第111話 超越の魔法たち
伸ばした手のひらから放たれた球体は、ゆっくりと俺目がけて進んでくる。
しかしその途中には岩の槍があり、鋭い先端が風の球体を貫こうと迫った。
2つが激突した結果がどうなるか俺は知らないが、予想は出来る。
俺の予想通り、岩の槍は風の球体に当たった瞬間にその部分が破壊された。
真ん中に穴が空いた歪なオブジェになる岩の槍を見ながら、あの風の球体が何であるのかを確信する。
風の超級魔法、ストリーム・ホロウ。
極限まで収縮した風の刃の集合体を球体にして放つ魔法だ。
竜乃の蒼いブレスのように魔法をかき消しているようにも見えるが、あれはそういったものではない。
単純に、岩の槍という魔法で構成されたものを力任せに破壊しているに過ぎない。
そんな魔法に俺が当たればどうなるか、一発であの世行きだ。
死が、俺へと迫ってくる。動きは緩慢だが、確実に向かってくる。
『冗談じゃない!』
まだ紫電の効果は残っている。
俺は全身に力を入れ、その場から飛び退くように後ろを振り向いて駆けた。
風の球体が、進行方向を変えて俺を追ってくる。
この魔法は、ホーミング型だ。
(やっぱりグランドウェイブ以外にも持っていたか! けど、ホロウかよ!)
段々とスピードを増す風の球体の音を聞きながら俺は内心で舌打ちする。
グランドウェイブが広域殲滅に特化した魔法ならば、ホロウはその真逆で単体攻撃に特化している。
バランスの良い2種類の魔法を習得していることに舌を巻くが、今はそれどころではない。
『虎太郎!』
竜乃が叫び、蒼いブレスを風の球体目がけて放つ。
背後から直撃した音が響き、駆けることを辞めずに首だけを使って後ろを見た。
風の球体は僅かに小さくなっているが、それでもまだそこに在る。
竜乃の蒼いブレスをもってしても消せない膨大な魔力の風が、渦巻き続けている。
『ちっ!』
舌打ちをすると同時に、俺を眩いばかりの輝きが包む。
望月ちゃんの力でさらに速さを得た俺は、なるべく縦横無尽に走ることで風の球体の狙いを竜乃や望月ちゃんに向かないようにした。
ジグザグに駆ける背後では、今もなお竜乃のブレスが風の球体を消そうとする音が響いている。
だが、あまり効果はなさそうだ。
「虎太郎君! 危ない!」
力を送り続けてくれる望月ちゃんが叫ぶ。
風の球体がすぐそこまで来ているのが、風の音で分かっていた。
(クソッ、時間が足りない!)
俺だって対抗策がないわけじゃない。
けれどそれを放つにはあと少し時間が足りない。
必死に四肢を動かすが、尻尾辺りに強い風を感じたところで。
俺のすぐ上を、二色のブレスが通過した。
赤のブレスに蒼のブレスをコーティングした紫色に光る炎だ。
これまでは赤と蒼が並走しつつ回転するようなブレスだったが、融合しているように見える。
(竜乃……)
この中層で俺は紫電の使い方を完全にマスターしたが、竜乃もまた戦いの中でブレスの真の使い方を理解したようだ。
いや、驚いているようにも見える竜乃を見る限り、今理解したと言ったところか。
けれど、時間は稼げた。
紫のブレスは風の球体を押し、僅かだが速度を緩めさせている。
その間に俺は風の球体との距離を離し、駆け抜ける。
そして準備が整った段階で、大きく飛び、4つの足でブレーキをかけつつ背後を向いた。
「虎太郎君、やっちゃって!」
ダメ押しとばかりに望月ちゃんから支援魔法が届く。
彼女から力を受け取り、俺は閉じた目をゆっくりと開いた。
『潰れろ!』
全身にためた魔力を、開放する。
相手が風の超級魔法ならば、俺は火の超級魔法で勝負する。
ブレイズエンドの獄炎が、下から風の球体にぶつかった。
轟音を立てて激突し、互いを喰らい合う火と風。
全てを灰燼と化すブレイズエンドの魔法は内部で何度も爆発を繰り返し、物質を切り刻み崩壊させるホロウの魔法は爆発すらも喰らおうとしている。
炎で明るすぎる程の空間により一層大きな音が響き、巨大な爆発が起きる。
その場に残ったのは、俺のブレイズエンドだけだった。
俺の火が、精霊の風を燃やし尽くすことに成功したのだ。
強力な魔法を防いだことに安堵してすぐ、はるか向こうの精霊の体内で魔力が渦巻いた。
その量はグランドウェイブやホロウの時のように膨大ではない。
けれど、嫌な予感がした。
精霊の中の魔力が消え、まず感じたことは鼻先に振ってきた雨だった。
こんなダンジョン内で雨? と思うと同時に、俺は精霊が何の魔法を放ったのかを知る。
闇の上級魔法、ブラックレインだ。
攻撃ではなく相手のステータス低下を引き起こすそれは、俺がかつてスールズに使われて辛酸を舐めさせられた魔法。
(ここでか……)
体が重くなるのを感じながら、俺は内心で悪態をつく。
今この状態はまずい。精霊との距離は離れていて、奴は魔法を撃ちたい放題だ。
こういった持続系の魔法は、そもそも精霊が魔法使用中には他の魔法を使用できないので使ってこないかと思っていたのだが。
(使って……くるよな)
精霊の背後に炎の剣がいくつも出現するのを見て、その考えが間違いだと知った。
どうやらステータス低下魔法と攻撃魔法は奴の中では別扱いらしい。
忌々しい精霊の仕組みに内心で悪態をつきそうになった時。
俺達を、温かい金色の光が包んだ。その光に包まれるや否や、それまで感じていた体の重みが消えた。
支援魔法の中でも使用者が限られる上位の魔法、エンジェル・エンブレイス。
そんな魔法を使えるのは、俺達の中に一人しか居ない。
放心した状態で振り返ってみれば、俺の愛しの飼い主はやや疲労が見える状態ながらも微笑んだ。
(本当……竜乃も望月ちゃんも最高だ)
相棒はブレスを進化させ、飼い主は新しい魔法を見せてくれた。
なら、そろそろ俺も活躍しなければならない。
頭の中に紫の弾丸を最大の5発分込めて、2発回す。
この一回の攻撃で、全てを決めるとそう自分に言い聞かせた。
体を紫のオーラが纏い、全身の筋肉が電流によって活性化するのを感じる。
気合は十分。あとはあの精霊を潰すのみ。
全身に力を入れて、突撃。
精霊が放つ炎の剣など意にも介さず、俺は精霊へと近づいていく。
このまま何をしてきても精霊を倒す、そう心に決めていた。
決めていたけれど。
(!?)
黒い雨が、止んだ。
今目の前にはやや遠くに「何の魔法も放っていない」精霊が居るだけ。
これまでにない状況が、やけに不気味に感じた。妨害魔法を放ちながらでも攻撃魔法を止めたのが、その前兆だった。
まるで全ての力をその魔法に集約させるためのように。
精霊の全身に魔力が練り上げられる。これまでのどの魔法の時よりも、それこそグランドウェイブやホロウの時以上の魔力が。
全身の毛が逆立つような感覚。
頭の中の警鐘がうるさいくらいに鳴り響く。
あれは危険だと、元探索者としての理性と獣としての本能の両方が声を上げる。
俺と精霊の間の距離はまだまだある。けれどその途中に、いや精霊の目の前に。
彼女の身長よりもやや小さいくらいの大きな「光の」球体が出現した。
あれはおそらく、俺も知らない光の超級魔法だ。