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第137話 風に揺れる金色の麦畑

 呼び出されて最初に感じたのは、これまでに嗅いだことのない、けれど嫌ではない匂いだった。

 香りが、ここが日本ではないことを伝えてくる。


 けれどゆっくりと目を開けば、いつも通りの望月ちゃんの笑顔があった。

 その後ろには、風に揺れる麦畑が金色に輝いている。


「こんにちは虎太郎君。フランスのダンジョンはどう?」


 海外交流プログラムは何事もなく進行し、俺と竜乃もまた、フランスに来れたようだ。

 望月ちゃんに一回だけしっかりと頷く。悪くない場所だ。


 右側から視線を感じ、首だけを動かしてそちらを見ると、じっと氷堂が俺を見つめていた。


「久しぶり」


『あ、ああ……』


 投げつけられた挨拶の言葉に、思わず小さく唸り返してしまう。

 このプロジェクトでは、望月ちゃんはゲストであり、対象は氷堂だ。


 だから彼女が居るのは当たり前ではあるのだが、目覚めてすぐというのは少しだけ違和を感じてしまった。


「あら、その子がコタロウね」


 声が耳に届くと同時に、異質感が一気に大きくなる。

 ゆっくりと首だけを動かして背後を確認。


 見知らぬ男女二人が、竜乃との触れ合いを終えてこちらを見ていた。


「こんにちはコタロウ、私はエマ。フランスの探索者よ」


 笑顔を浮かべて自己紹介してきたのは、金髪の綺麗な美女だった。

 物腰は柔らかく、雰囲気的には天元の華の武田和香さんに近いものがある。


 けれど俺の目には、彼女が氷堂と同じく「違う」ものとして見えていた。

 探索者として、持っている何かが他とは違う。


(この違いっていうのが何なのかは分からないけれど……強者の証みたいなものか……)


 簡単に結論付け、同じく「違う」と思わせるもう一人の金髪の男性にも目を向ける。

 驚くほどのイケメンに、少しだけ俺の中での警戒ゲージが上がった。


「初めましてコタロウ。僕はラファエル。僕ら二人のパーティ、カヌレのリーダーだ。

 今日から約2週間、よろしく」


『あ、ああ……』


 輝くばかりの笑顔でそう挨拶され、氷堂の時と同じく低く唸ってしまう。

 俺を様々な角度から観察してくるエマとラファエル。


 フランスのNo1探索者については、詳細はほとんど知らない。

 望月ちゃんも多くは語らなかったので、彼女自身も詳しくはなかった筈だ。


 パーティメンバーがたった二人だったことには驚いた。

 通常、パーティは4人~6人程度で組むことが多いため、2人というのはあまり聞いたことがない。


 けれど、「違い」のある2人が集まっているとなると、そんな通常論も考えるだけ無駄ということだろう。


 カヌレの二人に、氷堂。三人に順に視線を移す。


(ここまで「違う」探索者が揃っているのも壮観だな)


 これまでこの形容できない「違い」を持っていた探索者に出会ったのは氷堂ただ一人だった。

 それが一気に3人に増えたためである。


 なんだか味方に最強キャラが複数居るようで、負ける気がしない。

 少年の頃に漫画を読んでいるときも、同じような感覚を抱いたことが1度や2度あった気がする。


 まあ、味方が強いのは言わずもがな、ここはフランスのTier1上層。

 これだけの戦力が揃っていれば敵が弱いどころの騒ぎではなく、オーバーキルであろう。


「事前に階層ボスには挑まないと聞いているのですが、合っていますか?」


「ええ、1VS1をしてもいいけれど100%こちらが勝つし、進んだところで中層は気楽な探索には向いていないの。

 だからフランスでは毎回、この麦畑の階層で自然を感じながら交流するのよ」


 エマの返答を耳にしながら、日本語が上手いなと感心する。

 チラリと氷堂を盗み見るように、視線だけを動かして彼女を見た。


 氷堂とカヌレは前から仲が良いということを聞いていたので、日本語を覚えてくれたのだろうか。

 望月ちゃんの会話のハードルが下がるだけでなく、俺も聞き取れるのでありがたい限りだ。


 フランス語で話されたら、何言っているか全くわからないからね。

 コタロウの発音はまだ慣れてないみたいだけど。


「上層もそれなりに広いから十分だよ。さあ、気楽に話しながら散歩をしようか」


 ラファエルが穏やかに微笑んで先陣を切る。

 イケメンではあるが、感じは悪くはなく、むしろ自然体だ。


 その後にエマ、氷堂、俺達と続いた。


「入ってきたときも思いましたが、ここはテーマが麦畑なんですね」


「全部偽物だけどね。食べることはできないけれど香りと見栄えは良い、景色用の麦よ」


「けれど心を落ち着けるには最適」


 氷堂の言葉に、俺も内心で同意した。


(そういえばフランスと言えば麦畑もイメージの一つか。あんまり詳しくないけど)


 フランスに関して所持している知識がエッフェル塔とパリだけなのだが、これで3つになった。


 不意に、遠くを眺めていた望月ちゃんが思い出したように口を開いた。


「そういえば、どうしてエマさん達はカヌレというパーティ名なんですか?」


 前を向いたままで、先頭を歩くラファエルが答えた。


「妻が決めたんだ。僕たちがパーティを組むと決めたのは午後の事だったんだが、その時に紅茶を飲んでいてね。

 エマの目の前にたまたまカヌレのお菓子があったから、そこから取ったんだよ。単純だろう?」


 ははは、と笑うラファエルに対し、エマは軽く腕を叩く。


「いいじゃない。カヌレ。美味しいわよ」


「肯定。カヌレは美味しい」


「……カヌレって、どんなお菓子でしたっけ?」


 やや苦笑いしながら聞く望月ちゃん。

 おそらく内心では、美味しさと探索者のパーティ名は関係ないのでは? と思っていることだろう。


「小さな焼き菓子よ。チョコレートでコーティングしている場合もあるわね。

 理奈がもしよければ、そのうち作ってごちそうするわよ」


「訂正。エマのカヌレも美味しい」


「え? いいんですか? ありがとうございます、ぜひ」


 望月ちゃんも年頃の女の子。甘いものには目がないということだろう。

 彼女以上に甘いものに目がなさそうな日本No1探索者が居るのだが、見なかったことにしよう。


 氷堂と初めて会ったときから、随分と印象が変わってきたように感じる。

 それが普通なのだが、あまりにもギャップがありすぎるというか。


「昨日も心愛達を迎える前準備として作っていたからね。量は控えめにしないと太るよ?」


「あっ、ちょっと、それは言わない約束よ?」


 本気ではないだろうが、やや怒った雰囲気でもう一度軽くラファエルの腕を叩くエマ。

 よく見てみればその叩きは本当に優しく、少しでもラファエルに痛がらせないように配慮しているのが伺えた。


 首だけを動かして微笑むラファエルもまた、心底楽しそうだ。

 外から少しだけ見ただけだが、二人の夫婦仲は良好のようである。


「あー、ほら、ラファエルがふざけるからモンスターが出たわよ」


「えぇ? 僕のせいかなぁ」


「肯定。なので私達はここで観戦している。ちょっと良いとこ、見てみたい」


 ……なんだその棒読みのガバガバリズムは。


「仕方ないなぁ」


 困ったように笑ってラファエルは前に出た。

 彼の前には白い影が3つ。ぼやけていて分かりにくいが、狼なのだろうか。


(見れるのか……フランスの最上位探索者を)


 氷堂の戦闘をまだ見たことがないので、国でTOPの探索者の戦いを見るのは初めてだ。

 どんな戦いをするのか。一瞬も見逃すことがないように、意識を集中させた。


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