第131話 通り過ぎる強大な影
初の東京Tier1下層探索の翌日。
望月ちゃんに呼び出された俺は、ゆっくりと目を覚ます。
今日も下層探索の続きだ。
そう思って目を開けば、視界には苦笑いした望月ちゃんがいた。
一体どうしたのか? そう思ったがすぐに合点がいった。
気配を感じてそちらに目線を向ければ、真っ白な着物を着た人形が立ち尽くしていたからだ。
「こんにちは虎太郎君。あの人形は相変わらずみたい……」
『こんにちは』
軽い挨拶を交わせば、望月ちゃんは微笑んで配信ドローンの設定へと向かっていってしまった。
基本的に彼女は竜乃、俺の順で呼び出して挨拶をするので、竜乃はすでにこの場にいる。
(……ダンジョンから出て入っても、まだ人形がいるのか)
出て入って、というだけでは居なくならないだろうとは思っていたのだが、どうやら予感は的中したようだ。
というよりも俺達がダンジョンにいない間、この人形はずっとここで待っているのだろうか?
疑問は積み重なるばかりである。
「皆さんこんにちは。今日も下層探索を続けていく予定です。ちなみにですが昨日の人形はまだいます……」
“こんにちは!”
“おつかれ!”
“配信ありがとう!今日で下層探索二日目だね!”
“うへぇ、やっぱりまだあの人形いるのか……”
“気味悪いよなぁ……”
“本当、一体何なんだろう……“
望月ちゃんが配信を開始したようだ。配信ドローンにはいつも通り多くのコメントが流れている。
多くの視聴者が思い思いの事を書き込んではいるが、答えが出ることはない。
今日の探索で、何かが分かるのだろうか。
探索の際のいつもの並び順になるために、先頭へ向かう途中で背後を振り返る。
人形の事は気になるが、もう一つ気になることが俺にはあった。
見える範囲には、以前見た気がした太陽を反射する光は見えなかった。
×××
金色に光る甲羅の亀型モンスターの背中に、勢いよく爪を振り下ろす。
これまでの戦いの中で俺の爪を受け続け、さらには魔法で十分なダメージを与えていたために、亀形のモンスターは苦しそうに体を震わせていた。
防御特化のように見えるこのモンスターは最初に見たときこそ倒すのに苦労するかと思ったが、実際に戦ってみれば動きは鈍重で、そこまで脅威になるような攻撃も持っていなかった。
固い甲羅ゆえに倒すのに時間はかかりそうだったが、その甲羅を使用して飛び上がり、鳳凰のような見た目をした鳥に襲い掛かるのに一役買ってくれたくらいだ。
すでにその炎の鳥は倒し、残りはこの金色の亀のみ。
少し遠くでは、ちょうどのタイミングで鱗を持つ円柱状のモンスターを竜乃が倒していた。
(望月ちゃんのレベルアップで威力が上がったのか……今回は俺の方が時間がかかったな)
とはいえ、もう金の亀は虫の息。爪に紫電を通電させ、大地を蹴る。
亀は手足と首を甲羅の中に引っ込めたが、そんなことはお構いなしだ。
紫電の効果で、例え爪による攻撃があまり効かなくても、電撃によるダメージが入っているのは確認済みなのだから。
右の前脚で一回、そして素早く左の前脚でもう一回切り裂く。
甲羅にもういくつめなのか分からない傷がつき、甲羅を走った電流が亀のHPをついに0にした。
勢いよく甲羅から手足と頭を出し、力なくうな垂れる。
姿が灰になり、消えていく様子をしばらく見届けた。
(……金の亀だからって、戦利品が豪華ってわけでもないんだな)
一般的な下層モンスターのドロップする量と同じ戦利品を眺めながら、そんなことを思った。
見た目的にゲームで言うところのレアモンスターのような立ち位置かと思ったのだが、ただのフロアモンスターらしい。
金塊でも落とせば良かったのになと思っていると、背後から声がかかった。
「お疲れ様竜乃ちゃん、虎太郎君! ちょっとずつだけど私もレベルが上がってきて、倒すのにかかる時間が減ってきたね」
彼女の言葉に、俺は頷いて答える。
確かにモンスターは防御、HP共に高く、攻撃の威力も高いものが多い。
流石は下層だと思うものの、出くわすモンスターの集団は今のところ最大3体だ。
少ない数のために戦いやすいという点もある。
もちろん奥へと進んでいけば数も必然的に増え、敵も強くなるとは思うのでどうなるのかは分からないが。
これまで戦ったモンスターがそこまで大型ではなかったこともあり、進めばさらに強いものも出てきそうである。
(……あ、あれ朱雀か)
ふと先ほど戦った敵達を思い返していると、そのうちの炎の鳥が朱雀ではないかと思った。
中国の四神の内の一体だ。
(……なら、中層で戦った白い虎は白虎で、この層からのユニークモンスターってことか)
とは思ったものの、炎の鳥はそこまで強敵ではない様に思えた。
火を使用した魔法や、翼から火の刃を飛ばしてきたりしたが、あの白い虎と並ぶような強敵には思えない。
あの程度なら、中層の光の地域にいた頃の俺でも苦戦しない筈だ。
いくらユニークであることを考慮しても、だ。
そう考えると、あれは白虎ではなかったのか。あるいは今戦ったのは朱雀ではなかったのか。
そもそも中国の四神に当てはめるのが間違いなのか。少なくとも今の段階では答えは出てきそうもなかった。
(っていうか、あの白い虎もここにいるんだよな。あんまり強くないといいけ――)
苦汁を舐めさせられた敵を思い出している最中に訪れた、全身の毛が逆立つ感覚。
何かとてつもない危機が迫っているような。
目で見える範囲では動きはない。
けれど、俺の獣の勘は頭の中で警鐘を鳴らし続けている。
なにか、来る。
『望月ちゃん!』
吠え、俺は望月ちゃんに向かって駆ける。
地面を力強く蹴り、可能な限り四肢を駆動させて彼女の元へ。
そしてそのまま彼女の後に回り込み、引き寄せるように体全部で望月ちゃんを押し飛ばした。
「きゃっ!」
悲鳴を上げ、地面に倒れ込む望月ちゃん。
クッションになれなかったことに申し訳なく思ったとき。
刃が、先ほどまで望月ちゃんがいた場所を通り過ぎた。
無数の巨大な槍が上下に動きながら、俺達の目の前を通り過ぎている。
一本や二本ではない、無数の刃がまるでムカデの脚のように。
(これは……槍か?)
素早く通過する一つ一つを目で追ってみると巨大な槍に見える。
太陽の光を反射して光り輝く刃を先端に持った、多数の槍。
それがまるで波のように、いや踏切の前で通過していく電車のように流れていく。
ほんの数秒で、波は俺達の前を通り過ぎた。
いくつもの刃が動き、移動しているはずなのに木々を斬らないのはどういった仕組みなのか。
それはおそらく、あの刃自体が一部だからではないだろうか。
俺達の目には槍の奥に、真っ黒な巨体が流れていくのも映ったはずだ。
『……槍の羽根を持つ、巨大なモンスター?』
目の前をまるで災害のように通り過ぎたそれが、この下層のモンスターであることを予期し、俺は唾を飲み込んだ。