第112話 漆黒の残響
魔法の最上位、超級魔法。
もちろん、探索者時代には使えなかったスキルで、見たことしかなかった。
エルピスの面々は魔法特化のメンバーが居ないため、響、須王が上級魔法のいくつかを使えるくらいだ。
だからこそ超級魔法を見たのは数えるほどしかなく、その種類も多くを知っているわけではない。
ブレイズエンド、グランドウェイブ、ストリーム・ホロウ。
それらはそれぞれ1回か2回見たことがある。上記以外では雷の超級魔法を見たこともあったか。
けれど、光と闇、そして地に関しては見たことも聞いたこともなかった。
京都の探索者が使えるという話は聞いたことがあったが。
(どうする? あれは、どっちだ!?)
紫電で加速した体は止まることなく精霊に向かっている。
その中で、思考も同時に加速していた。
光の球体はストリーム・ホロウのそれよりも大きいが、中に凝縮されている魔力は桁が違う。
それに、球体に対して精霊は手を伸ばそうとしている。
たったそれだけであの光の球体がどのような動きをするのかは分からない。
単体に特化した魔法なら、狙いは間違いなく俺だ。
けれど広域に対して攻撃を加えるのなら、望月ちゃんを護らねばならない。
両方の可能性を考慮し、それでも答えが出なければ最悪の想定をする。
それが、探索者としての最善の答えだ。
前へと動かした右の前脚を、当初の予定よりも近くに着けるために脳に命令を出す。
そのようにしてスピードを緩めようとした瞬間に。
「虎太郎君! 私は良いから、行って!」
『行きなさい虎太郎! 援護するわ!』
二人から鋭い声が飛んだ。
相棒と飼い主からの声が耳に響く。
どちらも俺の事を信頼してくれているのが、伝わってきた。
あの精霊を、全力で倒してくれという、全面の信頼が。
(突破して、決めさせてもらう!)
右前脚をさらに前へ出し、俺は全身の四肢に命令。
一切スピードを緩めることのない直線的な突撃を決行。
精霊の光り輝く腕が緩やかに動き、金色に光り輝く球体に接触。
金色の球体は生きているかのように鼓動し、その全貌をついに現す。
球体から、光の輪が広がる。
それは縦方向に伸びつつ、放射状に広がる光の壁としてこちらへと迫ってくる。
最初の光の壁は高く、その向こう側は見えない。
けれどシャランシャランという音が聞こえるために、何度も壁を放出しているのかもしれない。
光の超級魔法、その正体は広域殲滅魔法だった。
(今はただ、突破することだけを!)
後ろを振り向いて確認をしたくなる衝動に駆られるが、それを無視して俺は頭から光の壁に激突した。
スピードは全力で、少しも緩めるつもりはない。
激突した光の壁にひびを入れ、それを砕いて先へと進む。
だが。
(っつ!?)
再び頭に来た衝撃は先ほどのものよりも大きく、俺のスピードを緩めさせるには十分なものだった。
押し返せるし、壁にひびも入れられている。けれど先ほどよりも俺を真正面から押す力が強くなっていることを悟り、内心で舌打ちした。
(光の球体に近づけば近づくほど、威力が強くなるのか!?)
そう思った瞬間に、ぐぐっ、っと俺を押す力が強くなる。
さらに奥にあった光の壁が、俺に激突している光の壁を後押しするようにぶつかったようだ。
このままでは度重なる光の壁で俺が弾き飛ばされる。
(やら、せるかぁ!)
頭の中の紫の弾丸を2発回す。
体を紫色のオーラが包み、体に力がみなぎる。
2枚分の光の壁を壊し、さらに先へ。先へ。
その後の2枚分の壁も破壊して光の球体へと近づくが。
(くっそ……)
紫電を纏った俺でも、ここまで近づいた光の球体が放つ壁に止められそうになる。
ヒビは入っている。おそらく壊せる。
だが、そうすることで紫電の効果も薄れてくる。
このままもう3発回すか? そう考えたときに。
白く強い輝きが俺を包む。
彼女との繋がりが、よりはっきりとしてくる。
体の奥底から泉のように力が湧き出す。
壁を壊し、さらにもう一枚。
けれど、それでもまだ足りない。
望月ちゃんの支援は十分すぎる。けれどそれは無限に力をくれるだけで、一度に発揮できる力は俺の最大値に過ぎない。
どれだけ水を満たしたとしても、バケツの大きさが変わらないのなら、火は消せはしない。
精霊という火を消すには、もっともっと力を放出する手段が必要だ。
『虎太郎! 受け取りなさい!』
だから、そのバケツを二つにする。
背後から俺に襲い掛かったのは、竜乃の紫色の炎だった。
敵を粉砕する超高火力のブレスは、なぜだか俺にはあまり効果がないようだった。
熱いのは間違いない。痛いのも間違いない。けれど、不思議と苦痛ではなかった。
望月ちゃんの力に、竜乃の紫の炎、そして俺の全力をもって壁を突破する。
次の壁も問題なく突破し、発生したばかりの壁も破壊して。
光の球体へと、頭を撃ちつけた。
光の球体から発せられる壁に止められているだけで、もう球体は見えている。
その奥で手を伸ばしている精霊だって見える。
この球体さえ壊せば、精霊に手が届く。
この戦いを終わらせられる。だから。
『うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!』
頭の中の弾丸を3発全て回す。
この一撃をもって、光の球体を粉砕する。
俺の体を包む紫のオーラが、さらに光を帯びる。
紫色が、濃くなる。
壁が壊れる音が響き、俺の頭突きは光の球体を砕く。
そう、思ったところで。
(なっ!?)
眩い程の輝きを、球体が発する。
直後、俺の頭を押すような力を感じる。光の球体が僅かに離れた。
いや違う、離れたのではない。離されたのだ。
四つの脚は耐えず地面を蹴り続けている。
竜乃は火を吐き続けているし、望月ちゃんも支援の力を送り続けてくれている。
紫電の効果だって切れていない。
けれどこのままでは、押し切られる。
『くそっ!』
弾を2発込め、回す。
さらに力を得るが、光の球体には届かない。
また弾を2発込めて、回す。頭がズキリと痛んだが、無視した。
さらに力を得て、やや光の球体に近づく。けれどまだ光の球体には届かない。
再度弾を3発込めて、回す。頭がさらに痛み、視界がぼやけたが無視した。
力を得て、光の球体へと近づく。距離はそこまで近くならず、光の球体には届かない。
(まだだ……まだ……)
再度4発弾を込めて、回す。
視界が暗転し、こ えがきこえた。
――■■■■
視界が、黒く染まる。
それが俺自身の発する紫のオーラの色が変わったからだと気づくのに時間はかからなかった。
頭は痛む。体もやや怠い。でも意識ははっきりとしているし、まだ戦える。
けれど俺は冷や汗をかいていた。
何か越えてはいけない一線を越えてしまったような、そんな危機感が募る。
募って募って、恐怖すら感じるくらいだ。
光の壁があっさりと壊れ、光の球体に頭が再び激突。
もうその光景が、まるでモニター越しに見ているようにも思えた。
出来の悪い映画を画面越しに見ているような、そんな。
――■■■■
聞き取れない声。けれど体の奥底から恐怖を呼び起こすような声。
決して聞いてはいけない。けれど頭の中で響き続ける声。
聞き続ければ、取り返しのつかなくなるようなこ え。
『虎太郎君!』
そんな絶対的な恐怖の中でたった一つ、彼女との白い繋がりだけが温かく、はっきりと感じられた。
それを認識した瞬間に、光の球体にひびが入り、砕け散る。
そのまま何も考えず、無意識に。
黒の電流を纏った爪で精霊を深く深く、切り裂いた。
「■■■■■■」
その精霊が、何かを呟いた。
モンスターの言葉は俺には聞こえない。けれどその言葉が俺に向いているということはよく分かった。
「■事だ」
見事だ。そう言ったのだということは分かった。
その言葉を最後に、精霊はゆっくりと光となって消えていく。
体が重くなり、視界が見慣れた紫のものへと戻る。
それと同時に、遠くなっていた意識が元の位置に、まるでピントが合うかのように戻ってきた。
倒れそうになる体を必死で支える。
もう、頭の中で声は聞こえていなかった。
後ろを振り向けば、ボロボロな姿の望月ちゃんと竜乃が映る。
竜乃は紫のブレスで、望月ちゃんはおそらく雷の防御魔法、ボルト・ゼロで耐えたのだろう。
体を包んだ黒いオーラや、聞こえてきた謎の声など気になることは多い。
けれど、それらは後でゆっくり、じっくりと考えるとしよう。
今は中層ボスを倒したことを喜ぶべきだ。
俺は微笑む望月ちゃんと竜乃へと近づいていく。
こうして俺達は、関東で初のTier1ダンジョン中層突破者となったわけだが。
あの時聞こえた声が、そして精霊が最後に残した言葉が一体何を指しているのか、この時の俺はまだ知らない。