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第118話 希望、再始動

 普段の俺達はまだ全く探索してはいないもののTier1ダンジョンの下層に足を踏み入れてはいる。

 そのため、現在いるTier2ダンジョン中層に関しては4つも層が下となる。


 そこまで低い層ならどうなるか。


「なるほど……やっぱり思っていたことだけれども、魔法が厄介ね」


 正直なところ、探索ではなく散歩となっていた。

 背後で聞こえる須王と望月ちゃんの会話を聞きながら、そんな事を思う。


 こちらには遠距離攻撃が出来る響と竜乃が居るのだ。

 敵のモンスターなど、出てきただけで一撃。出オチ感満載である。


 時たま俺達に回す目的で二人が攻撃をしないことがあるが、それでも俺の爪の切り裂きや須王の大剣の一撃でオーバーキルである以上、緊張感などは皆無だった。

 昔はこのくらいの層で頑張っていたなぁ、としみじみ思うくらいである。


「私達でも接近戦は何とかなるかもしれないけど、魔法を何とかしないとよね。

 防御魔法や魔法打ち消しのスキル新しく覚えようかしら」


 望月ちゃんの横に並び、彼女と会話をする須王。


 すでに光の騎士王の話を終え、話の内容は原始の精霊へと移っている。

 一番の問題点である精霊の無限の魔法についてそう評した須王の手には、大剣が握られていた。


 いくら格下のダンジョンとはいえ、武装はするのは当然の事だ。

 ならエルピスの新メンバーである朝霧さんも同様である。


 集団で歩く俺達の斜め前の茂みから、ガザガザと音が響いた。


 茂みから不意に現れた狼型のモンスターは近くに居た朝霧さんに狙いを定め、突っ込んでくる。

 朝霧さんはその様子を冷静に観察し、左手の剣で飛び掛かってきた獣を両断した。


 敵のレベルが低いためか先ほどから使っていないものの、彼女の右手にも剣が握られている。

 いや、長さは剣程長くなく、ナイフほど短くはないので小剣といったところか。


 青白く輝く双剣を振るって血を払う朝霧さんを、冷静に観察する。


(……びっくりするくらい強いな。むしろこれだけ戦えてTier1に行っていない事に驚きだ)


 敵が弱すぎるこの中層では正確な実力は測れないが、Tier2下層ボスに挑戦できるくらいの実力は保持しているように思える。

 しかも、改善点が多い。これは欠点でもあるが、同時にまだ伸びしろがあるということである。


 まあ、彼女のような優良物件がなぜパーティを組まずに居たのかは須王から聞いてはいるのだが。


「ですが須王さん、話を聞いていると精霊そのものもかなりタフみたいですよ。

 虎太郎君の全力でようやく倒せるとなると、僕ら全員がもっと強くなる必要があります」


「大丈夫、大丈夫。騎士王倒して強くなれば、行けるって!」


「お前なぁ……」


「音さんはもうちょっと危機感を持ってください」


「はーい」


 お気楽発言の音に対して咎める響と朝霧さん。

 これまでは響が彼女のストッパーだったが、そこに朝霧さんが加わった形だ。


 しかし音はいつものようにどこ吹く風である。

 そんな音に対して、朝霧さんからの厳しめの言葉が飛ぶ。


「そもそも音さんはもっと真剣に考えるべきです。いつも言っていますが、これでは締まりません」


「えぇー、須王先輩もお兄ちゃんも固いのに、私まで真面目になったらこのパーティガッチガチになっちゃうよー」


「それでいいんです! むしろ毎回止めている響さんの気持ちをもう少し考えてください」


 冷たく言い放つ朝霧さんからも分かるように、彼女の性格は実直だ。

 探索者は多かれ少なかれ、余裕のある気持ちを持っている人が多い。


 それは生死を掛けた戦いの中でも、少しのリラックスや気持ちの切り替えを実現するためだ。

 けれど朝霧さんは見た目も中身も、まっすぐ過ぎる委員長タイプだった。


 今の朝霧さんの様子を見るに、比較的真面目である須王と響のことは慕っているようだが、不真面目筆頭である音に対する当たりは強い。

 この様子では、エルピス専属職員である今川さんに対しても当たりは強そうである。


 あの人、想像以上にポンコツだし、政府職員とは思えないほど気が抜けてて、不真面目だからなぁ。


 朝霧さんはそういった性格から、これまでは周りとの衝突が多かったのだろう。

 人並み以上に実力と才能を持っていたのも、他者との間に軋轢を生じる一因かもしれない。


「全くもう……真面目にすればとても強いのに、勿体ない……」


「おやおやぁ? 真白ちゃんはお姉ちゃんの事そんな風に思ってたんだぁ」


「誰が姉ですか。誰が」


 ただ、音はどちらかというと、そういったタイプを弄り倒したい性格をしているようで。

 朝霧さんの言動に全く動じることなく、むしろ楽しんでいるようだった。


 実際問題、この程度で音の性格が改善しているなら、響がここまで苦労していないというのもある。


 それにしてもこうして見てみると、朝霧さんと音の二人の相性は中々に良いのかもしれない。

 これまではその性格から周りとなじめなかったという朝霧さんにとって、エルピスは居心地の良い場所になり始めているのではないだろうか。


 もしそうなら、それは喜ばしい事である。


 そんなことを思っていると、何かを思ったようで、朝霧さんが俯いた。


「でも、まだ先の話になりますけど、騎士王や原始の精霊と戦うときは私もパーティの要になるわけですよね。やっぱりちょっと不安です……前任の人のように、上手くやれるかどうか……」


 聞いた話によると、朝霧さんはまだTier2ダンジョンの下層ボスに挑戦する段階らしい。

 エルピスの面々が居るならそこの突破は容易だろうし、朝霧さん自身はTier1上層の個別ボス戦でもそれなりに戦えるくらいの実力はありそうだ。


 けれどその先となってくるとまた話は変わってくる。

 そんな彼女の不安に対して、須王は優しく語り掛けた。


「朝霧さん、なにもあい……前任のようにやるなんて考えなくていいわ。

 朝霧さんのまま、私達の助けになってくれれば十分よ」


「そうそう。前の人はもちろん経験豊かなベテランだったけど、伸びしろなら真白ちゃんが勝ってるよ」


 響も同意であるのか、うんうんと頷いている。

 音の意見に関して、元自分の事なので思うところはあるが、実際その通りである。


 朝霧さんが不安になる気持ちも分かるが、自然体で居れば、エルピスはすぐにTier1中層に戻ってこれるのではないかと、俺もそう思う。


「それに今は昔と違って望月さんのお陰で情報も多いからね。憧れの虎太郎君に、いつかおい……迫れるようになろう」


「はい、私も陰ながら応援しています」


 音と望月ちゃんの言葉に朝霧さんは頷き、「そうですね」と言って俺の方を向いた。


「虎太郎君、私、頑張ります! 虎太郎君の背中、追いかけますね!」


 胸の前で握りこぶしを作る真面目な少女に、今の俺がかけられる言葉なんて一つしかない。


『頑張れ!』


 いつか彼女が織田隆二を越えて、そしてエルピスがさらに先へと進めるように。

 そんな思いを込めて、小さく吠えた。


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