第135話 フランスNo1探索者パーティ、カヌレ
専用の飛行機に乗ること約半日。
望月は、人生初の海外に訪れていた。場所はフランスの首都、パリ。
車の窓から見える日本とは異なる街並みに驚いていたのも束の間、望月を乗せた車は大きなビルの中へと入っていく。
誰の目にも止まらぬようにビルの裏口に止まった車から降りて中に入る。
厳重に警備を固められた通路を歩き、同じくガードマンに護られたエレベータ搭乗口へ。
すでにエレベーターは待機していたようで、すぐに扉は開き、望月達は中に乗り込んだ。
この間、望月は堂々としている氷堂についていくので精いっぱいである。
見慣れない装飾や絵画などを見て右や左を見ていたが、頼れる日本No1の背中だけは決して視界から外さなかった。
その一連の中で「流石氷堂さん」と、望月の中では氷堂の株が上がる。
ちなみにこの時の氷堂が何を考えていたのかは彼女自身にしか分からない。
「すでにカヌレのお二人は部屋でお待ちしています」
エレベーターの操作パネルの前に立っていた職員の人が言葉を発する。
彼女の頭よりも少し上にある電光の数字表記は次々と数が上がっていき、やがて止まる。
望月が分からないのでおそらくフランス語だとは思うが、機械音が響き、扉が開いた。
奥へと続くカーペットの敷かれた廊下。そこをもう一人のフランス人の職員さんが先導して歩き始める。
金髪の女性に四人でついていけば、すぐにやや大きい両開きの扉へと案内された。
「こちらで、カヌレのお二人がお待ちです」
エレベーターの時の職員と同じく流暢な日本語でそう言い、彼女は扉の横に控えた。
東京支部の時と同じように、彼女もこの場所まで案内するまでが仕事のようだ。
慣れた様子で毛利が扉をノックすれば、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
驚くことに、日本語だった。
毛利は声を聞いて扉に手をかけて中へと入る。
その後に氷堂、神宮、望月の順に続いた。
中は、思ったよりも広くはなかった。
大きめの白いテーブルが置かれ、それを挟むように豪華な椅子が左右に4つづつ、合計8つ配置されている。
一番奥に座っていた男女の二人が椅子から立ち上がり、こちらへと向かってくる。
「心愛! 久しぶりね!」
やや早足で駆け寄ってきた女性を見て、望月は言葉を失った。
ウェーブのかかった金髪に、蒼い瞳の綺麗な女性。こんな美人を、望月は見たことがない。
いや、氷堂も氷堂でかなり顔は整っているのだが、彼女が人形のような精巧な美しさであるのに対して、この女性はまるで神話に出てくるような美の女神のような美しさだ。
彼女はとても嬉しそうに氷堂に向かい、そのまま抱擁した。
身長は女性の方が高いのに加えて、直立の氷堂はされるがままという感じである。
氷堂はいつも通りの無表情ではあるが、嫌がっているような様子はなかった。
「久しぶり、エマ」
氷堂を離し、微笑んだエマと呼ばれた女性は望月達の方に視線を向ける。
毛利、神宮と視線を動かし、制服を着た二人とは違う服装の望月を捉えた。
「まぁ! この子が望月!?」
心底驚いたように目を見開くエマ。
それに対して、氷堂はコクコクと頷いた。
「肯定。望月理奈」
「まあ!」
エマは感極まった様子で足を進め、望月の元へ。
身長の高い美人を見上げるような形になり、望月の中にも緊張感が生まれる。
あくまでも氷堂のおまけでしかない自分がフランスのNo1探索者に認められるだろうか?
何か言われるのではないか? そんな少しの不安を感じていたものの、エマは望月をじっと見て笑顔を浮かべた。
「とても可愛い女の子ね。こんにちは、私はエマ・ジラール。エマと呼んでくれると嬉しいわ」
「こ、こんにちは。よろしくお願いします! え、エマさん! ……あ、私は望月理奈です」
緊張してやや声が上ずったために、それを何とかしようと声を張ったら逆に大きくなりすぎてしまった。
しまったと思い、尻すぼみに自己紹介したのも束の間、エマは満面の笑みを浮かべる。
「理奈、と呼んでもいいかしら?」
「え? あ……はい、大丈夫です!」
一瞬戸惑ったが、外国では初対面でも名前で呼ぶことがあるのだろうと思い、望月は受け入れた。
「ハグしてもいいかしら?」
「はい! ……はい?」
咄嗟に返してしまったが、言葉の意味を理解して首を傾げる。
しかし次の瞬間には、エマに抱擁されていた。
(うわっ……こ、これ……私には……し、刺激が……)
普段虎太郎や竜乃としか抱き合わない望月にとって、エマのような大人の女性との抱擁は刺激が強すぎた。
女性特有の柔らかさも、その中でもどことは言わないが特に柔らかくて大きな部分も、望月にはまだ発展途上のものばかりである。
さらにエマの香水の香りなのか、嗅いだことのない、けれど心地よい香りにくらくらしてくる。
「エマ、望月が困っているよ。抱き着きたいのも分かるけど、そこらへんで」
「肯定。気持ちは分かるが、これ以上は看過できない」
「あら? 挨拶なのに……」
男性と氷堂から指摘を受け、エマはしぶしぶと言った様子で望月を離す。
あのままではおかしくなりそうだったので、助かったと望月は内心で胸を撫で下ろした。
靴音を響かせて、一人の男性が近づいてくる。
彼は望月よりも少し離れた場所で止まり、微笑んだ。
「初めまして望月。僕はラファエル・ジラール。エマの夫だよ。
僕も君の事を理奈と呼んでも構わないかな?」
声をかけてきたのはフランスNo1パーティ、カヌレのリーダー、ラファエルだった。
その姿を見て、望月はエマを見た時と同じように絶句する。
短い金髪に、整った容貌、そして服の上からでも分かる引き締まった体つき。
望月は過去の一件で顔が良い男性に苦手意識があるものの、ラファエルの事は純粋に美しい人だと思った。
童話に出てくる白馬の王子様を現実にしたら、こんな感じの男性になるのかもしれない。
多くの女性が、彼に夢中になるだろう。ただ多くの男性が同じくエマに夢中になるとは思うので、そういった意味ではお似合いの夫婦というわけだ。
ちなみに望月は白馬の王子様は白馬に載った金髪の王子ではなく、真っ白い獣で、成長すると大きく、黒くなる獣のことだと本気で思っている。
「初めましてラファエルさん。はい、構いませんよ」
「ありがとう。今回は日本から遠いフランスまで、はるばる来てもらって感謝するよ。
ほらエマ。理奈と個人的な話をするのは後でもいいだろう? とりあえずはカヌレとして、彼女達と探索者としての話し合いをしよう」
「……ええ、構わないわ」
夫に窘められたものの、エマがやや不満に思っているのは声音からも明らかだった。
「こっち」
氷堂に声をかけられ、先ほどまでカヌレ夫妻が着席していた椅子の向かいに案内される。
一番奥に氷堂が、そしてその隣に望月が腰を下ろした。
さらに隣には毛利、神宮の順で着席をする。
よく見るとさっきは気づかなかったのだが、カヌレ夫妻の後にも黒服の女性が二人立っていた。
こうして視界に入れるまで気づかないほど、気配を消すのが上手いようだ。
「さて、それじゃあ話し合いを始めましょう。といっても簡単なものだから、理奈は緊張しないでね」
リーダーはラファエルであるはずなのだが、どうやらこの場はエマが仕切ってくれるようだ。
緊張するなと言われても、異国の地で、日本とフランスのNo1探索者達に囲まれて緊張しない方が無理だった。
しばらく望月の体がガチガチのままだったのは、言うまでもないだろう。