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第11話 人生最大の絶望

 ここ数日の俺のルーティンはあの子がダンジョンに潜る時間帯を中心に構成されていた。


 あの子はほぼ同じタイミングでダンジョンに潜るために、その頃までは上層で危険がないかをパトロールし、タイミングが近づいてくれば入口付近で隠れる日々だ。


 もしも俺が苦戦したようなユニークが出たら、あの子の命が危ない。

 ユニークが出る確率など事故にあうくらい低いが、他にもあの子を危険に晒す要因は多く存在する。


 それらを少しでも排除するために、上層パトロールは必須だったのだが。


『こんな危ないのは放置できないからなぁ……』


 ダンジョンの通路に見つけた隠し部屋。

 一見ボーナス部屋に思える場所で、俺はじっと設置された宝箱を見つめていた。


 隠し部屋はダンジョンに不意に現れる空間だ。

 ユニークほどではないものの確率は低く、見つければ良い意味でも悪い意味でもラッキーだ。


 なぜ良くも悪くもとなるのか。

 それは隠し部屋の性質が2パターンに分かれるからだ。


(さて……今回はどっちかな)


 探索者時代に何度か隠し部屋を見つけたことのある俺は警戒しつつ宝箱に近づく。

 良い意味ならば、宝箱の中のレアアイテムが入手できる。


 なにが手に入るかは完全にランダムだが、どれであっても通常では手に入らない貴重なものだ。

 しかし悪い意味なら、その報酬の前に大きな難関が待ち構える。


 俺は宝箱に近づき、右の前足で宝箱を開いた。

 その瞬間、宝箱は消失し、入ってきた隠し部屋の入り口も閉ざされた。


 どうやら、悪い意味でラッキーだったらしい。


 やや狭い一室に次々とモンスターが出現する。

 その数は多く、一回のダンジョン探索で出会うモンスターの数を優に超えていた。


 モンスターハウス。

 隠し部屋が悪い意味でラッキーだった場合に、探索者はこのモンスター達を倒さなくてはならない。


 ちなみにあくまでも有志の調べであるが、隠し部屋がモンスターハウス化する確率は3割程度らしい。


 ほとんどがノーリスクでレアアイテムを入手できると考えると、この状況は運が悪いと言うのではないだろうか。


(まあ、とはいえって感じだけど)


 そんなことをしみじみと思っていたが、俺は特に焦ってはいなかった。

 モンスターハウスはモンスターが大量発生するが、それはあくまでもその層のモンスターが発生する。


 つまりこの上層を楽々攻略できる今の俺にとっては敵ではない。


 いつか見たキリング・スパイダーが吐いた糸にフレア・ラインを当て、そのまま糸を伝ってモンスターごと焼き殺す。


 鳥型のモンスター、アームズクロウをライトニングの魔法で撃ち落し、グリズリー・ベアを爪で斬り裂いて絶命させる。


 そうして押し寄せる多数のモンスターを、魔法と物理の両方を使ってちぎっては投げ、ちぎっては投げの大奮闘。

 というか、数が多いだけなので途中からは大奮闘ではなく、流れ作業のようになっていた。


(にしても、負けるどころかダメージを受けることもないけど、一人で処理するとこんなに時間かかるんだな……)


 探索者だった頃はパーティを組んでいたために、モンスターハウスに対しても俺を含めた4人で対処に当たっていた。


 けれど今の俺は一人なのでどうしても当時よりも時間がかかる。

 そうしてうんざりするほど押し寄せるモンスターを殺し終え、ようやく終えた後には疲れがどっと押し寄せていた。


(つ、疲れた……)


 ダメージは全く負っていないのだが、あまりにも長すぎて早く終われ、と思っていたくらいだ。

 やや重い足取りながらも、部屋の奥に再び出現した宝箱へと向かう。


 先ほどと同じように右の前足を器用に使い、宝箱を開いて。

 中に入っているものを見て、目を見開いた。


『おぉ……』


 思わず声が漏れた。

 宝箱の中に入っていたのは、ブレスレットだった。


 そう、テイマーの装備品である、あのブレスレットである。

 つまりあの子に貢げ……プレゼントできるということである。


『おぉー』


 慎重に両前足でブレスレットを掴み、後ろにごろんと倒れる。

 ブレスレットを掲げれば、不思議と輝いて見えた。


『おぉー』


 壊れたラジオのように同じような言葉を発してしまうが、それも仕方がない。

 今まで隠し部屋の報酬を見たことは何度かあるが、テイマー専用装備は初めてだ。


 性能は分からないが、これがレア装備なのは間違いない。

 それにこの姿になってゲットしたのがテイマー用装備。


 間違いない、推せという神からのお告げだ。

 もちろんゲットしたのがテイマー装備でなくても推している。


 というか、すでに推しているし、推すなと神に言われても推す。


(ふむ……どうやって渡すか……探索中に敵からドロップしたっぽく見せかける……と……か……)


 貢ぎ方を考えていたところで、俺はようやく気付いた。

 俺がこのモンスターハウスに来てからかなり時間が経っている。


 そう、あの子がダンジョンを訪れる時間は、もう過ぎている。


『お……おぉ……』


 一転して悲痛なうめき声をあげたのちに体をうつ伏せに戻す。

 落ちてきたブレスレットはぶかぶかだが、とりあえず右前脚に嵌めておいた。


 焦る気持ちを抑えきれず隠し部屋を飛び出せば、部屋の入り口はゆっくりと消滅した。

 それをちらりと一瞥し、すぐに駆けだす。


 今ならまだ間に合うはずだ。

 速く、もっと速く。


 行く手を防ぐモンスターを薙ぎ払い、上層の入り口付近まで急ぐ。

 まだ上層に入ってきて間もない時間の筈だ。


 あの子や竜乃の匂いも覚えているために、うっすらとだが場所が分かる。

 そこに向けて足を忙しなく動かし、あの子の元へと駆けつける。


 なぜこんなに急いでいるのか自分でも分からない。

 けれど、嫌な予感がした。とてもとても嫌な予感が。


 そして曲がり角を曲がったところで、俺は急ブレーキをかけた。

 通りのはるか先に、あの子は居た。


(あぁ……)


 ボロボロの姿。その横には竜乃の姿もある。

 本来ならばテイマーを護る筈の竜乃は気を失っているようだ。


 傷の跡も痛々しい。


(あぁ……)


 そして少し離れたところに、彼女を襲ったであろうグリズリー・ベアが倒れていた。

 あの子の魔法や竜乃によって多数の傷を負っている。


 すでに倒しているのは間違いなかった。

 それだけならば問題なかった。


 そのモンスターの背中に矢が刺さっていなければ。


(あぁー!!)


 座り込むあの子に優しい笑顔で手を差し出すイケメンの姿がなければ。


(うわあああああぁぁぁぁぁ!!)


 あの黒い獣の化け物やユニークに出会った時以上の絶望があるなんて、思ってもみなかった。


※当作品でメインキャラとなる男性は主人公のみです

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