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第116話 専属職員、神宮恵の慌ただしい一日

 政府の探索者支援関東支部のカフェテラス。

 そこで専属職員の神宮恵はカフェオレを飲みながら端末に目を落としていた。


 専属職員は全て専属職員部という場所に属するのだが、彼女は特例として、特殊専属職員という役職についている。

 直属の上司が支部長である点も大きな違いだ。


 そんなエリートともいえる彼女が端末で確認しているのは、世間の望月への反応だ。

 関東初のTier1中層を突破した望月、その注目度はすさまじいことになっていた。


 SNSのトレンドはここ数日ずっと1位。

 彼女の投稿した、とくに何の編集もされていない配信動画の再生数はたった一つで他の有名ダンチューバーの再生数を軽く凌駕するほどだ。


 そんな望月に対して、氷堂の再来という意味で期待をする声や、初の中層突破に沸き立つ声も多い。

 もちろん人気に比例してアンチと呼ばれる望月を良く思わない者も出てくるが、そういった意見はあくまでも少数。


 圧倒的大多数の彼女を支援する意見にかき消されてしまっているような状態だ。

 わざわざマイナスイメージの単語を入れなければそういった意見に出会うことはないだろう。


 カフェオレを一口飲み、ストローから唇をゆっくりと離して、ほっと一息つく。

 すると神宮の背後から、パタパタという騒がしい足音が聞こえてきた。


「せんぱーい!!」


「…………」


 うげぇ、という表情を隠すことなく、神宮は呼ばれた方を向く。

 短い茶髪を切りそろえた可愛らしい女性職員が、愛嬌のある笑顔を向けながら駆け寄ってきていた。


「天音……なによ?」


 心底うんざりしたような神宮の言葉に、目の前に来た専属職員、今川天音(いまがわあまね)はきょとんとした顔をした。

 こんなに抜けていてポヤポヤなのに、よく専属職員が出来るなと、神宮は少し失礼なことを思っている。


 そんなふうに思われているとは思ってもいないであろう今川は再び満面の笑みになり、神宮の隣の席に腰を下ろした。


「えへへー、見ましたよー、望月さんの雑談配信。

 下層は幻想生物がテーマってことで、支部内でも持ちきりじゃないですかー。

 皆で中層ボス配信を見ていて、配信が途切れた時は不安で心臓がキューってなりましたけど、本当に無事でよかったですね!」


 今川の言葉に、そういえば今日は視線を感じるなと神宮は思い直す。

 神宮は専属職員時代から仕事が出来る人として尊敬されているものの、憧れを持たれている側面が強く、仕事の事務的な会話以外をする相手といえば、この今川しか居なかった。


「……あんたの方はどうなのよ。エルピス、再始動できそうなの?」


 神宮はこのままでは望月の話一色になってしまうと思い、今川の担当する探索者パーティ、エルピスについての話を出した。

 中層の光の地域で望月達と行動を共にした探索者パーティ、エルピス。


 配信をしていないために一般的に両者がパーティを一時的に組んだことは知られていないが、当然専属職員の間では共有されていることだ。

 そのことで今川と濃い接点が出来てしまったことは少し大変だったと神宮は過去を思い返した。


 自分で購入して来たであろう、なぜかお揃いのカフェオレにストローを指した今川は一口飲んでほぅと息を吐く。


「ちょうど良さそうな人を須王さんが見つけたんですよ。

 織田さんが居なくなっちゃってちょっと沈んでましたが、ようやく前を向けたみたいで、私としては本当に安心しました」


 人懐っこい笑顔ではなく、憑き物が落ちたような笑顔を見せる今川に、神宮は「そう」とだけ告げる。

 いつも元気いっぱいで、かなりドジをする今川。けれどその内心がどこまでも善であることを、神宮はよく知っている。


「良かったじゃない。それじゃあその内Tier1に戻ってくるのね。

 新しい人は、どんな人なの?」


「新しい子はすっごく可愛い子なんですよ!

 実力があって周りとは馴染めていなかったみたいなんですけど、そこで須王さんがエルピスに勧誘して、入ってくれたみたいです!

 本当に小さくて、でもでも意地っ張りで、なのに響さんや須王さんに尊敬の目を向けるのが良いんですよね。

 まぁ、私と音ちゃんにはちょっと辛辣なんですけど」


「……いや、その子の人となりについて聞いたんじゃなくて、探索者としての力について聞いたんだけど」


 やや苦笑いで神宮がそう言うと、今川はきょとんとした顔をして言葉を止め、顎に指を当てる。


「んー、立ち位置は前衛で、短めの双剣を使用していますね。

 まだまだ力任せな部分がありますけど、須王さん達に任せていれば問題はないと思いますよ。

 そろそろ東京のTier2下層も攻略する勢いらしいですし」


「そうなのね……望月さんと須王さん達は接点があるし、その内会うかもしれないわね」


「だと嬉しいですね。特に虎太郎君からは学べるところも多い……多い?」


「……多くは無いけど、良い刺激にはなるかもね」


 二人して頭の中で黒い獣の姿を思い描く。

 中層のモンスターを粉砕するような爪の一撃に、超級魔法まで操れる魔法の実力、さらには高速で移動する紫のオーラに、好機を逃さない観察眼。


 さらには多めのヒットポイントに強靭な肉体。考えれば考える程、学べるところはあっても、実践できそうなところは少なそうである。

 カフェオレを再び一口飲んだ今川は、「そういえば」と思い出したように呟いた。


「氷堂さんが望月さんに接触していましたけど、あれってどんな用事だったんです?

 先輩は何か聞いていないんですか?」


「特に聞いていないわね。でも氷堂さん、政府内部で悪い評判があるわけじゃないから、大丈夫だと思うんだけど」


 どうして氷堂が望月に接触して来たかは分からないが、神宮としてはそこまで心配はしていない。

 もしもなにかあれば京都の方から連絡が来ると思うのだが、それも来てはいないからだ。


 そう思ったところで、パタパタと騒がしい音がまた響いた。


「神宮さーん!」


 足音と共に自分を呼ぶ声が聞こえる。

 しかし、そういったことをする今川は自分の隣にいる。


 そのことを不思議に思いながら振り向くと。

 これまで話をしたことのない女性職員が電話を片手にこちらへ駆けてきていた。


 彼女は神宮の側に着くと大きく息を吐いて乱れた呼吸を整える。

 息を整えきるよりも前に、手に持っていた電話を差し出した。


「きょ、京都本部の専属職員、毛利さんからお電話です」


「……はい?」


 その名は神宮もよく知っている。

 京都本部の専属職員、毛利茜。京都本部の職員は口を揃えて彼女をこう称する。


 日本一の探索者を担当できる、唯一の職員だと。

 そう、毛利茜は、あの氷堂心愛の専属職員だ。


 電話を受け取り、神宮さんは受話器を耳に当てる。

 自分だということを告げると、すぐに電話口の相手は応答としてくれた。


「あぁ、神宮さん! 初めまして、ウチは毛利茜いうものですー!」


 声がやや大きいが、息遣いが荒く感じられる。

 話すスピードもやや速く、少し慌てているような雰囲気だ。


「ウチの担当してる心愛が望月さんが良いって言って聞かないもんで、こうして望月さんの担当である神宮さんに連絡をしてる次第なんで」


「……はぁ」


 話の読めない毛利の言葉に、神宮はとりあえず曖昧な返事を返しておいた。


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