第138話 フランス最強探索者と行く、気楽な散歩ツアー
敵は3体。Tier1上層のフロアモンスターは、全探索者の中でもTier2をクリアした者だけが挑める、一般的には強敵である。
けれどそれに対するのは、たった一人とはいえフランスという国のNo1探索者。
ラファエル・ジラール。
両者の間には確固たる差がある。
実力ではラファエルの方が遥かに上。彼にとって、敵は雑魚同然だろう。
ラファエルのレベルが氷堂と同程度ならば、レベル差にして400もの隔たりがある。
一方的な嬲り殺しになるのは、目に見えていた。
彼が右手に取り出したのは、金の装飾が施された白銀の槍だった。
見たことはないものの、おそらくは一級品なのだろう。
ラファエルは身の丈ほどある長い槍を持ち上げ、刃先をモンスター達に向けた。
左手は脱力し、何も握られてはいない。
武器を向けられ、白い影の獣達が襲い掛かる。
どれだけ実力差があっても、モンスターは探索者に襲い掛かる。戦闘を開始する段階で、奴らに恐れというものは存在しない。
だが今回の光景を見ていると、それは勇敢ではなく、何も考えていないように思えた。
明かな格上に襲い掛かったところで、結末など、たかが知れているのだから。
一閃。二閃。三閃。
太陽の光を受けて煌めいた白銀の刃が、三度流れる。
全てが白い影の獣を一体ずつ捉え、胴を深く薙いでいた。
斬り裂きではなく、まるで紙をペーパーナイフで切るかのように、すーっと刃が何にも邪魔されることなく通り抜ける。
たった三撃だが、それだけでもラファエルの力量を伺い知ることが出来た光景だった。
見事に切り裂かれた三体の白い獣は、そのまま何も成すことが出来ずに灰になっていく。
当然、ラファエルは無傷だ。
「お疲れ様、カッコ良かったわよ」
「肯定。美しい槍裁きだった」
「は、はい。凄かったです」
エマ、氷堂、望月ちゃんの3人が先ほどの戦いを称賛する。
けれどラファエルは困ったような顔をして振り返った。
「いや、このくらいの敵なら誰が戦ってもこうなると思うけれど……まあ、ありがとうと言っておくよ」
明らかな格下を屠って褒められるのだ。彼がむず痒そうなのも分かる。
それにラファエルの左手は脱力したままだ。つまり彼は、まったくの本気ではなかったということ。
レベル差からしても仕方がないことだが。
全力を見てみたいという気持ちはあるが、この階層では難しいだろう。
「でも、良い運動にはなったでしょう?」
「運動って……太ってた頃ならともかく……」
「え?」
エマとラファエルの会話に、思わずといった形で声を上げてしまった望月ちゃん。
俺も同じことを思った。
「あ、すみません……」
「否定。私だって驚いた。というか今でも疑っている」
「心愛には以前話したけど、ラファエルも私も昔は運動不足でね。
ちょっと……いえ、かなり太っていて、自分にも自信がなかったのよ」
あははと苦笑いするエマ。その姿からは想像もできない過去だ。
「当時は人に会うのが怖くて、部屋に籠ってネットゲームをしていてね。
その時にエマと知り合ったんだ」
「私もその時は実家暮らしで、引きこもる様になっていたからねぇ……」
モンスターの戦利品には興味が無いのか、ラファエルとエマは歩き始める。
散歩がてらに話される彼らの過去は、やや暗い。
「でもある日、そのゲームがサービス終了してしまってね。
一緒に遊んでいたメンバーはそれぞれ別のゲームへと移ってしまったんだが、僕とエマは良いゲームが見つからなくてね」
「で、一緒になってゲームを探しているときにお互いの話になって、どっちも引きこもっていて何とかしたいっていう話になったのよ。
外でスポーツをするのも考えたんだけど、どうせなら覚悟を決めて冒険者になろうってなって。
つまり私達はダイエットをするために探索者になったってことね」
不純な動機でしょ? と苦笑いするエマ。
確かに、他ではあまり聞かない動機だが。
「否定。その結果こうしてフランスの最強探索者が誕生したのだから、どんな動機でも結果は最高」
「そ、そうです。それでダンジョン探索の才能があったってことが分かって好転したんですよね? なら、結果は上々……いえ、これ以上ない事かと」
氷堂と望月ちゃんの意見に全面的に賛成である。
最上位探索者が登場したという結果だけを考えれば、二人にとっては不本意ではあるが太っていて良かったということだろう。
もしも彼らが自分に自信がなく、引きこもっていなければ、フランス最強の探索者は別の人になっていた可能性が高いのだから。
「ありがとう。でも、自分で言うのもなんだけど、才能があったのは間違いないわ。
実を言うと、そこまで探索で苦労したことはないもの」
「思い出すなぁ。毎朝早い時間に起きて何も食べずにダンジョンに潜った日を。
空腹で運動すると脂肪の燃焼に良いってエマが調べてきて、ずっとやってたんだよね」
「あ、あの時はたまたまテレビで見たから……でも脂肪は燃えやすいけど、集中力が欠如したりとか、怪我の原因にもなるから今はやらないわよ? やるにしても軽く食べてからにしてるわ。
あ、心愛と理奈は絶対やっちゃダメだからね? 分かってはいると思うけど……」
早口でまくし立ててくるエマに、氷堂と望月ちゃんはコクコクと頷いている。
これまで聞いた限りだと、ダンジョンに潜る際には必ず朝食や昼食を食べた後らしいので、望月ちゃんに関しては大丈夫だろう。
「まあ、そんな感じで探索者デビューして、特に問題もなく、時間をかけてダンジョンをクリアしていったんだ。
時間は結構かかったけど、3年前にリヨンのTier1を攻略し終わってここに移動してきたんだ」
「以前はリヨンのダンジョンに居たんですね」
「最初Tier1に挑むときはパリでもいいかと僕は思っていたんだけど、エマがリヨンを譲らなくてね。ほら、あそこは美食の街だから」
「…………」
ラファエルの言葉に、望月ちゃんはじっとエマを見た。
視線を受けて、エマは意図的に望月ちゃんの方を見ないようにしている。
「く、食いしん坊なのは自覚しているわ……」
これまでの話を聞くと、まあそうだよね、という感想だ。
「今はこのダンジョンも下層まで攻略しているからね。深層を攻略してダンジョンをクリアして、次はどこに行くかな、なんてことをエマと考えているよ。
とはいえ、どうせ半年から一年、また待たされるんだろうけどね」
「待たされる?」
「ああ、理奈は知らないのか。Tier1ダンジョンを踏破した探索者は、しばらくの間は他のTier1ダンジョンに入れないんだ。期間は大体半年から一年くらいで、その間は上層にも入れない。だからその期間はオフって感じだよ。
あ、Tier2以下のダンジョンには入れるんだけどね」
「そうなんですね」
初めて耳にした内容に驚く望月ちゃん。気持ちは俺も同じだ。
ということは、仮に俺達が東京のTier1を攻略しても、次に京都のTier1に挑むのは半年から一年後ということになるわけだ。
(ダンジョンも……厄介な制約を作るな……)
どうせ攻略したところでダンジョンそのものが消えるわけではないので、強い人はバンバンTier1を攻略すればいいのに。
「あぁ、ちなみに一度でもTier1を攻略すれば次のTier1ダンジョンは別に自国じゃなくても大丈夫よ。だから私達もやろうと思えば東京や京都をメインダンジョンにも出来たってことね」
「Tier1を攻略した探索者の数は少ないし、彼らのほとんどは自国の残りのTier1を攻略しているから、やっている人は居ないようなものだけどね。生活拠点も大きく変えないといけないから」
ということは、あまりダンジョン探索が進んでいない国に赴いて代わりに攻略するような探索者も、少ないながら居るということなのだろうか。
「でも、日本は食事が美味しいから行くのも悪くはなかったんだけど……心愛と理奈が居るなら攻略はそっちに任せた方が良さそうね」
「が、頑張ります……」
「肯定。ただ観光に来るには良いと思われる」
フランスの最上位探索者に期待を掛けられ、恐縮する望月ちゃんと、気楽に返す氷堂。
その対比が、印象的だった。