第124話 1つの指標、探索者レベルについて
「はい、じゃあ、雑談始めていきまーす。話題募集しまーす」
魂が抜けたかのような表情でそういう望月ちゃん。
もちろん雑談配信は既に始まっているし、それからしばらく時間も経っている。
“モッチー壊れちゃった”
“氷堂さんに監視される雑談配信”
“多くの探索者が見ているとは思うけど、あの人は別格だろうな”
“しかもコメント残すんでしょ?怖すぎ”
“氷堂さんによるモッチーの雑談チェック入りまーす”
コメント欄にも、そんな望月ちゃんに気遣いの声をかける者もいれば、揶揄う者もいる。
ちなみに元凶である氷堂はコメントをしていなかった。おそらく、もう聞く態勢に入っているのだろう。
(……あの感じを見るに、結構熱心なファンみたいだからなぁ……)
表には出ないものの、彼女の内面は少しだが分かってきたような気がした。
望月ちゃんもどこかのタイミングでそれを知ったので、緊張感が取れたのではないだろうか。
そんな望月ちゃんは虚ろな目でコメント欄を眺めている。
ぽけーっとしているが、不意にピクリと動いた。
ちょっとホラーチックだなと思ったのはここだけの秘密だ。
「……レベルについて、ですか」
望月ちゃんが触れた内容は、探索者のレベルについてだ。
“お、これちょっと聞きたかった”
“よく聞く話だけど、どこら辺からが高いのかとかよく分からんくなる”
“レベル低い探索者が、適正レベルの高いダンジョンの層をクリアしているのよく見るからな”
“モッチーって、今レベルいくつ何?”
“正確な値は誰も言っていないから、大体で構わないので教えて下せえ”
他の視聴者達も、探索者のレベルについては気になるようだ。
ほけーっとした表情をしていた望月ちゃんは普通の顔つきに戻り、何回か頷く。
「……別に隠しているわけじゃないのですが、私のレベルは700代前半ですね」
“700代前半? 800ではなく? 低くない?”
“天元の華のメンバーって皆800近くなかった?”
“っていうか、大体どこのパーティも700は余裕をもって越えているはず……”
望月ちゃんのレベルを知り、コメント欄がざわつく。
実際、望月ちゃんのレベルは734だが、この数値はTier1下層はおろか、中層でもあまり余裕のないレベルだ。
Tier1中層は700から780程度までのモンスターが出現し、原始の精霊になると800近くは必要というのがモンスターチェッカーの見立てとなっている。
例えば上層なら600~670程度、1対1で勝負したボスは690程度必要となる。
ちなみに俺達が苦戦し、かつ探索者にとっての鬼門となっているTier2下層だが、出現モンスターが500~600程度なのに、ボスは700程度のレベルが必要というのがモンスターチェッカーが出している情報だ。誰がどう見ても壊れているとしか思えない。
「よく皆さん勘違いされるんですが、レベルは絶対なものではないんです。
探索者さんが所持している魔法や技といったスキルや探索者自身も把握できないシークレットスキル、それに戦闘経験やバトルセンスは数値化できませんからね」
望月ちゃんの言う通り、レベルはあくまでも指標の一つだ。
絶対ではなく、それだけで実力の全てが決まりはしない。
“うん、それは知ってる”
“でも高い方が良いのは間違いないからなぁ。いや、逆に言えば低いのに強いモッチーが凄いってことか”
“700くらいのレベルであの原始の精霊を倒すのは無理だわな。しかもモンスターテイマーとなると、モッチーにしか無理そう”
“パーティの中でもレベルの揺らぎあるけど、低いメンバーの方が活躍していることあるし”
“やっぱシークレットスキルは強いよなぁ。特にモッチーのはテイマー特化っぽいし、有利だよね”
“今度挑む下層だけど、大体レベル的にはどこらへんなの?”
「これから挑む下層はレベル的には800から880くらいらしいです。ボスは900相当だとか……」
これらの情報はあくまでも京都や他国のデータから得られたものだが、東京の下層でも当てはまると考えていいだろう。
だが、そうなると。
“ヒェ……レベル的に200くらい差があるじゃん……”
“さ、流石にヤバくない? モンスターのレベルも800って、今のモッチーより高いじゃん……”
“中層でもう少しレベル上げしてからの方が良いんじゃ?”
当然、望月ちゃんを心配する声が多くなる。
けれど望月ちゃんは、それらのコメントに微笑んだ。
「心配してくださってありがとうございます。でも、実を言うと今まで私が適性レベルの層を探索できたことって本当に探索者になってすぐの最初だけで、虎太郎君と出会ってからはずっとこんな感じなんです。
新しい層に挑んで、急激にレベルが上がって、そしてボスに挑む。だから大丈夫です。
あ、でも、もし下層の敵がものすごく強かったら中層に戻ろうかなと……」
あはは、と頬を掻く望月ちゃん。
探索者の全ては、レベルでは決まらない。
例え望月ちゃんのレベルが低くても、彼女が使役するモンスターが強ければ問題はない。
蒼い炎というシークレットスキルを持つ竜乃と、俺というイレギュラー。
そしてそんな俺達に強く作用する、望月ちゃんのシークレットスキル。
それらがかみ合った結果が、この奇跡のようなチームなのだ。
“そっか。まあ今までその調子で出来ているのなら、いいのかも?”
“無理もしないだろうし、モッチー達の事はモッチーが一番よく分かっているだろうからね”
“これまでと変わらず、応援するで!”
“頑張れ、モッチー!”
「ありがとうございます。とはいえ、まだ下層にも挑んでいないので、どんな敵が居るのかは分からないんですけどね。
これまでのセオリーが通用するような敵だと良いんですけど……変な敵とか嫌だなぁ……」
望月ちゃんはそう言って俺を見て、頭を撫でてくれる。
おそらくだが、Tier2下層でのダーク系統のモンスターを言っているのだろう。
あれには爪による直接的な攻撃が出来ず、さらには魔法の効きも悪いということで苦戦させられた。
しかし、このTier1に来てからはそのような敵とは遭遇していない。
まだそういった敵と遭遇していないだけなのかもしれないが、そもそも今の俺の場合、自らが制限されるような敵というのがあまり思いつかない。
物理も魔法も効かないような完全無敵のモンスターが居れば話は別だが、そういった倒せないモンスターをダンジョンが用意するとは思えないからだ。
“にしても、探索者やってるけど、俺なんてまだレベル200くらいだからなぁ。700なんて凄いや。氷堂さんとかどんだけレベル高いんだろ?”
ふと流れたそんな質問。
いや、質問ではなくただ思ったことを書いただけかもしれない。
「氷堂さんって……レベルどのくらいなんでしょうか?」
同じようにポツリと漏らした言葉。
それに対する返答はとても早かった。
“ココア:答える”
それを確認し、望月ちゃんは慌てたように言葉を続ける。
「あ、いえ、気にはなるのですがここで言わなくても……ぜ、全然個人通話とかで大丈夫なので!」
他人の、しかも氷堂のレベルを公開するわけにはいかないため、そう言ったのは容易に想像できる。
けれど、すぐに氷堂からコメントが書き込まれた。
“ココア:否定。別に私にとっては隠すようなことではない”
予想よりも斜め上の回答に、望月ちゃんも、俺も、視聴者達も絶句した。