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第120話 日本の頂点の、意外な人となり

 氷堂からの思っても見なかった提案。

 それに対して固まっていた望月ちゃんは、ゆっくりと口を開く。


「えっと……いまいちどういうことなのか理解しきれてなくてですね……」


 氷堂は無表情のまま、こくりと頷いた。


「理解。もう少し詳しく話す。

 時系列順で行くと、来月にフランスに向かう。そこでフランスの最上位探索者と合流する。相手とは面識がある。とても気さくな夫婦なので、ここは貴女も大丈夫だと考えている。

 そして彼らと共にTier1ダンジョンに入り、互いに協力して探索しながら層を進め、交流を深める。攻略進行度は基本的には中層くらいまで行くことが多い。

 そして最後に互いに意見交換をして、解散。日本へと戻ってくる」


「……な、なるほど」


 氷堂はかなり丁寧に話してくれた。

 情報は多くなったものの、整理され、同時にこれまでの情報を受け入れる余裕もできたのか、望月ちゃんは控えめではあるが頷いていた。


 その様子を見てか、氷堂はさらに続ける。


「当然、貴女が費用を払う必要はない」


 基本的に政府が主導するイベント関連は探索者に費用は発生しない。

 むしろ参加することで何かと便宜を図ってくれるようになることの方が多い。


 しかし望月ちゃんは、そこは気にしていないようで、じっと氷堂を見つめていた。


「……氷堂さんは、どうして私達にそこまでしてくれるんですか?」


 当然の質問。氷堂は俺達の配信を見てくれているらしいが、実際に会うのはまだ二回目だ。


「私が貴女達を高く評価しているというのも理由の一つだ。貴女達はいつか並び立ってくれると、そう信じている」


 やや気になる言い回しではあるが、氷堂が俺達をかなり評価してくれているようだ。


「そんな貴女達が世界を知るきっかけになるのなら、それは全ての探索者にとっても有益だろう」


 かなりスケールが大きいようだが、そこは日本一の探索者ということだからだろうか。

 しかし彼女はそこで言葉を区切り、黙った。


 沈黙が一瞬だが空間に満ち、望月ちゃんと氷堂の視線が交差する。


「ただ正直に話すと……これは職権乱用のような面もあるのだが……私が、応援している貴女達と共に探索したいという点も大きい」


『…………』


 表情は変わらないものの、ゆっくりとチラチラ望月ちゃん、いや俺か? を見る氷堂。

 そんな彼女を見て、俺は思った。


(……ちょっとかわいいな、こいつ)


 いや、今も恐怖は残っているのだが。


 氷堂は俺達の熱心なファンであるようだし、ほとんど表には出ないものの、僅かな態度で感情が読み取れる。

 今、氷堂の中にあるのは俺達に会えた喜びと、ちょっとの期待なのではないだろうか。


 その様子が何やら微笑ましく感じ、俺は彼女に対する評価が少し変わり始めていた。

 元探索者の織田として考えれば、氷堂は年下であるので余計にそういった感情を抱きやすいのだろう。


 望月ちゃんも同じような事を思っているのか、やがて大きく頷いた。


「……ありがとうございます氷堂さん。私も氷堂さんと一緒に探索できるというのはとても嬉しいです。実はJDCの時から気にはなっていましたので……」


 俺達の上に常に君臨していた氷堂心愛。

 その名を意識しない日はなかったのは事実。それを望月ちゃんは伝えると、氷堂は固まった。


 その状態で口だけを動かすのは、一部だけが動くアニメーション画像のようにも見えた。


「か、感謝。ということは……」


 初めて声音に揺らぎが出ているが、そのくらい氷堂の中での感情が揺れているのだろう。

 望月ちゃんの反応を期待するように言葉を切れば、望月ちゃんは微笑んで頷いた。


「はい。是非とも氷堂さんと一緒にその海外留学? プログラムに参加させてください」


「肯定。肯定。本当に良かった。実は専属の職員にはもう話してある。これで今回のプログラムが楽しみ」


「え? 神宮さんからは何も聞いていませんが……」


「肯定。私の口から言いたかったので情報を止めてもらっていた。

 おそらく今日の夜には詳細な情報がそちらの専属職員から送られると思う」


 私の口から言いたかったという言葉には苦笑いするしかない。

 ただプログラム開始までは時間があるので、神宮さんも了承したのだろう。


「あぁ……そういう……」


 納得したように呟く望月ちゃん。

 彼女もちょっと思うところがあるのか、やや苦笑いをしていた。


 そんな俺達とは対照的に、氷堂は端末を取り出す。


「今後のプログラムの事も兼ねて連絡先を交換しておこうと思うのだが、構わないだろうか?」


「あ、はい、こちらこそお願いします」


 すぐに望月ちゃんが返事をして、彼女もまた端末を取り出す。

 二つの端末が近づき、それぞれの連絡先が交換されたことを示す音が響いた。


「あの、この海外留学プログラムについては配信で話しても良いですか?」


「肯定。ただプログラム中の配信は認められていなかった筈なので、そこは専属職員に確認をした方が良い。……それと海外留学ではなく海外交流と言った方が、誤解が少ないと思われる」


「あっ、か、海外交流ですね。私さっきから海外留学って言ってましたね……」


「実際の内容は海外留学と非常に似ているため、そのように呼称を変えることを検討してはどうかと交渉しておく」


「い、いえ、そこまでは大丈夫です!」


 自分の簡単なミスでことが大きくなることを危惧し、望月ちゃんはすぐに氷堂を止めにかかった。

 けれど氷堂は無表情のまま……いや、ちょっと残念そうな? 雰囲気だ。


 こいつ、望月ちゃんが止めなければ絶対に言っていただろう。

 いや、むしろ日本一の探索者だからこそ周りの目を気にせずに指摘できるくらいの力を持っているということか。


 そんな氷堂は端末をポケットにしまい、また無機質な瞳を望月ちゃんに向けている。


「話は以上。専属職員から説明はあると思うが、もし何かあれば遠慮なく……遠慮なく連絡して欲しい。なるべく分かりやすく、簡潔かつ詳細に説明をしよう」


 簡潔かつ詳細は矛盾していないか? と思ったものの、氷堂が望月ちゃんのために時間を割いてくれるという気持ちは十分伝わったし、ありがたい限りである。


「あ、ありがとうございます!」


 望月ちゃんも同じことを思ったのか、深く深く頭を下げた。

 その様子を見て氷堂の眉が一瞬だけ動いたように感じたが、見間違えたのか瞬いたときには先ほどの無表情に戻っていた。


(海外のダンジョンかぁ……)


 元探索者時代であっても、海外のダンジョンに行ったことはなかった。

 というよりも、日本から出ることもなかったので海外に行くのも初めてだ。


 まぁ、この体なのでダンジョンの中にしか入れないのだが、それでも海外のダンジョンが日本のダンジョンと異なるのかは気になるところだ。


(フランスって……何が有名なんだ? エッフェル塔とか? あとは……あとは……)


 考えてみて、あまりにも出てくるものが少なく、自分の教養のなさに気づいた。

 ちなみにエッフェル塔の後に思いついたのはパリだった。


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