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第136話 その不安は、杞憂

 日本No1探索者、氷堂心愛。フランスNo1探索者パーティ、カヌレ。

 そしてそこに交じるのは、一般的なただの探索者、望月理奈である。


 カヌレの片翼、エマは手元に置かれた書類を手のひらで指し示す。

 そこにはフランス語なので詳細は分からないが、望月に関する情報が書かれているようだった。


「紙での情報はありがたくもあるけれど、正直これだけで全てが分かるとは思っていないの。

 その人となりを知りたければ、実際に顔を合わせて、その人を見る必要がある。

 だから、一般的に知られていることも聞かせてね」


「は、はい……」


「そんなに緊張しないで、ただの質問会よ」


 クスクスと微笑むエマ。しかし、望月としては気が気ではない。

 そんな望月を無視し、エマは書類に目を走らせる。


「理奈はモンスターテイマーなのよね? それでテイムしているのが白色の竜種と黒色の獣種。名前はそれぞれタツノとコタロウよね?」


「……はい、そうです」


 竜乃と虎太郎という名前になじみがないのか、エマの発音は日本語ながらもやや棒読みだった。


「このうちしっかりとテイムをしているのはタツノの方、で合ってるわよね?」


「……? はい」


 なぜ今そのようなことを聞かれるのか疑問に思い、望月は首を傾げる。


「コタロウをテイムしているっていうのは、どうして分かるの?」


「テイマーはテイムモンスターと白い線で繋がっているのを見れるんですが、それがあるからです。あと、支援魔法などもかけられますし」


「……ただ、コタロウの情報は見えない?」


「あ、はい。そうですね」


「…………」


 望月が答えると、エマは黙り込んでしまった。

 隣に座るラファエルも、難しい顔をしている。


「……あ、あの?」


「あ、ええ、ごめんなさい。そうよね……」


 そう言ってエマは曖昧な笑みを浮かべた。


「まだ理奈が戦っているところを見たわけではないけれど、貰った情報といくつかの配信、そしてこうして理奈に会うことで私は思うことがあるの。きっとこれはラファエルも同じ」


 そこで言葉を区切り、目線を一度だけ伏せ、その後にまっすぐな視線を望月に向けた。


「気を悪くしないで欲しいのだけれど、貴女はどこからどう見ても一般的な探索者に過ぎないわ」


 一般的な探索者。その端的な言葉は、望月自身も思っていることだ。


「理奈、よく聞いて。貴女は確かにその年での探索者として考えるとずば抜けているわ。

 Tier1下層まで行けるだけで十分すぎる」


 けれど、とエマは続ける。


「それは心愛のような、一般とは異なる次元ではない」


「…………それは、分かっています」


 今の自分がTier1下層のような前人未到の層に居るのは、虎太郎のお陰だ。

 もしもあの日、虎太郎に出会っていなければ、ここにはそもそも居ないだろう。


 こうして実際に顔を合わせたからこそ、望月には分かる。

 氷堂もエマもラファエルも、普通ではないと。


「テイマーがそうである以上、テイムモンスターであるタツノもまた同じ。

 けれど、コタロウは違う」


「はい、分かっています。だからこそ虎太郎君には感謝しています。彼がいなければ、私はここまで来れませんでしたから」


エマの言いたいことが何となく分かり、望月は頷く。自惚れてはいけない、ということだろう。


 しかし、エマは首を横に振る。何が違うのか、そう不思議に思った瞬間に、エマは言葉を発した。


「理奈はコタロウを私達と同じだと考えているでしょう?

 けれどそうじゃないの。コタロウはそもそも私達とも違う。そう考えているわ」


「……違う?」


「ええ、配信を見ただけだけど、コタロウの強さは確かに探索者の枠組みに収まっている。

 けれど一方で、コタロウの成長速度や潜在能力に関しては目を見張るものがあるわ。

 それにコタロウを見ていると、あれはどれとも違う。普通の探索者とも、私達とも。それこそ……いえ、何でもないわ」


「……そう、なんですね」


 虎太郎が自分達とは違うということはよく分かっているが、氷堂やエマとも違うようだ。

 驚きつつも、虎太郎が褒められて、嬉しく感じる。


 けれどエマの警告するような言い方には、まだ不安を覚えていた。


「コタロウの強さは日本というよりも世界にとってプラスになる。

 貴女達がこれから探索を進めることは素晴らしいことだし、私としても応援しているわ」


「でも」と言って、エマは言葉を区切る。


「その……コタロウとの仲は本当に良いの?」


「はい?」


 尋ねられた内容が分からず、望月は聞き返してしまった。

 それは今まで誰にも聞かれたことがないような質問だった。


 エマは、自分と虎太郎の仲を疑っている。

 そのことを悟り、頭が沸騰した。


「……仲は良いですが、なにが言いたいんですか?」


 頭を黒い何かが塗りつぶし、必死に怒りを押さえつけながら言葉を発する。

 自分の声が今までにないほど低く、エマを睨みつけていることにも気づいていないくらいだ。


 別に自分が虎太郎の足手まといと言われるのは良い。自分が力不足と言われるのも良い。

 誰よりも自分が分かっていることだからだ。


 けれど虎太郎との仲を疑われるのだけは我慢ならなかった。

 すっと左の手の甲に感触を感じる。見てみれば、心愛が手を上から握っていた。


「否定。どうか怒らずに、エマの話をもう少しだけ聞いて欲しい」


 無表情ながらも気遣うような雰囲気を出している氷堂に、少しだけ頭の熱が引いていく。

 ハッとして視線を向ければ、エマも申し訳なさそうに目じりを下げていた。


「ご、ごめんなさい理奈。そうじゃないの。

 ただ私達が知れるのは紙での情報と配信だけなの。だから貴女達が本当に仲が良いのかは分からない。

 ……でも、仲が良いということはよく分かったわ。とりあえずは安心ね」


「エマ、説明」


「そうね。私達が心配している……いえ、心配していたのはたった一つだけよ。

 コタロウが理奈と仲違いをして、探索者に敵対しないかということだけ。

 コタロウは完全に理奈の管理下にあるわけじゃないもの。何らかの拍子で敵に回ってしまえば、ほとんどの探索者が死んでしまうわ。

 でも……そんなことは起こらなさそうね」


 エマの言いたいことが分かり、落ち着いた望月は目を瞑って深く息を吐く。


「……すみません、取り乱しました。申し訳ないです」


「いえ、私も申し訳なかったわ。

 決してあなた達が仲が悪いということを言いたいわけではないの」


「はい、分かりました。ですが、配信外でも仲は良好だと思います。

 意思疎通を取れるわけではないですが、なんとなく虎太郎君の言いたいことは分かりますし、よく触れ合ったりもしますので……」


「そう……それは本当に……本当に良かったわ」


 心底安心したように胸を撫で下ろすエマ。

 彼女は望月を怒らせてしまったという後ろめたさもあるようだが、望月と虎太郎の仲が良いことが分かって本当に良かった、という気持ちが読み取れた。


「それに、竜乃ちゃんは虎太郎君とコミュニケーションが取れるので、よくじゃれ合っています。私も竜乃ちゃんとは仲が良好ですし、私達の間は問題ないと思います」


「あら、やっぱりそうなのね。配信通り、ということね」


 怒りが収まってきたこともあり、普通にエマと会話する望月。

 不意に、エマの隣に座るラファエルが手を上げた。


「理奈、質問に答えてくれてありがとう。そしてエマの質問で気分を害して申し訳ない。

 誰にだって譲れないものがある。君の怒りも当然だ。許してくれるかい?」


 そう言って頭を下げるラファエル。

 隣に座るエマもそれに続いた。


「い、いえ、私もちょっと熱くなってしまっただけなので! もちろん許します!」


 もう怒りも霧散していた望月は、慌てて首を横に振る。

 ラファエルとエマの二人はその声に顔を上げた。


「ありがとう、理奈。

 聞きたいことを知れたところで、どうかな? パリのTier1に一緒に潜らない?」


 安心したように息を吐いて提案してきたエマの言葉に、望月は頷いた。


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