第125話 日本一、そのレベルは
命のやり取りを行う探索者にとって、情報は命と同じくらいの価値を持つ。
ダンジョンの情報収集は探索者としての基本であるし、敵の情報を事前に知っていれば対処の仕方を考えることもできる。
特にボスの情報などは貴重で、文字によるものと動画によるもの、その両方でボスについて知っておくことは上位探索者なら欠かさずやっていることだ。
では探索者自身についての情報はどうかというと、こちらも命と同じくらいとは言わずとも、重要な情報だ。
探索者はダンジョンの中で探索者と会っても、軽く挨拶をして去るのが習わしだ。
すれ違うなら互いに干渉せず、同じ方向に進むならどちらかが譲る。
その中で当然探索者同士の衝突もあるが、主に口論によるものがほとんどだ。
もしも手を出せば最後、お互いに本気で戦うことになる。
互いに情報の知らない相手と戦うことがリスクであることは、探索者なら分かっていることだ。
例え頭に血が登っていたとしても、自分と同じ階層に潜れるだけの実力があり、かつ情報の分からない敵と戦うことは避けたい。
モンスターですらそう思うのだから、明確な思考と戦術を持った探索者相手ならなおさらだろう。
だからこそ、そういった情報の中で最もわかりやすいレベルを開示する探索者はいない。
配信で各々のスキルや魔法を見せている俺達ですら、望月ちゃんのレベルは公開していないのだ。
“ココア:では、同時に軽く自己紹介する。名前は氷堂心愛。到達階層は京都Tier1深層”
けれどこの女、氷堂心愛は何でもない事のように言う。
よくよく考えてみれば、氷堂は日本で一番強い。
そんな彼女にとってみれば周りなど脅威ではなく、自分の情報などいくらでも開示しても良いということだろうか。
(……そう考えると、俺達も別にレベルを開示しても問題はないのか)
ふと、そんな事を思った。
今の俺達は強い。望月ちゃんのレベルが実際にいくつであるかを言ったところで、さして影響はない気もする。
配信で魔法やスキルもバンバン見せているが、こんな力を持ったパーティと喧嘩したいと、元探索者の俺ならば決して思わない。
(……まあ、けど別にわざわざ望月ちゃんのレベルを言う必要もないか。それよりも……)
じっと、俺はコメントを待つ。
これから打ち込まれるであろう氷堂のコメント。
日本一の探索者のレベルは、いかほどか。
“ココア:レベルは974”
その3桁の数字は、配信に衝撃を与えるには十分すぎた。
“974!?”
“え、やば……”
“ちょ、ちょっと待って……望月ちゃんよりも250くらい高いってこと?”
“レベルはあくまでも探索者の強さの指標の一つとはいえ、国内ではぶっちぎりの1位だろ……”
“氷堂さんクラスになると絶対シークレットスキル持ってるはずだから、数値から感じる強さより強いってことでしょ?”
“正真正銘の化け物じゃん……”
驚愕の色一色のコメント欄。一方で、俺の内心は穏やかだった。
(あながち予想通りか……)
下層ボスに必要なレベルが900程度という結論が出ているので、おそらく深層のレベル帯は900から980。
そして深層ボスは1000というのがキリの良い数字でもあるし、俺の予想だ。
氷堂はまだ深層ボスを倒せていないので、974というのはある意味予想通りといえる。
ただ、予想をしていたとしても実際に明確な数字として言われると驚くべきレベルの高さであることに変わりはないが。
「きゅ、974……氷堂さん、凄いです」
氷堂のレベルを聞いた望月ちゃんは驚くと共に、尊敬の目線をカメラドローンに向けていた。
彼女の中での氷堂の株が上がっているようだ。
氷堂も雰囲気は恐いものの、今のところ問題がある人物のようには思えない。
仲も悪くないので、このまま交流を深めれば良い刺激になるだろう。
俺としても、氷堂がどこまでの高みにいるのかはとても興味がある。
“ココア:肯定。私は凄い”
“凄い。凄いとしか言えない”
“そんな凄い人がモッチーを気にかけて海外にまで連れていってくれるんや。ありがたいこっちゃ”
“……なーんか氷堂さんの反応がこう、なんというか”
“言いたいことは分かる。口が裂けても言えんけど、この人ってもしかして……”
“974か。あの怖さを考えると3000とか行ってるかと思ったww”
“ものすごく高いけど、桁違いではなかったか”
3000と聞くともはやレベルの概念が壊れている気がするが、あまり探索者に詳しくない人が氷堂の圧を一部でも受ければそう思うのも無理はないのかもしれない。
ただ、3000はともかく1000は越えているかもしれないとは俺も考えていた。
こんなシークレットスキルがあるとは聞いたことがないが、レベルがものすごく上がるようなスキルで、驚異的な力を手に入れたのかなとも一瞬考えたからだ。
“ココア:否定。そんなにチートみたいにレベルはポンポンあがらない”
“存在がチートの人が何を言っているんですかね”
“雰囲気だけで分かる、氷堂さんはバグ”
“チートじゃないよ、異次元だよ”
氷堂がどれだけ否定しようとも、彼女の姿を配信カメラ越しとはいえ実際に見て、そしてレベルを聞いた視聴者達からすればチートのようなものである。
けれど氷堂のコメントは止まらなかった。
“ココア:否定。世界には私よりも強い人も居る”
“あー、そりゃ、世界で考えたらそうか”
“世界一の探索者ってアメリカの人らしいし”
“氷堂さんが突破していないTier1ダンジョンを攻略している国もいくつかあるしね”
“いや、比較対象が世界っていう段階で、もう違うのよw”
“氷堂さんにしか言えない言葉や……”
“ココア:肯定。けれど私は彼らもここに並び立てると考えている。応援している”
これまで氷堂の話がメインだったことに気づいたのか、急にこちらへとパスを投げてきた。
「わわっ……あ、ありがとうございます。頑張ります!」
静観していた望月ちゃんはこれが自分の配信であることに気づき、握りこぶしを作った。
俺と竜乃を順に見たので、しっかりと頷き返しておいた。
“そういえばこれ、モッチーの配信だった”
“氷堂さん凄すぎて、乗っ取られかけてた”
“危ない、危ない”
“頑張るモッチーのポーズ、マジ好き”
“竜乃の姉御や虎太郎の旦那とアイコンタクトするのも好き”
“ココア:ということで、明日からの下層配信を楽しみにしている”
“日本一からの釘さし入りましたー”
“逃げるなモッチー”
“頑張れモッチー”
氷堂の期待を材料に、望月ちゃんを少し揶揄うようなコメントも見受けられる。
けれど、おそらく彼女はもう。
期待を込めて、望月ちゃんを見上げる。
配信を開始したときには迷いに揺れていた瞳。それは、もう無くなっていた。
「……そうですね。明日から、下層に突入します。やります!」
日本一の探索者からの言葉が良い刺激になったようだ。
この調子なら、明日は問題なく下層探索に入れそうである。
望月ちゃんはカメラドローンの時計を確認し、「うーん」と唸った。
「時間的にはまだ余裕がありますね。最後に一つお題を募集して、それで今日は終わりにしようと思います。虎太郎君の事でも、竜乃ちゃんの事でもOKです」
“自分で話題を考えろww”
“視聴者に頼りっぱなしの雑談配信はここです”
“決して自分を話題に出さない女”
“でも虎太郎の旦那の話も竜乃の姉御の話も何度も聞いているからなぁ”
これまでも望月ちゃん単独で雑談配信はしているようなので、視聴者達もネタ切れ気味のようだ。
(というか、俺と竜乃の話を何度もしているの?
絶対視聴者の中には望月ちゃんの事について聞きたい人もいると思うけど。
俺もそうだし……いや、でも望月ちゃんの情報は秘匿すべきだ。うちの飼い主に注目しないでください!)
「シークレットスキルについてどう思うか、ですか? そうですね。最後はこれにしましょうか」
そんな事を思っていると望月ちゃんが最後の話題を視聴者から拾ったらしい。
内容は探索者自身もよく分かっていない、シークレットスキルについてだそうだ。