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第132話 未だ謎多き階層

 地面に倒れこむ俺と望月ちゃん。

 つい先ほどまでいた場所を刃が通り抜け、危うく轢き殺されるところだったのだ。


 目の前でなにが起こったのかまだ理解しきれていないようで、望月ちゃんは唖然としていた。


『だ、大丈夫か……?』


 彼女に声をかけるとようやく俺のことを意識したのか、目線が動く。

 深く息を吐き、自らの心を落ち着けているようだ。


「あ、ありがとう虎太郎くん……あ、あれは一体……」


 通り過ぎて行った方向を見ながらそう呟く望月ちゃん。

 同じくそちらを向けば、配信のカメラドローンが映った。


“モッチー、無事か!?”

“なんだあれ!?”

“配信を巻き戻してみたけど、剣? みたいなものが見える”

“なんか電車が通り過ぎたみたいな感じだったけど……”

“虎太郎の旦那が居てくれてマジで助かった。モッチーが細切れになるところだった……”

“あんなわけわかんないやつがいるのかよ……”


 視聴者たちも困惑している。ただ俺たちの前を通り過ぎた巨大な影を見れた人はいないようだ。

 望月ちゃんは立ち上がり、配信のカメラドローンに近づく。


「び、びっくりしました。あんなのが居るんですね。気を付けないと……」


“ユリア:アタシは分からなかったけど、愛花が見えたみたい。刃の奥に黒いのが見えたから、モンスターじゃないかって言ってる”

“天元の華もよう見てる”

“愛花さんが言うなら間違いないか”

“あれモンスターなの!? マジか……”

“下層を移動しているモンスターってことなんかね……”


 天元の華の伊藤優梨愛さんのコメントを皮切りに、あの巨大な影がモンスターであるという認識が広がっていく。

 アカウント名こそ優梨愛さんのものだが、天元の華の残りの3人、君島愛花さん、武田夫妻も見てくれていることは視聴者たちも知っていることだ。


 そのうちの一人、愛花さんのおかげで望月ちゃんにも、あれがモンスターであることが伝わったようだ。


「……モンスターということは、そのうちあれと戦うかもしれないということですよね。

 とっても大きくて、いくつも剣を持つようなモンスターと……。中ボスなのかなぁ?」


 望月ちゃんの言葉には同意する点もあるが、いくつか疑問に思う部分もある。

 とくにあれが中ボスかどうかというのは怪しいものだ。


 基本的には施設や地域の中に居る強いモンスターが中ボスだからだ。


「……とりあえず、もっと下層の情報が必要ですね。探索して、情報を集めてみます。

 ……あのモンスターには、気を付けながらですが」


 望月ちゃんの言葉に従い、俺はまた先頭に立って先へと進み始める。

 前人未到の下層。その全貌を知るには、まだまだ時間が必要だ。






 ×××






『これで……沈め!』


 ここの中層でも戦った白い虎に対して、紫電を通した爪を振るう。

 既に魔法は発動していて、上空から落ちるスパイラル・フレアが白い虎の風の盾に防がれている。


 ユニークモンスターだった白い虎は、予想通りこの階層に居た。

 所持していた能力は、再生能力と風の盾。どうやら音速を越える速さがユニークのみが持っていた特性らしい。


 いくらユニークよりは弱いとはいえ、この白い虎はTier1下層の中でも深部に位置する場所で登場するフロアモンスターである。

 上級魔法で隙を作り、素早い動きで翻弄しつつ体を捉え、決定打を放つのには苦労させられた。


 俺の紫電の爪は正確に白い虎の胴体を捉え、切り裂く。

 鮮血が宙を舞う中で、ようやく白い虎のHPが全損したのか、目に光がなくなっていく。


 一戦が終わって落ち着く暇もなく、俺は倒れる白い虎の向こうに竜乃を確認する。

 彼女は、朱色の体を業火に包んだ鳥と戦いを繰り広げていた。


 俺のかつての予想通り、下層に入ってすぐに出会ったのはただの火の鳥だった。

 白い虎が白虎ならば朱雀と呼べるモンスターは、あれだ。


『竜乃! いくぞ!』


『!』


 俺の言葉に、それまで必死にブレスで朱雀と戦っていた竜乃は弾かれるようにその場から離れる。

 その体は所々が焦げていて、望月ちゃんの回復魔法をもってしても追いつかないほどの強敵であることを示していた。


『これで、終わらせる!』


 白い虎、いや白虎に魔法が通じないために、ずっと体の中で燻らせていた魔力を解放する。

 事前に準備していた分もリソースとして回し、魔法を放つ。


 水の上級魔法、コキュートス・グレイブ。

 周辺の空気の気温が一気に低下し、朱雀の足元から墓標となる氷塊が飛び出す。


 地面から噴き出した氷塊は急速に大きさを増し、朱雀の足に触れた。

 その部分が凍り付き、一瞬朱雀の動きが止まる。


「ボルテックス!」


 羽ばたいて氷から逃れようとする朱雀の頭に、雷が落ちる。

 轟音を立てて落ちた雷撃は朱雀の体を感電させ、力強い羽ばたきを強制的に止めた。


『さっきはよくもやってくれたわね! 食らいなさい!』


 怒りの籠った声が響き、朱雀の体を紫色の光が照らす。

 残りの力をすべて注ぎ込んだ竜乃の複合ブレスが、最後の敵を飲み込む。


 俺の魔法に体を侵食され、竜乃のブレスに焼き尽くされ、朱雀は悲鳴のような鳴き声を上げた。その声はだんだんと小さくなり、フェードアウトするように消えていく。


 俺たちの、勝利だ。


 灰となり、姿が消えた最後の敵を確認し、俺は地面に伏す。

 首だけを動かせば、望月ちゃんもしゃがみ込んで肩で息をしているし、ブレスを吐き終わった竜乃も疲労している。


「も、もう無理……今日はここまで……」


 息も絶え絶えに、望月ちゃんはそう言った。

 その言葉は俺たちと、配信を見てくれている視聴者たちに向けたものだ。


“おつかれさま!”

“あんまり無理しない方がいいよ! 今日はゆっくり休もう!”

“下層でも奥の方に来ているのは間違いないんだし、敵も強いからねぇ”

“ゆっくりだけど確実に一歩一歩進んでいるんだから、よい感じだよ!”

“色んな特殊能力持ってるモンスター相手に、モッチー達は本当によくやってくれている”

“そろそろ海外交流プログラムも始まるしね。一旦下層攻略は区切りにしてもいいと思うで!”


 コメントが言うように、俺たちは下層の奥へと来ている。

 下層に初めて挑んでから約二週間。初めは順調だった探索も、奥に進むにつれて苦戦するようになってきた。


 純粋に、敵が強いのだ。

 攻撃力、防御力、HPのみならず、それぞれが特殊な力を持っている場合が多い。


 倒すのに、どうしても時間がかかるし、強大な力が必要になる。

 毎回の戦いで上級から超級の魔法を俺は放っているし、紫色のブレスを竜乃が放たないことはないくらいだ。


 さらに望月ちゃんの負担も大きい。俺たちの怪我を癒すのみならず、常に支援魔法をかけ続け、隙があれば攻撃魔法も放ってくれている。

 そんなわけで、俺たちの探索はややペースダウンしている現状だ。


 とはいえ二週間で下層の奥地まで進めたのは上出来だと言える。

 このペースなら、あと一ケ月ほど時間をかければ、下層をある程度は回れるという計算だ。


「……そうですね。明日からは海外交流プログラムの準備に入っちゃうので、しばらく配信は出来ないと思います。次は来月かもしれません」


 望月ちゃんの残念な声が耳に届く。

 海外交流プログラムは配信が許可されていないために、視聴者たちが俺たちを目にするのはプログラムを終えて日本に帰ってきて、下層にまた挑むときになる。


 今は月の初めらしいが、きっと来月になるだろう。

 それを残念だと言うコメントも多い。


 望月ちゃんは配信カメラから目を反らし、遠くを見る。

 別に何かを見ているわけではない。探しているわけでもない。


 戸惑っているのだ。それは俺も、竜乃も同じ気持ち。

 やがて、望月ちゃんが口を開く。


「それにしても……施設も地域も全然見つからないなぁ」


 探索を開始して二週間ちょっと。

 俺たちは下層を半分ほど探索したにもかかわらず、地域はおろか、施設の一つも見つけられてはいなかった。


 探索をしても、出てくるモンスターが変わるだけで、あとはずっと変わらない景色が続く。

 ずっと変わらずについてくるだけの人形を見て、望月ちゃんは深いため息を吐いていた。


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