第115話 【望月配信】中層突破報告配信
配信名:中層突破報告配信
その日の配信は、過去最高の視聴者数を配信前から叩き出していた。
望月による雑談配信。ただの雑談であるなら、それは大した注目では無いはずだ。
もちろん、今となっては望月が配信をするだけで人が集まる。
けれど過去最多の視聴者を集めているのは、その雑談が中層を突破した後に行われるものだからだ。
ここに集まっているのは、言ってしまえばいちばん良いところでお預けを食らった者達。
そして文字での情報のみで望月が中層をクリアしたことを知った者達である。
誰もが首を長くして待っていた配信が、始まる。
しばらくは黒い背景に、ただコメントが流れるだけ。
けれどそんな待ち遠しい時間はすぐに終わりを告げた。
黒い背景が取り除かれ、望月が姿を現したのだ。
場所はいつものホテルの一室らしい。
彼女の姿を見て、コメントが加速する。
“おつかれ!”
“おつかれー”
“中層攻略、お疲れ様です!”
“関東一位、おめでとう!”
“初の快挙で、ワイも鼻高々やで”
“この調子で下層も一気に攻略しちゃえ!”
“おめでとうー!”
祝福のコメント一色、さらに配信者に直接お金を投げれるスーパーチャットに関しても凄い勢いで流れていく。
ただの雑談配信という体ではあるが、人気ダンチューバーの記念配信と同じくらい、日本という国の経済が回っていた。
しかし望月は特に気にした様子もなく、口を開く。
感覚がマヒし始めているのもあるが、その金銭の使い道はいつも通り虎太郎達だからだ。
もっと言うと、望月は彼女自身がメインでお祝いされているとは露ほども思っていないのである。
「皆さんこんにちは。昼間の配信ではカメラドローンが壊れてしまい、途中で配信が切れる形になってしまって申し訳ありませんでした」
“ええで!”
“モッチーが謝ることじゃないよ!”
“耐えられないカメラドローンが悪い!”
“【急募】敵の超級魔法に耐えるカメラドローン”
“でも、カメラドローンは買い直すんだよね? 結構高いと思うけど、大丈夫?”
“平気? もっとスパチャする?”
“今財布の紐緩いどころか無いから払えるで”
「あ、いえ、最初は皆さんからいただいたお金で買おうかなと思ったのですが、神宮さんに聞いたら代わりのドローンを手配して頂いているみたいで、かつ無償で頂けるようなので大丈夫です。
なのでそのお金は竜乃ちゃんや虎太郎君に使ってあげてください。あ、私に投げてくれれば有事のための竜乃虎太郎貯金に回します」
“有能政府”
“ほんま、クソつよ探索者に対してだけはものすごく便宜を図ってくれる”
“なんでその心遣いが僕ら一般人には向かないんですかね”
“基本的にどの場合でもお役所仕事はゴミだけど、探索者関連の施策だけは評価できるわ”
“つーか、スパチャ遠慮してって言うんじゃなくて、虎太郎の旦那達に使えという辺り、流石だわ”
“二人のグッズ、買ったで”
“虎太郎の旦那のフィギュアの完成度ヤバくね? あれで数万なら安い方だわ”
“竜乃虎太郎貯金(数千万円単位)”
“感覚おかしくなるし、竜乃の姉御も虎太郎の旦那も、もしもの時なんかねえだろ……”
望月の言葉にコメント欄はさらに加速する。
政府の素早い対応を称賛する声や、望月の口にした竜乃虎太郎貯金に触れるものなど、反応はさまざまだ。
ちなみに販売されている虎太郎と竜乃のグッズだが、望月は全て鑑賞用、保存用、念のための保存用で3セットづつ必ず購入し、専用のマンションフロアに飾ったり、倉庫に格納している。
以前の話だが、スパチャの使い道を配信で説明してコメント欄が湧きたったのは言うまでもないだろう。
「では順番に話していくのですが、まずは中層ボスですね。皆さん光の超級魔法までは見ているかなと思います」
話が中層ボスに切り替わったところで、コメントの流れが少しだけ遅くなる。
打ち込まれる内容も、「そう」や「うん」と短いものばかりで、視聴者が集中しているのがよく分かる。
「結局、あの魔法に関しては虎太郎君が打ち破ってくれました。私も精いっぱい援護したんですが、最終的には竜乃ちゃんの紫のブレスの後押しと、虎太郎君の紫のオーラで突破したみたいです。
結構最後の方は敵の攻撃を防ぐので手いっぱいで目に焼き付けられなかったのですが、拮抗していたのを虎太郎君が最後の気合で乗り切った感じだと思います。
竜乃ちゃんがブレスを虎太郎君に撃ったのも驚きました。でもあんな風に紫のブレスと紫のオーラを纏う虎太郎君が本当にカッコよくてカッコよくてですね。
そして最後は……光の球体を頭突きで砕いて、精霊を爪で捉えて勝ちましたね」
“おぉ! 全員の力を虎太郎の旦那に集約させて勝った感じか”
“うわー、聞いているだけでめっちゃテンション上がる。見たかったなー”
“強大な敵に立ち向かう感じで、すっごくいいな”
“使えるカード全部使ったって感じか。やっぱりあの精霊ヤバかったんやな”
“虎太郎の旦那、本当に痺れるし憧れるわ。マジで強い”
“関東最強の探索者やな”
中層ボスを倒したことについて、コメントでは盛り上がりを見せ、流れがさらに加速する。
この間、望月はじっとコメントを見ていたが、内心では別の事を考えていた。
(あんまりじっとは見れなかったけど……最後の虎太郎君、黒かった……よね?)
自分自身にそう問いかける。
望月自身、精霊の攻撃をボルト・ゼロで防ぐので精いっぱいだったためにチラリと見ただけだったが、虎太郎は黒いオーラを最後に纏っていたような気がする。
いつもの頼りになる紫ではなく、どこか怖さを感じてしまう、黒を。
配信で暗い雰囲気を出すわけにはいかないと不安を頭から追い出し、望月は話を続ける。
「ボスドロップは使えそうなものはなかったので省きますね。それで下層ですが、ちょっと足を踏み入れただけでモンスターとは戦っていません。
環境的には中層と同じで、青空に自然が豊かな層でした。ただ、生息している生物が全て見たことのないものばかりで、多分テーマは架空の生物なんじゃないかなと思います。
緑色に輝く鳥とか、虹色に光る空飛ぶ鯨とかが居ましたね」
“あぁ、そういうテーマなのか”
“京都の下層は荒廃した大地らしいけど、それとは対照的なのね”
“架空の動物……幻想生物がテーマってことか”
“そういうのって、神話とか日本昔話とかではたまに聞くけど、実際に戦うとなるとどうなんだろ?”
“ユニコーンみたいに良いモンスターとかも居るんかな?”
「下層に関しては本当に初見の場所なので、かなり慎重に探索していきたいと思います。
敵も京都の情報を見る限り強そうですからね」
望月の話す今後の方針に、賛成するコメントが多く流れる。
ふとその中で、一つの気になるコメントが流れた。
“そういえば氷堂さんと会うみたいだけど、大丈夫?”
その内容を見て、望月は「あぁ」と声を漏らす。
思い出すのは、氷堂から受け取ったあの紙だ。
「近いうちにお話しすることになっていますが、氷堂さんは良い人だと思うので多分大丈夫ですよ。ただ、何を話すのかは分からないんですよね。まあそれはお楽しみってやつかなと」
“氷堂が良い人?”
“良い人かどうかは置いておいて、怖い人ではある”
“京都のダンジョンを進めてくれた伝説の人だからってはあるけど、あの威圧感はやべえって”
“最上位探索者同士、感じるところがあるってことか”
“モッチー、でも気を付けてな”
“でも、本当に何の用事なんだろうな。ちょい気になるわ”
「どんなこと話されたのかは、氷堂さんからOKが出たらここで共有しますね」
心配するコメントもある中で、望月は気楽な感じでそう報告した。
望月は人づきあいがあまり得意ではなく、初対面だと緊張してしまいがちである。
けれど、この時の彼女はとてもそんな風には見えなかった。
むしろ氷堂と話すのを楽しみにするかのような、そんな風にも見受けられた。