に消え去った。
現れたモンスターは黒い体毛に長い腕を持ち、赤い宝石を額に付けている。
(どう……なって……)
獰猛な顔に、口から覗く鋭い牙。
この前倒した強敵が、なぜこんなところに居るのか。
しかもモンスターハウスに相応しく、なぜ次々と出現するのか。
(…………)
目の前の光景を疑いすぎて、俺は言葉を心の中で発することすらできなかった。
以前死闘を繰り広げたユニークモンスター「スールズ」が部屋に大量に出現していた。