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第133話 海外交流プログラム、開始

 政府の冒険者支援機関、東京支部。

 その入り口で名前を受付に伝えた望月は、エレベーターに乗って伝えられた階へと向かっていた。


 望月里奈という名前を伝えたときはその場にいた3人の受付嬢の時間が止まり、すぐに焦ったように確認を取っていた。

 本物の望月である確認が取れると、逆に望月が困ってしまうくらい腰を低くして丁寧に説明をしてくれた。


 東京支部に来てくれたこと自体を感謝されたくらいだ。

 有名になってからこういったことは何回かあるのだが、望月が慣れることはない。


 彼女の中では、すごいのは竜乃や虎太郎であって、自己評価は高くないからだ。

 だからいつも、もっと普通の学生として扱ってほしいと思ってしまうのである。


 じっとエレベーター上部の階の数字を見ていれば、目的の数字に切り替わるのに時間はかからなかった。

 チンッという聞きなれた音を耳に残してエレベーターを降りる。


 驚いたことに、少し離れた位置に頭を下げた女性職員が立っていた。


「あ、あの……」


「望月様、お待ちしておりました」


「は、はい……」


 先ほど普通の学生として扱ってほしいと思ったばかりなんだけどなぁ、と望月は内心でため息を吐く。

 残念ながら、彼女の願いが叶うことは今後訪れない。


「すでに神宮専属職員は部屋でお待ちです。……また、京都からお越しの氷堂さんも同席するそうですが、よろしいでしょうか?」


「あ、はい、本人から聞いているので大丈夫です」


 むしろ望月としては早く神宮と氷堂に会いたかった。

 見知らぬ人に称賛されるのはむず痒い。


 ダンジョン内でもそういったことはあるが、あれは竜乃や虎太郎がメインなのだ。

 その二人も、現実世界のここでは側にはいられない。それなら知っている人の方が気楽でいい。


 頭を下げ、部屋へと案内してくれる女性の職員。

 彼女についていけば会議室のような部屋の扉へと。


 ノックをすれば、中からは聞きなれた声が聞こえた。

 扉の横に立って頭を下げる女性職員に苦笑いして望月は扉を開く。


 中は予想通り会議室だった。

 やや大きめのテーブルが置かれ、その奥には二人の女性の姿がある。


 ノートパソコンを置いて作業をしている神宮と、椅子に座ってじっとしている氷堂だ。

 神宮は望月に気付くと彼女の方を向いて微笑む。立ち上がって椅子を手で示してくれた。


氷堂はいつもの無表情で、感情は読み取れない。


「こんにちは神宮さん、氷堂さん。待たせてしまってすみません」


「いえ、こちらが呼び出したので待つのは当然です。望月さんは一切気になさらないでください」


「肯定。待つというのはたまにするが、良いものだ」


 軽く挨拶を交わして、望月は示された席につく。

 神宮も再び席に着いた。


「さて、それでは説明を始めますね。一般的なことは私共の方で話しますので、補足は氷堂さんにお願いします」


「任された」


 京都に住んでいる氷堂だが、ここ数週間は東京のホテルにずっと滞在している。

 そのため望月との接点もあり、二人は親交を深めていた。


 天元の華やエルピスのメンバーも紹介しようかなと考えたが、氷堂はあまり大人数での話が好きではないそうなので、まだ行っていない。

 そのうち少しずつ紹介できればいいなと思っているのは、望月だけの秘密である。


「毛利さん、聞こえますか?」


 神宮はノートPCを弄り、京都側と回線をつなぐ。

 部屋の奥のスクリーンに映し出されたのは、ビデオ通話の画面だ。


 マウスのクリック音が何回か響き、向こう側の様子が映し出される。

 眼鏡をかけたミディアムヘアの女性が、氷堂心愛の専属職員、毛利茜だ。


『初めまして望月さんー。ウチは毛利茜いうものですー。いやー、にしても話題の望月さんがこんな別嬪さんだったとは……氷堂から色々と話は聞いてまっせ』


「ど、どうも……」


 初対面だが満面の笑みの毛利に対し、望月はおずおずと返事をする。

 氷堂は彼女にどんなことを話しているのだろうか。少し気になった望月だった。


「さて、聞いている限りでは今回の氷堂さんの向かう先はフランスとのことですが、パリにあるTier1ダンジョンですね。明日に氷堂さんと望月さんは東京を経ってもらい、大阪へ。

 そしてそこからは用意された専用の飛行機でフランスへと向かいます」


『長い事海外交流プロジェクトは京都側で行われていたから、移動手段がこっちにしかないんや。ほんまにごめんな、望月ちゃんー』


「いえ、大丈夫です」


 両手を合わせて頭を下げる毛利に対し、望月は首を横に振る。

 彼女からしてみればフランスに行けるだけでもありがたいのだ。毛利や神宮に対して文句を言うつもりなど毛頭ない。


『ほんまに良い子やわー。氷堂も見習った方がええんちゃう?』


「肯定。彼女は素晴らしい」


『後半は無視かいな……』


 毛利と氷堂のやり取りに、望月は絶句する。

 あの氷堂に対して、漫才じみたやり取りを毛利が行ったのだ。


 それは自分と神宮の関係どころか、探索者と専属職員の一般的な関係ともかけ離れていた。


「向こう側で一緒に潜ってくれるのは、カヌレというパーティですね。若い夫婦で構成された、全二名のパーティです」


「……カヌレ?」


 聞き覚えがある単語を聞き、望月は首を傾げる。


『フランスの洋菓子やね。奥さんがつけたらしいで』


「エマは無類のお菓子好き」


 毛利、そして氷堂からの返答を聞いてなるほどと納得した。


「向こうでの滞在期間は大体2週間程度です。そこでTier1の上層を探索しながら交流を深めてもらいます。Tier1のボスは1対1の形式であるのは海外でも変わらないので、突破するかどうかは探索者側に任せています」


『ほとんど皆挑まんけどな。基本的には仲良くなって、戦闘のテクニックや情報を交換し合うのが特徴や。なかでもフランスのカヌレ夫妻は以前から氷堂を可愛がってくれててな? 夫婦のマイホームにも泊まれるほどなんやで』


 そんな仲の良い人たちの集まりに自分が行っていいのかと、望月は氷堂を見た。

 けれどそんな望月の心は見透かせなかったようで、氷堂は力強く頷いた。


「肯定。ラファエルもエマも、優しい人。きっと貴女のことも気に入ってくれる。

 それに二人ともものすごく強いから、あの子たちにも良い刺激になる筈」


「……氷堂さん」


 自分の事はもちろん、虎太郎や竜乃のことも気にかけてくれる氷堂。

 彼女のこういった言動は、昨日今日の話ではない。


 彼女は会ってから今までずっと、望月達を一体として見てくれている。

 一つのチームとして見て、正確なアドバイスなどを下してくれる。


 強さに憧れるというのもあるが、そんな氷堂の思いやりの心を望月は好んでいる。


「カヌレ夫妻は既にフランスのTier1ダンジョンの一つを攻略していますからね。

 彼らから得られるものも多いと思います」


「私と同じくらい強い。だから期待していい」


「そうなんですね、楽しみです」


 得意げな雰囲気を出す氷堂を見て微笑む望月。

 海外にはTier1ダンジョンを攻略した探索者も居ると以前聞いたが、フランスのカヌレ夫妻はそのうちの一組らしい。


 これは色々なことを学べるかもしれない。

 そんな事を思ったとき。


(……あれ?)


 ふと、望月は先ほどの氷堂の言葉を思い返した。

 彼女はこう言ったはずだ。私と「同じくらい」強いと。つまりカヌレ夫妻と氷堂の実力は並ぶほどということである。


 一方で、カヌレ夫妻はTier1ダンジョンを攻略し、氷堂はまだ攻略し終わっていない。

 ダンジョンの攻略進行度で、大きな差がカヌレと氷堂にはある。


 そのことを不思議に思ったが、まさか本人にそのことを聞けるはずもない。

 いくら仲良くなってきたとはいえ、失礼な言動は避けるべきだ。


「大阪からフランスまでは専用の飛行機で半日程度かかるので、少し長い旅になると思います。

 私と毛利も同行しますので、言語に関しては安心してください」


「肯定。そもそもラファエルもエマも日本語は堪能」


「あ、そうなんですね。安心しました……」


 そんな疑問も、神宮や氷堂と話しているうちにどこかへと消えてしまった。


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