第123話 雑談配信(日本一による視聴中)
“ズコー”
“え? 嘘やろ?”
“決まってないんかい!”
“【悲報】モッチー、雑談を軽んじていることが露見”
“モッチーちゃんさぁ……”
“そういうとこやぞ”
雑談配信に切り替えたは良いものの、何も考えていなかった望月ちゃんに対して視聴者からも鋭い指摘が飛ぶ。
それに目を向け、うっ、と望月ちゃんは唸った。
「ざ、雑談配信にすることしか決めてなかったので……本当にすみません……」
気にするなということでポンポンと彼女の膝を前脚で叩く。
「こ、虎太郎君……」
キラキラした目を向けられる特権は飼い獣である俺だけが持っているのです。
ドヤぁ、という思いでコメントに視線を戻す。そこにはきっと俺達の関係を羨むコメントが。
“そういうとこやぞ、虎太郎の旦那”
“お前が甘やかすからいつまで経ってもモッチーはいつまでもモチキチなんやで”
“頼れるのは戦闘だけでいい”
“どっちかというとこういうのは竜乃の姉御の方がキチンとしてそうよな”
なぜか分からないが、羨むコメントは一つもなかった。
なぜに?
“まぁ、話題を提供するのも俺らの仕事ではあるか”
“ちょっと考えるので2時間ください”
“しょーがない、一肌脱ごう”
“なおここまで質問一つもなし”
“君達さぁ……”
“氷堂さんとはどうだったの?”
「あ、そうだ、氷堂さんについて話していませんでしたね」
(え? 話してなかったの?)
思わずといった感じで望月ちゃんを見上げてしまう。
一昨日の話ではあるものの、配信でなくてもSNSなどでもう報告は済ましているかと思ったのだが、どうやらまだだったらしい。
「SNSで発信しようかなと思ってたんですけど、日課が忙しくて忘れてました。
ごめんなさい」
“あのさぁ……”
“俺ら<<<越えられない壁<<<虎太郎の旦那達なのは今に始まったことじゃない”
“まあ、話してくれればええで(悟り)”
“分かってた。分かってたよ(諦め)”
“き、聞かなかった俺らが悪いから……(錯乱)”
“キミー:SNSも監視すべきか? いやでもあんまり入り込みすぎるのも……”
“キミーパイセン、マジの悩みで草”
“モッチーの全てがキミーパイセンに管理されちゃうー”
“なお、日課関連はキミーパイセンとミヤさんに管理されている模様”
「氷堂さんとお話ししたんですが、来月にフランスに行くことになりました。
海外……こうりゅう……プログラムらしいです。詳細は後ほどお話ししますね」
平然と爆弾を投下した望月ちゃんに、動きを一瞬止めるコメント欄。
そしてまた、数々のコメントが打ち込まれる。
“いやいや、どういうこと?”
“海外に行くってこと? 海外交流プログラムってなに?”
“確か京都側がやってるやつじゃなかったっけ? 海外の探索者と交流の意味も含めてダンジョンに潜る、みたいなやつ”
“どうしてフランスなの?”
「わわっ、い、一気に……えっと、海外交流プログラムは日本の探索者が海外に行って、現地の強い探索者とダンジョンで交流することみたいです。
これに氷堂さんが選ばれていたんですが、他の探索者も連れていけるみたいで、私を選んでくださいました!」
嬉しそうにパチパチと手を叩く望月ちゃん。
氷堂と仲良くなったこともそうだし、フランスで強い探索者と交流できるので、嬉しそうだ。
「これで、竜乃ちゃんと虎太郎君の素晴らしさを世界に広められます!」
(……うん?)
“良かったですね”
“はい、良かったです”
“ヨカッタデスネー”
“ヨシッ!”
“触れちゃいけないだろうから、とりあえずヨシッ!”
“にしても氷堂がそこまでしてくれるなんて、モッチーの事を氷堂も評価しているってことか”
“ついに日本1位もモッチーの素晴らしさに気づいたか”
“めっちゃ怖い人だと思ってたけど……というか今も思ってるけど……良い人だったってことか”
コメント欄でも同じことを思ったらしく、望月ちゃんの発言に触れているものは少なかった。
すぐにコメントの流れは変わり、海外交流プログラムに招待してくれた氷堂の話になっていた。
中層で彼女と出会って恐れを抱いている視聴者がほとんどだったが、純粋に氷堂に感謝してくれているコメントが多めだ。
そんな時に投じられた、一つのコメント。
“否定。私はかなり早い段階から、彼らの真価に気づいていた”
それが、この配信の流れを一気に変えてしまう。
流れていくコメントの中での一つのコメントなんて、普段なら追えないだろう。
けれど今は、望月ちゃんの発言でコメントが加速していなかった。
だからこそ、コメントが望月ちゃんの目にも止まってしまったのだ。
「え? ……ひょ、氷堂……さん?」
“え? 嘘やろ?”
“あ、あの人がコメント見てるの?”
“おい、みんな打つのやめろ!”
“本当だ、氷堂さんっぽい人居る!”
“本物か? これ”
“ちょっと打つのストップ!”
コメントを打つのを辞めさせようとしている視聴者も居るが、それで止まるような配信ではない。
けれど、莫大な人数が見る配信でも、そのコメントははっきりと見受けられた。
“ココア:肯定。私は氷堂心愛”
優さんか、あるいは他のモデレーターによって強調表現されるようになったコメント。
それは自分があの氷堂であることを物語っていた。
アイコンは真っ白な初期設定で、名前は単純な「ココア」。
そのコメントに、なぜかどこか見覚えがあった。彼女のコメントを、どこかで見た気がする。
“うっそだろ? ほ、本物?”
“いや、本物か分かんねえけど、あの氷堂に成りすます奴とか居るか?”
“ネット上であんまり情報出てないから、逆に偽物って可能性も……”
“流石に騙りじゃね? こんな良いタイミングで出てくるか?”
“本物なら証拠見せろ、おら”
“偽物ならギルティ”
“ココア:肯定”
「あっ……」
望月ちゃんのポケットから、振動音が聞こえる。
取り出し、電話に出た彼女は、電話口の相手に言われるままに耳から放し、端末の画面を配信カメラに向けた。
端末に表示されているのは、「氷堂心愛」の文字だ。
“あっ……”
“ヒェ……”
“ま、まさか……”
望月ちゃんの指がスピーカーモードのボタンに触れる。
その瞬間に、低く重い声が響いた。
『これが証拠。分かった?』
“ハイッ!”
“ハイッ!”
“もちろんです!”
“お、俺は分かってた。分かってた”
“いや、本当に疑ってすみません。命だけは勘弁してください”
“マダシニタクナイヨ”
コメントを確認したのか、ブチッという音と共に電話は切れる。
そしてすぐに、コメントが書き込まれた。
“ココア:否定。気にしてない”
「優さん、氷堂さんにも権限あげてくださいー」
望月ちゃんの言葉に、すぐに氷堂のアカウントにマークがついた。
すでについていたマークと共に、2つのマークが表示されるようになる。
1つは今優さんが与えた権限のマーク、そしてもう一つは、視聴歴のマークだ。
(おぉ……レベル4だ)
そのマークを見て、思わず俺は目を見開いてしまう。
視聴者達もそれに気づいたのか、次々と指摘するコメントが打ちこまれる。
“視聴歴レベル4じゃん……”
“うっそだろ……マジの古参勢やん”
“レベル4の人って殆ど居ないだろ?”
“全員を確認できるわけじゃないけど、数回しか見たことねえぞ”
“有名になる前から知ってたってことか……”
視聴歴マークは配信中にボタンを押すだけでつく、とても単純なマークだ。
殆どの視聴者は有料で獲得できるマークを使用するが、古くから見ていることを示すためにこのマークを使用する視聴者も居る。
視聴歴はボタンを押してから時間が経てばそれだけでレベルが上がる、というだけである。
時間が経てば経つほどレベルが上がっていくが、レベル4というのは上から二番目に位置する。
現在見てくれているほとんどの視聴者はレベル1か2で、JDC開始くらいのタイミングで見てくれた人はレベル3相当だ。
レベル4というのはそれよりも前、つまり俺達がまだ無名だったころの視聴者ということになる。
まだ視聴者が2桁くらいだったころ。
その中に氷堂が居たと考えると、信じられない気持ちの方が強い。
“ココア:肯定。つい先日レベル4になった。つまり私は先輩である”
“ぐぬぬ……なんだ、この悔しさは……”
“ダメだ、JDCでTOP100入ったくらいにマーク取得してるけど、それよりも前に取ってる”
“レベル4なんて実質最高レベルだろ? マジで凄いな”
“はえー、そんな前から目つけとくなんて、流石の観察眼っす”
“未来見えてるんじゃないか、この人……”
視聴歴マークはレベル5が最大だが、それはレベル4よりもさらに長い時間を要したはずだ。
コメントの言う通り、氷堂は最古参ということだろう。
そんな以前から見られていたというのはむず痒い気持ちもあり、何とも言えない気持ちにもなる。
「そんな以前から見てくださっていたなんて……ありがとうございます!」
氷堂の視聴歴に、俺の飼い主もニッコニコである。
そりゃあ自分の配信をあの日本一の氷堂が見てくれてたら嬉しいよね。
望月ちゃんが嬉しいのは俺と竜乃が氷堂に前から認知されていたことの方な気がするけど。
“ココア:肯定。とても久しぶりにしたが、コメントというのも悪くない。今日の雑談配信でも色々とコメントをしてみようと思う。貴女の話を楽しみにしている”
「……はぇえ?」
日本一に配信を監視され、コメントを残され、あまつさえ楽しみにしているというプレッシャーに、望月ちゃんの「あれ?」というような声がむなしくテント内に響いた。