第117話 エルピスとの再会
呼び出され、ゆっくりと目を開ける。
するとすぐ目の前には望月ちゃんの顔がある。
ニッコリと笑った彼女は、俺の頭を撫でてくれる。いいよ、もっと! もっと!
「虎太郎君ー、こんにちはー」
撫でまわされながら辺りに視線を向けると、ここは東京のTier2ダンジョン中層のようだった。
なぜ俺達が格下のTier2ダンジョンに居るか。それは氷堂との待ち合わせのためである。
俺達が攻略したのは茨城のTier2ダンジョンで、東京のTier2ダンジョンは上層までしか入ったことがなかった。
しかし、氷堂が待ち合わせ場所に指定したのは中層であるために、上層のボスを倒して先へ進まなくてはならない。
これだけ聞くと大変そうだが、待ち合わせの日時まではまだ日があるし、今の俺達からすればTier2の上層のモンスターを倒すことなど赤子の手を捻るよりも容易い。
たった一日であっさりと上層ボスを倒し、中層へと至ったわけだが、ここで望月ちゃんから提案があった。
『どうせ氷堂さんとの待ち合わせまで時間があるし、あと数日はこのレベルの低い層で時間を潰そうか』
その言葉に、俺と竜乃は頷いた。つまり氷堂と待ち合わせるまでは、オフということだ。
ダンジョンには入るが、それは俺達と望月ちゃんがモンスターを倒したり、ダンジョンの自然に触れるためということである。
そんな素晴らしい提案を受けた翌日だったので、中層に居ること自体は別に構わないのだが、その隣に見慣れた集団が立っていた。
『うん?』
かつての俺の探索者パーティ、エルピスの面々だ。
凛々しい顔立の須王に、涼しい顔をした響、そしてニッコニコ笑顔の音に、見慣れない少女が一人居る。
なぜここにエルピスの皆が? と思っていると、望月ちゃんが説明をしてくれた。
「今日来る途中でたまたま須王さん達と会ってね。ちょっとお話しようってことで来てもらったんだ」
「久しぶりね虎太郎君、竜乃ちゃん……中層突破、おめでとう」
微笑みかけてくれる須王達に対してペコリと頭を下げる。
しかし気になる少女の存在に、じっとそちらを見てしまう。
俺の知らない少女。年齢は望月ちゃんと同じくらいだろうか。
身長は低いが、目つきが鋭く、やや近づきにくい印象を受ける。
不愛想ではあるが、俺と竜乃を見る目は喜びに満ちているように思えた。
そんな俺の視線を読み取ってか、須王が手のひらで少女を紹介する。
「虎太郎君と竜乃ちゃんは初めてよね。彼女は朝霧真白さん。
私達の新しい仲間よ。ほら、真白さん、自己紹介お願い」
須王に呼ばれた朝霧という少女は緊張した様子で前へと出てくる。
ふむ、こうして見てみると学校のクラスに居る委員長みたいだ。
「あ、朝霧真白です! こ、虎太郎君と竜乃ちゃんに会えて、す、すごく嬉しいです!」
バッ、と勢い良く頭を下げる朝霧ちゃん。
肩辺りで揃えた綺麗な黒髪が、はらりと垂れ落ちた。
「朝霧さん、私達の配信を見てくれていたみたいで、特に虎太郎君のファンらしいよ」
『なんと!?』
思わず声を上げてしまえば、朝霧さんは顔を上げてうんうんと首が取れそうなくらい頷く。
「はい、配信アーカイブや切り抜きよく見てます! 虎太郎君の動きってすごく参考になるっていうか……そ、そんな虎太郎君に会えて感激です!」
(おぉ……何か分からんけどめっちゃ好感度高いな。いい子や)
年上のおじさんの気持ちでしみじみとそんなことを思いながら、エルピスの面々を視界に入れる。
これまでは男女半々のバランスの取れたパーティだったが、これで響はパーティの中で唯一の男性になってしまった。少しだが肩身の狭い事だろう。
いや、天元の華の明さんも男性一人だったし、俺の気にしすぎかもしれない。
(そんなことより、新しく入ったってことは俺の代わりってことだよな?)
ふとそんな事を思い、朝霧さんをまじまじと見る。
こう見えても、俺は探索者時代はバリバリの前衛を須王と一緒にこなしていた。
ということはこの委員長タイプの朝霧さんも前衛ということだろう。
おとなしい優等生タイプに見えたが、実は力強かったりするのだろうか。
(普段は大人しいけど、剣を握るとちょっと気性が荒くなるタイプって珍しくないからな)
ややその傾向がある戦闘狂の須王をチラリとだけ視線に入れていると、背後から声がした。
『いいわね、虎太郎だけ人気で。お姉さん羨ましいわ』
竜乃はややご機嫌斜めのようである。
『いや、お前も配信とかだと結構人気だぞ? あと響も結構お前の事、気に入ってるだろ』
配信では俺に関するコメントがやや多いが、それは戦闘における立ち位置の問題もあると考えている。
敵に近い俺の方がカメラに映る機会は多いからだ。けれど以前から竜乃を推している視聴者は沢山居る。
そういったニュアンスで伝えると、竜乃はため息を吐いた。
『まあ、そういった声や人が居ることは分かっているけど、虎太郎ばっかり話題に上がるからずるいわ。
バツとして今後背中を寝床にさせなさい』
『いや、以前のお前ならともかく、今のお前は重――』
『こ た ろ う く ん?』
『ハイ、イツデモドウゾ』
相変わらず馬鹿らしいやり取りを繰り広げていると、音の後ろから狐が姿を現し、ぺこりと頭を下げた。
『久しいな、虎太郎、竜乃』
『あ、どうも』
『お久しぶりです、コンさん』
尊大な口調で話す狐型のテイムモンスター、コンさんに竜乃と礼儀正しく挨拶する。
探索者時代には可愛がったこともあるのだが、どうもこの姿になって出会ってからというもの、年上という感覚が凄く、敬語になってしまう。
まあ、コンさんとは本当に挨拶を交わすだけの関係性ではあるのだが。
「あ、そうだ! ねえねえ望月ちゃん、この後時間あるなら一緒に中層探索しようよ!」
「えぇ!? お、音さん何を言って!?」
突然そんなことを言い始めた音に対して朝霧さんの慌てた声が飛ぶ。
朝霧さんの気持ちはよく分かる。その女、あまり考えなしに発言しているんだ。
「え? そうするものだと思っていたのですが……」
一方で望月ちゃんはこの調子である。
まあ、実際にこの中層に来ているのはリラックスということなので、一緒に行動するのは別に構わないのだが。
「えぇ!? い、いいんですか!?」
いくらなんでも驚きすぎな朝霧さんに対して、望月ちゃんもやや苦笑いだ。
ちなみに須王はその様子を微笑んで眺めていて、音は輝かしいばかりのニコニコ笑顔だ。
音よ、お前の後ろにいる兄は青筋を浮かべているから、怒られると思うけど、ご愁傷様。
話が纏まったところで、須王が声を上げた。
「それじゃあ、適当にモンスターを倒しながらぶらぶら探索しましょうか。
私も望月さんに、中層の光の地帯の騎士王のことや、原始の精霊について聞きたいもの」
「そうですね。僕たちが挑むのはもう少し先でしょうけれど、貴重なお話は聞かせてもらえればなと」
「お兄ちゃんは固いなー。望月ちゃんは優しいから笑顔で教えてくれるよ」
「はい、いつでもお話ししますよー」
音のお気楽な発言に対して、ニコニコ笑顔で応える大天使望月エル。
いや、本当にうちの元仲間がすみません、と内心で謝っておく。
こうしてやや大人数になったものの、俺達の気楽な東京Tier2ダンジョン探索が始まったのである。